第29話 お説教とJK
村雲が家を出て行くと、しん――とした沈黙が部屋に渡った。
ひとまず、一件片付けたが……。
むしろ俺らからすると、ここからが本番だ。
俺はおそるおそる友梨の方へ振り返る。
今まで
友梨は俺と目が合うと、
「その子のこと、紹介してくれる?」
そしてひまりを見ながら、無表情で言うのだった。
一通り事情を聞き終えた友梨は、「なるほど……」と言って俺を見据える。
いつもより冷たい目に見えるのは、たぶん気のせいではない。
まぁ、いくら大らかな友梨でも、そういう反応になるよな……。
俺たちがやっていたのは、あまりにも非常識な生活なのだから。
「あの、駒村さんは悪くないんです! 私が無理なお願いをしてしまって――」
「うん、かず兄は悪くない。元々ひまりを家に泊めて欲しいって言ったのは、私の方だから……!」
俺たちの間に渡る不穏な空気を察したのか、口々に友梨に訴える二人。
「あ……うん……」
必死に迫ってくる二人に友梨は圧倒されたのか、上体を反らすばかりだ。
「だから、駒村さんは責めないでください!」
「悪いのは私らの方だから……!」
「あの、事情はわかったから、二人とも落ち着いて」
友梨は二人を
しかし、俺はまともに目を合わせることができない。
「かずき君……。もし他の人にバレたら、大変なことになっちゃうよ……?」
「わかっている。でも俺は――」
俺は、それでもこの生活を守ろうとしているのか――?
自分で自分に問い、そして出た答えは『イエス』だった。
どうしようもなく、自分は馬鹿だと思う。
「二人はまだ、未成年だよ。大人が守ってあげないといけない存在なの」
責めるような口調ではなかったが耳が痛い。
そして、胸も。
そんなことはわかっている。わかっているけれど――。
「…………あぁ」
「だから、私もお手伝いするね」
「…………へ?」
思わず顔を上げていた。
友梨の言葉が、まったく想像していないものだったから。
「え……なんて?」
「もう、ちゃんと聞いてよ! だから、私もかずき君のお手伝いをするって言ってるの! かずき君一人で、こんな可愛い子たちの『保護者』は重荷でしょ?」
「仕方ないなぁ」という心情が滲み出た友梨の笑顔は、子供の頃から何度も見たものと同じだった。
「友梨…………」
「というわけで奏音ちゃん、それとひまりちゃん、だっけ? 私もこれから『共犯』になるけど――いいかな?」
首を傾げて二人に問う友梨。
二人はしばらくぽかんとした後、顔を見合わせて――。
そして、笑顔で大きく頷いたのだった。
「とりあえずまた来るよ」と言い残して友梨は帰っていった。
友梨がいなくなってから、改めて俺は奏音とひまりに向き合う。
「さて……。今からお前らに説教タイムだ」
「えー? 何で? 警察に連絡してないし、何か上手いこといったからいいじゃん……」
「それは結果論にすぎない」
俺の真剣な顔に圧倒されたのか、奏音は口ごもる。
「今回は、本当に運が良かっただけだ。もしあの男が刃物を持っていたら、今頃お前らはどうなっていたかわからない」
「それは……」
ひまりもしゅんと俯く。
「いいか。これから身の危険を感じる出来事に遭遇したら、絶対に立ち向かわず逃げろ。俺のことは気にせず警察も呼べ。ひまりも、親に見つかってしまうとか考えるな。命に代わるものなんてないんだからな」
「はい……」
「わかりました……」
奏音もひまりも、ちゃんと返事をしてくれた。
俺の言いたいことを理解してくれたみたいで良かった。
「よし、わかったならこれでこの話は終わりだ。さて……ゴタゴタですっかり遅くなっちまったけど、腹が減ったな」
「うー……。晩ご飯作れてないよ。麻婆豆腐作ろうとしてたのに」
「というか、あの、奏音ちゃんごめんなさい……。フライパンがちょっとヘコんじゃいました……」
いや、元々は俺のフライパンなんだけどそれ。
「まぁ、また買いに行くしかないな。今日はラーメンにでもするか」
「そうだね……。穴が空いたわけじゃないからこれで作れないこともないけど、おじさんの細胞がフライパンに染み込んでそうでキモいし。もうそのフライパンで料理作りたくない」
「うぅ、ごめんなさい……」
かなりの言われようだ。女子高生の悪口は容赦ないな……。
「んでひまりは、何か格闘技とかやってたの? 正直、あのおじさんに立ち向かう時の姿、かなりさまになってたんだけど」
「えっと……小学生の時だけですが、剣道をやってて……」
「あぁ~。だからフライパン、剣みたいに持ってたんだ。かず兄は柔道やってた経験が出てたよね」
「まぁな……」
相手が刃物を持っていなかったことが幸いだったが。
しかし久々に体を動かしたからか、筋肉痛になりかけている気配を感じる。明日はもっと酷いことになっているかもしれない。
「それじゃあ、今日の晩ご飯はカップ麺にしますか。んでも家に置いてあるやつ、種類が全部バラバラなんだよね~……てことで味は早い者勝ち!」
「あ、奏音ちゃんズルいです!」
「おい。元は俺の金で買った物だぞ。俺に先に選ばせろ!」
カップ麺を置いてある戸棚に殺到する俺たち。
こんな低レベルな争いができること自体、幸せなことなのだと噛み締めていた。
その日、珍しく夢を見た。
柔道をやっていた頃の夢を。
俺はどこかの体育館で試合をやっていた。
体育館に詰めかけた多くの人々が、旗を持ったりタオルを掲げたり、それぞれに声援を送っている。
今から団体戦が始まるらしく、俺は
次は、俺の番。
気合いを入れて、俺は立ち上がり――。
試合は呆気なく終わった。
開始十数秒、相手の
落胆したまま礼をして、チームメイトからどんまいと励まされる。
まだ、一勝一敗だから気にするなと。
でも俺は、自分のせいでついてしまった『一敗』がただ悔しかった。
そんな俺の心情を置き去りにして、次の試合が始まる――。
それは夢だけど、限りなく現実を模したものだった。
あぁ、そうだ。
過去にも、こうやって思い知ったんだ。
小学生の時からずっと柔道をやってきて、大人になってもやり続けるのだと信じていたけれど、その気持ちは学年が上がるごとに薄れていっていた。
特別に体が大きいわけでも、技が上手いわけでもない。
いつの頃からか、俺は自分が『特別』になれない人間だと、気付いてしまったんだ――。
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