第15話 ハプニングとJK

 食器洗いを済ませた後、一息つくためリビングのソファに座る。


 そのタイミングでソファの上に放置していたスマホから、充電が少ないことを告げる音が鳴った。


 充電ケーブルをスマホに挿したところで、俺はあることを思い出す。


「そういえば、まだ奏音の連絡先を聞いてなかったな。教えてもらってもいいか? いざという時に困るし」


 ソファの下、フローリングに直座りしてテレビを見ていた奏音が振り返る。


「あ、うん」


 奏音は自分の電話番号が表示された画面を見せてきた。


 俺はすかさず電話帳に登録。そのまま奏音の電話にかけてワン切りした。

 奏音の方も、すぐに俺の電話番号を登録したようだ。


 操作を終えると、何事もなかったかのようにテレビに視線が戻った。ドラマが気になるらしい。


 俺がドラマを見るのは、高校生の時以来かもしれない。


 今時の俳優の名前はほとんどわからんが、やっぱりイケメンであることに変わりはなかった。


 そういうイケメンが『冴えない男』役を演じるのに違和感を覚えるようになってしまったのが、10代の頃との違いかもしれない。


 まぁ、ただのやっかみだ。


 そういえば奏音、SNSの方については何も言わなかったが――まぁ別にいいか。


 一応アカウントは持っているのだが、ほとんど利用していないし。公式からスタンプのお知らせが届くくらいだ。


 友達や同級生とは、今はほぼ連絡を取っていない。


 休日返上で仕事をしないといけない時に限って同窓会のお知らせが届いていたのだが、毎回『不参加』にしていたら、そのお知らせすら届かなくなってしまった。


 自分の行動の結果とはいえ、ちょっと寂しい。


「そういえば、ひまりはスマホは持っていないのか?」


 俺の部屋でパソコンに向かっているひまりに声をかける。


「私は家に置いてきました。GPSで位置を特定されたくなかったので……」

「なるほど……」


 ということは、ひまりとの連絡手段がないということか。


 ――いや、待てよ。


「じゃあ家の電話番号を教えておくよ。奏音もついでに、こっちの番号も登録しておいてくれ」

「わかった。後で教えて」


 俺はリビングの端に置いてある、FAX付き固定電話の前に移動する。


 現在ほとんど使っていないので、本体にはうっすらとホコリがかぶっていた。


 俺が入社したばかりの頃、当時の上司がパソコンをほとんど使えず、メールでなくFAXで連絡をしてきた時があったのだ。これはその時の名残だ。

 あの時は結構ツラかった……。


 そろそろ解約しようかと思っていたのだが、それはもう少し先にしておこう。


「もし何かあったら俺に連絡してくれ。わかってると思うけど、家に電話がかかってきても取らなくていい。常に留守電設定にしておくから」


 俺のスマホと家の電話番号を書いた紙をひまりに渡す。

 ひまりは番号を眺めながら、こくんと頷いた。


「あ、私の番号もひまりに教えておくね」


 奏音も鞄から可愛らしいメモ帳を取り出し、自分の番号を書いてひまりに渡す。


「ありがとう」


 ひまりは俺たちから受け取ったメモ用紙を、パソコンのすぐ側に置いていた。






 今日は奏音から先に風呂に入り、ひまりが後だ。


 俺は帰ってからすぐに入ったが、風呂の順番も決めた方が良いのだろうか。

 でも、残業があると帰るのが遅くなるしな。そこは臨機応変でいいか。


 奏音は風呂に入った後だからか、ソファに座ったままウトウトとしていた。


 てっきり集中してテレビを見ているものだとばかり思っていたのだが、どうりで静かだったわけだ。


 俺もそろそろ歯を磨くか。発泡酒も飲み干したし。


「よいしょ」


 立ち上がる時につい声が出てしまった。

 おっさん化しているなと自分でも思うが、出てしまうものはしょうがない。


 さて、明日も何事もなく過ごせればいいが――。


 そう考えながら、洗面所のドアを無意識の内に開けていた。


 本当に、無意識だった。


 歯を磨くために洗面所に行く――。


 これまでの生活で体に染みついていた、何てことのない動きだった。


 風呂上がりのひまりがそこにいるなんて、なぜかこの時の俺の頭からは、スッポリと抜け落ちていた――。


「へっ!? あっ!? わっ!? えっ!?」

「――――っ!? すまん!」


 慌ててドアを閉める。

 信じられないほど、心臓の脈打つ速度が上がっていた。


 ……素っ裸だった。


 若くて健康的な、それでいて白い体。


 細くて、柔らかそうな脚。


 大きくはないが形の良い双丘。その先端は綺麗なピンクで――。


 ――――っ! ダメだ。思い出すな。忘れろ。忘れるんだ俺。


 ええと、何か萎えることを思い浮かべろ。

 何か、何かないか?


