第8話 洗濯とJK

 朝食を食べ終えた後、ひまりをすぐに着替えさせた。


 俺のTシャツ1枚だけという格好を朝から見続けるには、なかなか刺激が強かったからだ。

 ひまりのあの脚はかなり目に毒だよな……。


 そういうわけで、ひまりは制服に着替えていた。

 昨日着ていた私服と制服、そして下着数枚。


 着替えはこれだけしか持ってきていないらしい。

 紺色を基準にした制服は、奏音の学校の制服とは違う清楚さがあった。


「何か、ジロジロ見てるし」


 チクリと針を刺すように奏音が呟く。


「別にジロジロは見てない」


「嘘。見てた。ひまりの制服姿めっちゃ可愛いから気持ちはわかるけど、変な気おこさないでよ」


「おこすわけないだろうが。昨日も言ったけど俺はロリコンじゃない」


「ひまり気をつけなよ。特に脚。細いのに柔らかそうでしかも長いって、それ無駄に触りたくなる脚だから」


「ええっ!? えっと、あの……。駒村さんは大丈夫だと思います。痴漢からも助けようとしてくれたし……」


 奏音はまだ何か言いたそうだったが、それ以上口を開かない。

 なぜかジト目でこっちを睨んできたけど。


 まぁ正直、目の前に制服姿の女子高生がいたら自然に目は行ってしまう。


 だが、決してやましい気持ち100%で見ているわけではなく。


 過ぎ去った青春時代を懐かしむ気持ちもそこにあることは理解してもらいたい――のだが、この様子だと奏音には通じなさそうだな……。






 それぞれ着替え終えた俺たちは、狭い洗面所の中で真剣な顔をして立っていた。


 議題は『洗濯について』。


 今までは2~4日に一度、ある程度洗う服がたまってから洗濯機を回していたのだが、女子高生二人と一緒に暮らす以上さすがにそれはまずいだろう。


 さらに言えばドラム式洗濯乾燥機(しかも静か)ということもあり、昼夜問わず気が向いた時に動かしていので、俺の中で『洗濯』が習慣化していない。


 だから洗濯についてきちんと決めておいた方が良いと思い、話し合いを始めたわけだが――。


「私、ぶっちゃけ嫌……」


 俺の方を見ずに呟く奏音。


「服ならまだしも、下着は――絶対に触りたくない」


 声も顔も本当に嫌そうだ。

 何だか自分がバイ菌扱いされたような気がして少し傷つく。


 年頃の娘を持つ世の父親たちも、こんなツライことを言われたりしているのだろうか。


 でもまぁ、「同じ洗濯機で私の服を洗わないで」と言われなかっただけマシだと思おう。


 はぁ……しかしどうしようか。

 口の中だけで小さくため息を吐く。


 今まで男と暮らしたことがない女子高生に、アラサー男の色々が染み込んだパンツに触れ――とはさすがに俺も強く言えないわけで。


「じゃあ、洗濯は俺がするか? でもその場合、俺がお前らの下着を触ることになるんだが。それはいいのか?」

「うっ――」


 既に嫌そうな顔をしていた奏音は、そこからさらに嫌そうな顔になった。


 ……人間って表情豊かだよな。


 正直俺としては、別にそれでも良いのだが。

 二人の心情を考えると、率先して手を挙げることはやっぱり問題があるだろう。


 女子高生の下着目当ての変態だと思われかねん。


「あの……。私は平気なので洗濯は私がします」


 微妙な空気を裂くように、おずおずとひまりが挙手した。


「えっ――でも……」


「私、本当に平気ですから。無理を言ってここに置いてもらう以上、それくらいやります」


「じゃあひまり、お願いできるか?」


「はい。任せてください! 学校の宿題で『お手伝い』があった時に、洗濯のお手伝いをしたことがあるんです。もちろん、お父さんの服も洗濯しました」


「へえ、そんな宿題もあるんだな。ちなみにそれはいつの話?」

「えと、小学校の3年生くらいです……」


