第25話 目撃するJK
友梨が持ってきた物は化粧品だけでなく、可愛らしい鏡やハンカチ、爪切りなどの細々した物もあった。
特に鏡は盲点だった。
洗面所に鏡があるから俺はそれで十分なのだが、女子高生には携帯用の鏡ってやっぱりいるよな……。
この短時間で、俺はアラサー男と女子高生の生態の違いを、まざまざと見せつけられたのだった。
「お邪魔しました」
玄関の前で、友梨と向かい合わせに立つ俺たち。
「えっとぉ……なんかいっぱい、ありがとうございました」
友梨にペコリと頭を下げる奏音。
あれから奏音と友梨はかなり打ち解けていたみたいだ。
「そんな、気にしないでいいよ。奏音ちゃん、リクエストの分はまた持って来るね」
「はい」
「かずき君も、またね」
「あぁ。色々とすまん」
「それじゃあ――」
友梨は柔らかな笑顔のまま玄関を出ていく。
外から入ってきた風により、靴箱の上に置いていた芳香剤がふわりと香った。
俺と奏音は数秒の間、何かを話すでもなく動くでもなく、玄関の前でただ佇んでいたのだが――。
「……幼馴染みなんていたんだ」
無表情のまま奏音がポツリと呟いた。
途端に俺は居心地が悪くなる。
「えっと、まぁ、うん。わざわざ言うようなことでもないかなと思って黙ってたんだけど、その――何かすまん」
「今日はたまたまひまりがいなかったら良かったけどさ、次にあの人が来た時、ひまりがバイト休みだったらどうすんの?」
「それは――ひまりには悪いが、ちょっとの間家から出てもらうしかない……かな……」
不満そうに、ジト目で俺を睨む奏音。
いや、俺もひまりには悪いと本当に思っているんだ……。
しかし、先のことを考えると胃が痛くなる。
友梨がまた家に来ることが確定してしまった。
でもあの流れで「もう俺の家には来ないで欲しい」なんて言えるわけがない。
「友梨さん、綺麗な人だよね。大人っぽいし。いや、大人だけど」
「そう……か? いや、そうかもな……」
友梨はああ見えて、結構抜けているところもある。
何もない所でこけたりとか。
俺の中で友梨は学生の頃の印象が強いので、『大人っぽい』と言われても、即座に首を縦に振ることにちょっと抵抗がある。
でも確かに、見た目は昔と比べると大人っぽくなったな、うん。
「おっぱいも大きいし」
「………………」
それについてはノーコメントだ。
余計なことを言って墓穴を掘りたくない。
今それについてちょっと考えたなんて、絶対に言えない。
「おっぱいも大きいし」
「なぜ2回言った」
「だってさー、ズルいじゃん。私だって同じ性別なのに、圧倒的に差があるのはズルいじゃん」
たぶんひまりが聞いたら、かなり反感を買うぞそれ……。
奏音も友梨ほどではないが、俺からしたらそれなりにあるように見えるし。
ひまりはまぁ――シュッと細い。うん。
「あ~~。次に生まれ変わる時は、おっぱいが大きくて可愛くて何かエロっぽい雰囲気のお姉さんになってチヤホヤされたい」
「まだ10代のくせに来世の願望を言うな。俺が虚しくなるだろうが」
俺だってもっと筋肉があって、背も高くて声も渋い、俳優のようなイケメンになってチートみたいな人生を送ってみてぇわ。
……うん、これ以上考えるのはやめよう。
何も生産性がないどころか、心に虚無が生まれるだけだ。
※ ※ ※
日が沈んだ住宅街の中を歩くひまり。
いつもより遅い時間の帰宅だが、あまり体は疲れていなかった。
今日はお客さんが少なく、ほとんどの時間を街頭のチラシ配りで終えたからだ。
ほどなくして、和輝のマンションの前に着く。
ひまりがいつも帰宅するのは夕方。
暗闇の中でマンションを見るのは初日以来なので、新鮮だった。
明るい電灯に照らされた廊下からは、それぞれの部屋のドアの上部が良く見える。
ふと、和輝の部屋がある位置を見上げる。
バイトを始めてから、家に帰るのが楽しみという感覚を久々に味わっていた。
小学生の時に、再放送のアニメを楽しみにしていた時以来か。
あそこに帰れば、奏音が美味しい晩ご飯を用意して待っていてくれて、そして和輝も迎えてくれる――。
家出をしているのに、こんなに幸せな気分になって良いのだろうか。
だがひまりは、にやつく顔を抑えることができなかった。
しかしその顔は、次の瞬間氷像のように凍り付く。
和輝の部屋から、人が出てきたのだ。
それも、女の人が――。
「え…………」
ひまりは見ていた部屋を間違えたのかと思ってもう一度見直すが、やはり和輝の部屋だった。
女性は廊下の奥へと姿を消す。
ひまりは咄嗟に、駐車場の車の陰に身を隠した。
それからしばらくして、女性がマンションのエントランスから出てきた。
ひまりは車の陰からコッソリと女性を
遠目のシルエットだけで、なんとなく「綺麗そうな人」という印象を抱いていたのだが、間近で見る女性は印象通り美人だった。
艶のある長い髪に、口元の色っぽいほくろ。
そしていかにも『大人』を主張している胸に、くびれた細い腰。
姿勢が良く、歩き姿もさまになっていて――。
「ふわっ!?」
そして、何もないところで急に
「……………………」
少しだけ親近感を抱いてしまったことに、ひまりはちょっと悔しくなった。
女性は一人で恥ずかしそうに体勢を持ち直すと、また良い姿勢で歩きだす。
そしてひまりの姿に気付くことなく、女性は道路の向こうへと歩いていった。
ひまりはしばらく、その場から動けなかった。
今の綺麗な人は誰だろう。
もしかして、和輝の――?