 そうだ。今朝の電車で俺の隣にいたおっさん。バーコード頭のあのおっさんの顔。


 ……うん、良い感じだ。

 満員電車で、あのおっさんと密着することを余儀なくされたもんな。


 異常に汗をかいていたからすげぇ嫌だったんだが、あの体験がこんなところで役立つとは。


 あのおっさんも、自分の姿が俺のこんな用途に使われているとは、夢にも思っていないだろう。


「ひゃああああああああ!?」


 数秒遅れてから、洗面所からひまりの悲鳴が響いた。

 どうやら、何が起こったのか理解するのに時間がかかったらしい。


 うん、完全にフリーズしていたもんな――ってだから思い出したらだめだ俺!


 おっさん、もう一度助けてくれ……。


「どうしたのひまり!?」


 ひまりの悲鳴を聞きつけ、奏音が慌てて駆けつける。

 そして洗面所の前でしゃがみ込む俺と目が合ったのだった。






「いきなり入るとか信じられないんだけど!?」


 正座をしてうな垂れる俺に、仁王立ちした奏音が怒声を浴びせる。


 ひまりはというと、洗面所から出てきて早々、俺の部屋に駆け込んでドアを閉めてしまった。


 いやもう、これは完全に俺が悪い。平謝りするしかない。


「すまんひまり。本当にすまん」


 部屋にいるひまりにも聞こえるように、平身低頭で謝る。


「ただ、わざとじゃなかった。言い訳になってしまうんだが――弟と暮らしていた時も一人暮らしになってからも、洗面所に入る時にいちいち気を遣ったことがなかったんだ。だからつい今まで通り入ってしまって……。信じてもらえないかもしれないが、本当にわざとじゃなかったんだ。これからは気をつける。本当にすまなかった」


「まぁ、覗きをすっ飛ばして堂々と入っていったから、逆に下心はないと言えるかもしんないけど……。とにかく、次からは気をつけてよね! 私たちがいることを忘れないで!」


「もちろんだ。もう間違いは犯さない」


「――て言ってるけど、ひまり的にはどう? フライパンで頭を殴るくらいは許されると思うけど」


 怖い提案をするな奏音。


 いや、それでひまりの気が済むならもちろん受けるが……。


「あ、いえ。ちょっとびっくりしただけで――。その、もう大丈夫です、はい……。私の方こそ、何かすみません……」


 部屋のドアを少しだけ開け、そこから恥ずかしそうに顔だけを覗かせるひまり。


「ひまりは謝る必要ないから」


「そうだな。俺が全面的に悪い」


「えっと……駒村さんがとても反省しているのはよくわかりましたので……。その、うん、もう大丈夫です。あの、今日はもう寝ます……」


 それが良いだろうな。

 正直、いつまでもこの空気が続くのは俺もちょっとツライ。


 そんなわけで、何とも言えない空気の中、俺たちはいそいそと就寝準備を始めるのだった。






        ※ ※ ※ 


 ――眠れない。


 なぜか、奏音の目は冴えていた。


 電気を消して結構経っているので、既に目は暗闇に慣れている。


 隣のひまりの方を見る。

 彼女も眠れないらしく、ゴロゴロと何度も体勢を変えていた。


「……大丈夫?」


 奏音は思わず聞いてしまっていた。

 ひまりにしてみれば、先ほどの出来事は相当ショックだったに違いないだろうから。


「奏音ちゃん……。正直に言うと、ちょっと悲しいです……」


 ひまりの声は沈んでいた。


 やはり、すぐに切り替えられないよな――と奏音が考えたところで、ひまりは言葉をいだ。


「私、やっぱり子供としか見られていないんだなって……」

「…………え?」


 奏音には、ひまりの言葉がすぐに理解できなかった。


「駒村さん、私の裸を見た後も全然態度が変わらないです……。だから、女として見られていないんだなって……」


 ――なるほど。


 確かに和輝は終始謝りっぱなしだった。それも、心からの謝罪だ。


「偶然とはいえ女子高生の裸を見ることができてラッキー」という態度は、まったくもって感じなかった。


 つまり本人が言っていた通り、和輝は本当にロリコンではないのかもしれない。


 いつだったか彼氏持ちの同級生が「男は狼だから豹変するよ?」と言っていたのも、和輝には当てはまらないのかもしれない。


 それは和輝が、大人の男性だからだろうか。


 まだまだ、男性という存在に対して警戒心はある。

 それでも和輝は――と考え始めたところで、奏音に睡魔が襲ってきたのだった。


        ※ ※ ※ 

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