第16話 血縁とJK
「駒村~。今日呑みに行かね?」
終業時間が来て帰宅準備をしていると、磯部がまた呑みに誘ってきた。
「いや、遠慮しとく」
「そんなこと言わずにさー。今日くらいはいいじゃん? な?」
いつもは断るとアッサリと引き下がるのに、珍しく今日は強引に誘ってくる。
「すまん。今ちょっと節約してるんだよ」
「そんなこと言っちゃってー。最近全然OKしてくれないじゃん。俺そろそろ悲しくて泣いちゃうよ?」
「今日はやけに絡んでくるな……。もしかして何か嫌なことでもあったのか?」
「そう、それな。駒村のそういう察しが良いところ好き!」
「お前に好きって言われてもな……」
男に言われても、あまり嬉しくはない。
「もうー、つれないなぁ。いいから聞いてくれよ。毎朝同じ電車に乗っている清楚系でちょっと良いな~って思ってた
「うん、そうか。残念だったな。……話はもう聞いたからわざわざ店に行く必要ないな」
「駒村のそういう合理的なところ、冷たくて良くないと思います! 嫌い!」
好きなのか嫌いなのか、どっちなんだ。
「とにかく俺は帰るから」
「うーん……何かお前、最近ソワソワしてんだよなぁ。俺の野生の勘が叫んでいる。もしかして駒村、彼女できたか?」
一瞬ドキッとしてしまったが、落ち着け俺。彼女ではない。
だか、磯部に悟られてはいけない。
家事をしてくれるワケあり女子高生が、二人も家にいるなんてことは。
「残念だが彼女ではない。そもそもお前の野生の勘が正確なら、電車で見かけてた
「そのひと言が傷心の俺をさらに傷つけた……。いや、その通りなんだけどさぁ。問答無用すぎんだろ」
「とにかく俺は帰るから。今日は他を当たってくれ」
「他の奴だと
「悪いが、本気で今日は帰りたいんだ」
「うー。駒村のいけずー」
「何とでも言ってくれ」
俺は落ち込む磯辺に背を向けて部屋を出る。
さすがに諦めたのか、背後から他の同僚に泣きつく磯辺の声が聞こえてきたのだった。
悪いと思いつつも、今の俺は他人の恋愛の愚痴に付き合っている時間がないので仕方がない。
やっぱり、二人だけを家に置いておくのはちょっと心配なのだ。
今日も帰ったら、奏音が夕食を作っていた。
「お。今日はハンバーグか」
フライパンには三人分のハンバーグが入っている。
社会人になってから多少味覚が変わって、子供の頃はそこまで好きでもなかった煮物や漬物も食べるようになったが、ラーメンやカレー、ハンバーグ等の子供の頃から好きなメニューも相変わらず好きだ。
今日の昼もラーメンだったしな。
「だから、作っている所は見ないでってば。気が散るし」
奏音に言われて慌てて離れる。
俺としては、今後の自炊のためにも見て勉強しておきたいのだが……。
まあ、それはもう少し奏音が打ち解けてくれたらにしよう。
「おかえりなさい駒村さん。ちょうどお風呂のお湯が溜まったところです」
そう言いながらひまりが洗面所から出てきた。
しばらく避けられることも覚悟していたのだが、昨日の出来事などなかったかのように普通だ。
……いや、だから今思い出すな俺。忘れるんだ俺。
「先に入りますか?」
「うん、そうする」
荷物を置いて早速風呂へ向かった。
ひまりの言った通り、浴槽には半分ほどの湯が張ってあった。
「ふいー……」
湯に浸かった直後、思わず声が出てしまった。
やっぱりシャワーだけで済ますのと湯船に浸かるのとでは、疲れの取れ方が全然違うな……。
これから暑くなってきたらシャワーで十分だろうが、時々はこうやって湯船に浸かるのも大事かもしれない。
一人だと浴槽に湯を張る作業すら面倒臭かったのだが、二人のおかげで負担がないのは助かる。
ふと、二人がいなくなった時のことを考えてしまう。
その場合、前と同じ生活に戻るだけなのだが――。
少し嫌かもしれない、と思ってしまった。
風呂から上がって着替えた直後、洗濯機の上に置いていた俺のスマホが鳴った。
発信者は親父だ。
「もしもし。俺だけど」
二人に聞こえないよう、極力声を落とした状態で電話に出る。