今まで和輝には、全く女性の影が見えなかった。だから、彼女はいないものだとばかり思っていた。
でも、よく考えなくても和輝は大人なのだ。
女性の影があっても何らおかしくはない。
そういう考えに思い至るのと、心が納得するのはまた別の問題だった。
ひまりは、和輝に相手にされていない――。
その事実を残酷なまでに突き付けられた気がして、ひまりの心に大きなモヤモヤが生まれるのだった。
帰ってから、ひまりは部屋から出てきた女性を見た、と正直に二人に告げる。
そして和輝と奏音から、友梨のことについて説明を受けた。
奏音のために色々と持ってきてくれたらしく、そしてまた持ってくるらしい。
だが、ひまりのことを友梨に言うわけにはいかなかったので、ひまりのための物はなくて申し訳ない、と謝られた。
それでも奏音は『自分用』と偽って、ひまり用にと少し多めに貰っていたみたいだが。
だが、ひまりはそこはほとんど気にしていなかった。
化粧はそんなに興味がないし、ひまりに今必要な物は、既に和輝が買い与えてくれている。
ひまりはそれだけで満足していたのだ。
そして友梨が和輝の彼女ではない――ということがわかったので、ひまりはホッとした。
物より、そちらの方がひまりにとっては重要だった。
それでも、また別の不安がひまりの心に生まれる。
和輝の幼馴染み――。
つまり友梨は、子供の頃から和輝を知っている。
自分の知らない和輝の姿を、たくさん知っているのだ。
どうしようもない嫉妬心を抱いてしまう自分が、ひまりは嫌になった。
その日の夜。
リビングの電気を消してから、ひまりは隣の布団で横になる奏音の方を見た。
奏音は寝っ転がった状態でスマホをいじり、目覚ましをセットしている最中だった。
「あの、奏音ちゃん……」
「ん? あだっ!?」
奏音の手からスマホが滑り落ち、彼女の顔を直撃。
奏音は手で顔を押さえ、無言で悶絶している。
「だ、大丈夫?」
「あまり……大丈夫じゃないかも……」
しっかり者の奏音でもこんな失敗をするのだな、と不謹慎ながらひまりはちょっと安堵していた。
ひまりにしてみれば、奏音は家事が何でもできる凄い女子高生だ。
そんな凄い彼女もこんな姿を見せる時があるのだと、ひまりはさらに親近感を抱いたのだ。
奏音はしばらく顔を押さえていたが、少し痛みが引いてきたらしい。
潤んだ瞳をひまりへと向けた。
「それで、何?」
「あの……友梨さんのことなんだけど……」
隣の部屋の和輝に聞こえないよう、囁くような声で言うひまり。
友梨の名前を出した瞬間、奏音の顔も変わった。
そしてひまりの方ににじり寄ってきた。
「あの、奏音ちゃんは、えっと……どう思う?」
考えた末、結局ストレートな問いになってしまった。
奏音はちょっとだけ考えてから、ひまりと同じく、囁くような声で返す。
「かなり、強力だと思う」
言葉足らずだったけど、ひまりには奏音が言いたいことが十分に伝わった。
そして、確信した。
奏音も、和輝に対してひまりと同じ気持ちを抱いているのだと。
その奏音の方も、ひまりが何を考えているのか察したらしい。
二人は同時に照れくさくなり「ふふっ」と笑った。
「幼馴染みであの見た目とかズルいでしょ」
「ほんとそれだよね」
もっとモヤモヤしたり嫉妬したり、醜い感情が生まれるかと思ったのに、なぜかこの時は嬉しさの方が強かった。
※ ※ ※
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