第21話 バイトとJK

 それから数日は平和に過ぎて――。


「駒村さん! 駒村さん!」


 ある日の夕方。


 俺が帰宅した途端、ひまりが俺の部屋から玄関まで飛んできた。


「お、どうした? 何か嬉しそうだな」


 俺が言うと、ひまりは満面の笑みを浮かべてから答える。


「はい! 採用です! ついにバイトに採用されました!」

「おお――!?」


 俺たちの生活が、また少し変わろうとしていた。






 これより1週間ほど前――。


 俺と奏音は、履歴書を真剣に書くひまりを見守っていた。


 ひまりは未成年。つまり、バイトをするにも保護者の許可がいる。


 だから保護者の名前と印鑑を記入する欄には、俺の名前を書いた。


 そしてひまりは、俺の苗字を履歴書に記入。


 履歴書に嘘を書くため協力するのは心が苦しいが、ひまりの本名を書いてそこから足が着いたら元も子もない。


 ちなみに奏音がさりげなくひまりの本名を聞きだそうとしていたが、ひまりはやんわりとそれをかわしていた。


 やはり、まだ明かしたくはないらしい。


 学校名は、奏音の学校の名前を書いた。


「うちの学校はバイト禁止してないから、店側から学校に連絡が入る可能性はないと思うよー。友達も普通にやってるし」とは奏音談。


 それを聞いてひまりも俺も安心した。


 面接に行く時も、奏音が制服を貸してあげるという徹底ぶり。


 ただ奏音の制服はひまりにとって少し小さかったので、スカートの丈がかなり短くなっていたが。


 さらにひまりは大事をとって、『今は理由あって不登校気味』ということも伝えたそうだ。学校生活のことを聞かれた時に困るから――らしい。


 これで面接に合格したのだから、ひまりの他の要素を見て判断されたのだろう。


 確かにひまりの人当たりは良いし、俺に「家に泊まらせて」と言えるほど度胸もある。


 さらに言えば容姿も整っている方なので、面接を担当した人の印象も良い方だったと推測できる。


 とにかく、ひまり的には一歩前進だ。


 しかし俺はというと、少し複雑な気分だった。


 ひまりが外に出るということは、彼女の存在がバレるリスクが上がるということ。


 だが、『少しでも俺にお金を渡したい』というひまりの気持ちが強力なのもわかっていたので、強引に止めることなどできなかった。


「ところで、何のバイト?」


 興味津々に奏音が聞く。

 それは俺もまだ聞いていなかったので気になっていた。


「メイド喫茶です」

「あぁ~。何か聞いたことはある」


「そういう場所なら、私の両親はまず探さないだろうなと思って……。とにかく漫画とかアニメとか嫌いな人たちでしたから……。存在も知らないんじゃないかと」


「なるほどな……」


 接客業だから不安を抱いたが、ひまりなりに考えてのことらしい。


 確かに俺も存在は知っていたが、行ったことはないのでどういう所なのかは知らない。


 サブカルに理解のない年配の人なら、尚さらだろう。


「そういうわけで、早速明日から頑張ります!」


「くれぐれも気をつけてな……」


「はい。そこは気をつけます。私だって、まだ賞に応募していないのにここから出ていくのは嫌ですから」


 俺の注意喚起にひまりは小さく笑いながら答えるが、その目には強い光をたたえていた。






 次の日の夕方――。


 俺が帰宅した少し後に、ひまりがヘロヘロになって帰ってきた。


「ただいまです……」

「だ、大丈夫ひまり!?」


 俺より先に玄関に駆け寄る奏音。

 やはり奏音も心配していたらしい。


「うん、大丈夫……。奏音ちゃんと駒村さん以外の人と長い時間一緒にいるのが久しぶりだったから、ちょっと緊張しちゃっただけ。すぐに慣れると思う……」


 小さなショルダーバッグを床に置き、自分もペタリと床に座るひまり。

 どうやら疲れが足にきてるっぽい。


 まぁ、接客業だしな。


「そんな死にそうな顔で言われても説得力ないから。今日はひまりの元気が出るようにカレーを作ってるから、待っててね」


「奏音ちゃん……まるでお嫁さんみたい……好き……」


「いや、何言ってんの!? そりゃ、私もひまりのことは好きだけど……」


「えへへ。やった。じゃあ両想いだ」


「馬鹿なこと言ってないで、先にお風呂に入って」

「はーい」


 ……何だこの会話。


 完全に俺、置いていかれてるというか、蚊帳かやの外なんだけど。


 だが口を挟んではいけない空気を何となく感じたので、そこは黙っておくことにした。


 それにしても、女子高生同士って気軽に好きって言えて良いよな――と、二人を見ながら少し羨ましく思ったのだった。






「しかし、ひまりはちゃんと働けるのだろうか」


 ひまりが風呂に入っている間、俺はポツリと洩らしていた。


「んー。本人も言ってるし、大丈夫じゃない?」


 カレーのルゥを鍋に投入しながら軽く言う奏音。


 それまでは玉葱の香りしかなかったのに、キッチンは一気にカレーの匂いに支配された。


「……今度の休み、こっそり見に行ってみようか」


「え!? それ絶対迷惑だからやめた方がいいって!」


「でもひまりの疲労具合を見た後じゃなぁ。やっぱり心配だし」


「いや、ひまりからしたらそれ絶対ウザいし。かず兄だって、私とひまりが職場見学に行ったら平気でいられる? 仕事してる時にチラチラッと目が合っても大丈夫?」


「…………すまん。やめとく」


 俺は奏音の説得に素直に応じた。


 うん。働いている時に身内が来たら、やっぱ俺も嫌だな。


 この年になって参観日のようなことをされると、精神的にツライということを改めて知るのだった。






        ※ ※ ※ 


 ひまりにとって、初めてのアルバイトはとても刺激的だった。


 バイト仲間は女の子だけだが、ひまりのように絵を描いている人や、アニメや漫画が好きな人もいるし、コスプレをやっている人もいる。


 ここには、ひまりの好きなものに対して文句を言ってくる人はいない。


 自分の好きなものに対して、気兼ねなく話すことができる環境が、和輝の家以外では初めてなので嬉しかった。


 そしてひまりが秘密裏に喜んでいた、もう一つのこと。


 それは、バイト仲間から『駒村さん』と呼ばれることだった。


 履歴書には、和輝が保護者として名前を書いてくれた。

 だからひまりもそれに合わせて『駒村』姓を名乗っている。


 これが、ひまりにとってはとてもくすぐったくて、嬉しいことだったのだ。


(みんな、私のことを『駒村さん』て呼ぶ――。何だか、夫婦になったみたい……)


 和輝と同じ苗字で呼ばれるたびに、ひまりは顔がにやける衝動を抑えていた。


 いや、抑え切れていない時の方が多かった。


 それでもバイト仲間には「笑顔が多い」という印象を与えるだけで済んでいたのは、不幸中の幸いだったかもしれない。


 そして客はひまりのことを、店側で付けてくれたニックネームで呼ぶ。


 ひまりはそれに自然な笑顔で応え、着実にファンを増やしていく。


 ひまりのことを誰も知らない場所で、ひまりは偽りのない自分を出すことができていた。


        ※ ※ ※ 

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