第24話 突撃訪問とJK

 次の日。 

 就業時間を終え、会社を出た瞬間、俺はある人物の姿を視界に捉える。


 会社の前に、大きな紙袋を持った友梨ゆうりが佇んでいたのだ。


 これまでの人生において最大級の『野生の勘』が、俺の中で働いた。


 即ち、危険感知――。


 これから自分が最大のピンチを迎えることになると、予測できてしまったのだ。


 しかし悲しいかな、その危険を回避するすべはない。

 本当に、まったく。裏道ルートすらない。


 完全に詰んだ状態だった。


 これは、逃れられない……。


 会社から外に出るルートはここしかないので、裏道から回る――ということができない。


 ビルをぐるっと囲うような形で設置されている植え込みを、今ほど呪ったことはなかった。


 幼馴染みにこんなことを思ってしまう自分が嫌になる。


 でも、今の俺の状況と彼女のお節介な性格がかち合わないだけだ。


 友梨は子供の頃から大らかで優しいし、俺も何度も彼女の存在に助けられてきた。


 俺は腹をくくって友梨と対峙することにした。


 彼女は決して悪人ではない。

 何とか活路を見出みいだしてみせる。

 

 友梨は俺の姿に気付くと、人懐こい笑顔で俺に近付いて来た。


「かずき君、お仕事お疲れさま」

「あ、あぁ……。友梨もお疲れ」


 ぎこちない笑顔で対応する俺には構わず、友梨は持っていた紙袋を軽く掲げた。


「これね、昨日言っていたかずき君の従妹さんにと思って、色々と持ってきたの」


「気持ちはありがたいんだが――何を? 食べ物なら気を遣わなくてもいいからな?」


「家にご飯を作りに行ってあげる」というのは、奏音がいることによって解決する。


 それに関しては強く拒否をしようと決心していたのだが――。


「そういうのじゃないよ。『女子高生』が好きそうなものだよ。プチプラの化粧品とか、ヘアアイテムとか、雑貨とか。かずき君、そういうのって全然知らなそうだし」


「うっ――」


 友梨が言ったことが当たっていただけに、俺は何も言えなくなってしまった。


 確かに、俺は普通に生活することばかりに気を回していて、そういう女子の嗜好品についてはまったく考えていなかった。


 いや。

 そもそもそういうのが必要だという認識すらなかった。


 奏音もひまりも、その辺のことについては何も言ってこなかったが――今思えば、俺に気を遣っていたのだろう。生活には必要のない物だから。


 俺が買っていたのは、せいぜい洗顔料くらいだ。


 でも普通の女子高生だったら、やっぱりこういう『可愛い物』には興味あるだろうし、化粧もしたいだろうし、欲しいと思うよな……。


 しかも友梨には現役女子高生の妹がいるので、チョイスも抜群なはずだ。


 友梨には2歳年上の兄と、8歳年下の妹がいるのだ。

 小学生の時に、年齢が離れた妹ができたと大喜びしていた姿を俺は覚えている。


「わかった。友梨の気持ちはありがたく頂くよ。俺から渡しておく」


「それなんだけどね。やっぱり私、かずき君の家に行っていいかなぁ?」


「……………………何で?」


 素でそう聞いてしまっていた。


 いや、本当に理由がわからなかったのだ。


「え? だって化粧品はどれが良いのか聞きたいし。色々と持ってきてはみたけど、やっぱり足りない物があるかもしれないし。かずき君が間に入るより、直接私が聞いた方が早いと思うんだけど。あ、お金は心配しなくても大丈夫だよ。全部安いやつだから」