『突然すまんな和輝。あれから奏音ちゃんの様子はどうだ?』
「今のところ問題なくやってるよ」
まぁ、まだ完全に心を開いてくれているわけではないんだが。
ひまりがいなかったら、奏音とはもっとギクシャクした雰囲気だったかもしれないが――当然ながら、ひまりのことについては親父にも言えない。
『それなら良かった。うちは女の子を育てたことがないし、奏音ちゃんは男と暮らしたことがないから、ちゃんとやっていけるか少し心配していたんだ』
その心配は
俺にとって女子高生は、まだまだ未知の存在だ。何とか誤魔化してはいるけどな。
『それで翔子叔母さんのことなんだが――まだ見つかっていない』
「そうか……」
『何か情報が入ったらすぐに連絡する。だからもうしばらくは奏音ちゃんを頼む』
「わかった。親父も無理しすぎんなよ」
『……おう』
通話を終了してから天を仰ぐ。
今さらだが、奏音は不安に思っていないのだろうか。彼女の態度からは、その辺りの心情を全く察することができない。
とにかく、今の俺にできることは、奏音を家に置いておくことだけ――。
だからせめて、奏音の心がちゃんと安らげるようにしてやりたいと改めて思った。
夕食を食べ始めた直後、「そういえば――」と奏音がおもむろに切り出した。
「ご飯を作ってる時に思い出したんだけど、二人の嫌いな食べ物をまだ聞いていなかったなって」
「確かに」
むしろ、どうしてそんな大事なことを今まで忘れていたのか。今日まで全員がそのことを考えなかったのが逆に凄い。
と考えながらハンバーグを一口。
うん、柔らかいし口の中に肉汁が広がる。美味い。
弟と暮らしていた時にハンバーグは一度だけ作ったことがあるのだが、その時はつなぎのパン粉を用意するのを忘れていた。
そのまま無視して作ったら、おそろしいほどパッサパサなハンバーグになってしまったことを思い出した。
「嫌いな食べ物っていうか、その前にまずアレルギーはある? これ真っ先に聞くべきだったんだろうけど」
「確かに……」
「ちなみに俺は、食物アレルギーはない」
アレルギーはダニなどのハウスダストはちょっとだけあるのだが、今は関係ないから言わなくても良いだろう。
ひまりもちゃんと掃除をしてくれているし。
「私も特にないです」
「そかそか。良かった。じゃあ嫌いな食べ物は?」
「私は――キュウリが苦手です。子供の頃に店で買ったサンドイッチに入っていたキュウリが、その、ちょっと傷んでいたみたいで……。シャキシャキした食感を期待していたのに、噛んだらぐにゃっとしたんです。何かそこから急に気持ち悪くなってしまって、ダメになりました……」
「うわぁ……」
悲惨なエピソードに、思わず顔をしかめる俺と奏音。
少女だったひまりが、サンドイッチを片手にショックを受けている様子が簡単に想像できてしまった。
「俺は大体の物は食べられるんだが――
「あ、同じだ。私も牡蠣ダメ」
奏音との意外な共通点が発覚した。
「見た目がもう何かグロいし」
「わかる。あと食感な」
「超同意。気持ち悪い」
「それに磯の匂いがキツイんだよ」
「そうそう。味噌汁とかに入っているアサリくらいならまだ大丈夫なんだけどねー」
「それな。アサリと違ってデカイからダイレクトに鼻に来るんだよ」
牡蠣の悪口で盛り上がる俺たち。
そんな俺らを見て、ひまりがクスクスと笑い始めた。
「な、何だ……?」
「あ、すみません。やっぱり二人は従兄だからかな。盛り上がっている時の顔が良く似ているなぁと思って」
「なっ――!?」
なぜか顔を赤くする奏音。それっきり黙ってしまった。
俺と奏音、似ているのか……。
まだまだ未知の存在だと思っていたが、ひまりの言葉を受けて急に親近感を覚える。
そして奏音と似ていると言われて、嫌な気持ちを抱かなかったことに気付いた。
奏音はどう感じたのかはわからないけれど。
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