 まあそんな気はしてた。何も知らなかった小学生の時と今は違うだろうに。


 それでもひまりがやると言っているので、それで良しとするが。


 しかし、小学生の時の宿題の経験だけでここまで自信満々に返事ができるのは、俺からしてみればちょっと眩しい。


「じゃあ改めて説明する。昨日風呂に入る前に見たと思うが、洗剤は洗濯機の上の棚に置いてある。基本的には電源を入れてスイッチを押すだけでいい。ちなみにこれは乾燥機能付きだから干す必要はない。でもここに入れっぱなしにしておくと皺になるから、洗濯が終わったらすぐに出して欲しい」


「そうなんですね。じゃあ基本的に畳むだけでいいんだ」


「うわ、この洗濯機、高いやつだよね……」


 物珍しげに洗濯機を眺めながら奏音が言う。

 それに気付くとは、やるな奏音。


「元々は弟と二人で暮らしてたんだよ。どっちも面倒くさがりだから、乾燥機能が付いている方が良いよな――ってなって、お金は出し合ったんだ」


「弟さんと暮らしてたんですか?」

「ああ。ちょっと前に彼女ができて出て行ったけど」


「へえ……。そんで取り残されたんだ」


「俺は取り残されたわけじゃない。あいつが勝手に出て行っただけだ」

「…………」


 ……同情するような目で俺を見るな奏音。


 しかし、乾燥機能が付いた洗濯機を買っていて良かったと心から思う。

 もし付いていなかったら、二人の服を干す必要があったからな。


 うちには浴室乾燥機という高度な機能はない。


 必然的にベランダか部屋干しなんだが、ベランダに女性物の服を干そうものなら、いつこの状況がバレてもおかしくはないだろう。


「あ。そういえば洗濯ネットがないよね。買い物リストに書いておかなきゃ」

「洗濯ネット?」


「……女性の下着類は、洗濯機のグルグルに直接耐えられる作りになってないの。男のパンツと違ってデリケートなの」

「そ、そうか……」


 奏音の視線が「これだからデリカシーがないアラサー男は」と言っている。


 いや、本当にそういうことを考えたことがないというか、知らなかったんだって。

 

「と、とりあえず、洗濯についての話はまとまったな」


 奏音の視線に耐えかね、強引に話題を終わらせる。


 ようやく狭い洗面所から出る俺たち。


 今思えば別にリビングで話し合いをしても良かった気がするが、まぁ終わったことだし気にしないでおこう。


「ひまり、何かごめん……」


 リビングに戻った瞬間、突然ポツリと謝罪する奏音。


「ん、どうして?」

「洗濯。私が拒否したからかなって……」


 奏音はばつが悪そうに下を向く。

 確かに奏音からしてみれば、自分のわがままが通っただけの状況だ。


「そんな、全然気にしてないよ。私こそ料理できないし。それにね、ちょっとワクワクしてるんだ」


「え……。まさかひまり、男の服や下着を触ってみたかったとか?」


「ち、違うよ! そ、そんなんじゃなくて! あ……。でも駒村さんの服に触るのが嫌って意味ではないですからね」


 いちいち俺に気遣ってくれるひまり。

 この子、ひょっとして良い子なのでは?


「あの、こうやって生活の当番を決めるのがちょっと楽しいというか……。小学校の時に係を決めていた雰囲気に似ているなぁって」


「あ~、そんなんあったね。そういえば私、生き物係が好きだったわ。ウサギに餌をあげに行くの」


「私は掲示係が好きだったなぁ。教室の後ろに、みんなの絵や習字を画鋲で張っていくやつ。コツコツした作業が好きだったんだよね」


 二人とも、よくそんなの覚えているな……。俺、自分が何係だったかなんて全然思い出せないぞ……。


 思わぬところで、女子高生との年齢のギャップを感じてしまった俺だった。

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