「……………………」


 正論すぎて否定できない。

 奏音なら遠慮なくリクエストしそうな気がするし。


 しかし友梨の「手伝うよ」がこんな形で提供されるとは、思ってもいなかった……。


 俺は脳をフル稼働して、次の行動を考える。


 ここは――――仕方がない。

 友梨を家に連れて行こう。


 ここで俺がかたくなに拒否を続けてしまうと、逆に怪しまれてしまう可能性がある。


「その……本当に良いのか?」


「うん、遠慮しないで。こういうので従妹さんの気持ちが少しでも明るくなれるのなら、私は構わないよ」


 ほわっとした笑顔を見せる友梨に、俺の良心がズキリと痛むのだった。






 家に帰る前に、俺はスーパーに寄る。


 日用品を買うため――と見せかけて、本当の目的は奏音に電話をすることだ。


「ちょっと俺、トイレに行ってくる」

「あ、うん。わかった」


 空の買い物カゴを友梨に持ってもらい、俺は店の端にあるトイレに駆け込む。


 そして個室に入り、すぐに奏音に電話をかけた。


『はいはい奏音です。かず兄が電話とか珍しいね。どしたの?』


「奏音。時間がないから手短に話す。今から家に、俺の知り合いを連れて行くことになってしまった」


『えっ――――』


 絶句する奏音だが、詳しく説明している暇はない。

 俺はすぐに言葉をぐ。


「それで質問なんだが、ひまりは今いるか?」


『ひまりならバイトだよ。今日はいつもよりちょっと遅くなるって』


「そうか……。だったら大丈夫そうだな……」


 不幸中の幸いだ。

 友梨とひまりが直接エンカウントするという、最悪の事態はこれで避けられそうだ。


 ひまりはスマホも携帯も持っていないから、直接連絡する手段がないからな……。


「たぶん長居はしないと思うが、念のためひまりの私物などを目立たない場所に隠しておいてくれるか? 今、駅前のスーパーにいる。30分以内には帰ると思うから」


『わ、わかった』


 そう言うと奏音は、慌てた様子で電話を切った。


 ひとまず、これで何とかなるだろう――。


 俺はトイレの天井を見上げ、思わず深い息を吐くのだった。






 スーパーでティッシュと食パン、そして安売りをしていた豚バラ肉と、ついでに発泡酒を買ってから、俺は友梨と共に帰宅した。


「お、おかえりなさい」


 奏音が少し緊張気味に出迎えてくれたが、そこは頼む。いつも通り普通にしてくれ――。


 そんな俺の願いを知るよしもなく、奏音は緊張した顔のまま、隣の友梨に視線を送る。


「その人は?」


「小学校の時からの知り合いの、道廣みちひろ友梨だ。俺の会社の近くで働いていて、お前のことを話したら何か色々と持ってきてくれてさ……」


「初めまして。道廣です」


 俺の紹介の後、笑顔でお辞儀をする友梨。


「あ、はい。ドモ。……知り合いって、男の人じゃなかったんだ」

「ん――?」


 奏音の言葉に友梨は首を傾げる。


 おいこら。それを声に出すな。


 確かに電話で『知り合い』としか言わなかった俺も悪いけどさ。事前に電話したことがバレてしまうだろ――!


「と、とにかく。友梨からお前にって色々と貰ったんだよ。これ、見てみろ」


 俺は友梨から貰った紙袋を奏音に渡す。


 奏音は紙袋の中を見た瞬間、目を輝かせた。


「わ。マジョカのリップとチークに、これはふわりのマニキュア……! アイペンシルにアイブロウもあるし――。え、待って待って。しかも何か色もいっぱいある!」


 今までに見たことのないテンションで、袋の中を覗く奏音。


 その頬はいかにも女の子らしく、朱に染まっていた。


 奏音もこんな表情をするのか……。


 俺もみたことがない奏音の顔をアッサリと引き出した友梨、やっぱり同性にしかわからないものってあるんだな……。


 正直に言うと、感心する反面、ちょとだけ悔しい。


「色は好みのものがわからないから、とりあえず定番のやつを持ってきてみたんだけど……。好みの物があったら、次はそれを持ってくるから教えてくれる?」


「え――? あの、本当にいいの?」


 喜びを見せる反面、奏音の顔は少し困惑している。


 やはり彼女は、色々と我慢してしまう性格らしい。


 ここは遠慮するところではないぞ――と俺が念じたからか、友梨が俺の考えているままを言ってくれた。


「うん。遠慮しなくても大丈夫だよ。私の妹も高3でさ。プチプラの物とか100均とかで色々と買ってるんだ。余ったら私たちで使うし、使い差しのでも良かったら次に持ってくるよ。数回だけ使って放置してる物もあるしね」


「えと、ありがとうございます……。マジで嬉しい。やっぱこういうの見るとテンション上がる」


 しばらく、俺は会話に加われないな……。


 邪魔をしたら悪いので、俺は盛り上がる二人から少し離れるのだった。

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