第2話 《ユアンの独白》 1

 のまれてしまいそうな、長く艶やかな黒い髪を、血溜まりにような、冷たくつり上がった赤い瞳を、恐れていた。

目を向けられることを、会話することを、触れることを、ごく自然に嫌悪していた。

それをいつか、後悔する日が来るとも知らずに———。

 初めて彼女に出会ったのは、6歳の時だった。おとぎ話を聞いたばかりの俺は、好奇心旺盛で、入ってはならないと言われている森に入った挙句、迷子になっていた。

 辺りは暗くなり、歩く気力も無くなって座り込んだ時、彼女が目の前に現れたのだ。

「……なに、してるの?」

 怖かった。いるわけないと、いても退治してやるなどと思っていたが、黒髪赤目の少女をいざ目の前にすると、身体は自然と凍り付いた。

 黒い髪はまるで夜空をそのまま流し込んだようで、赤い瞳は怪我をした時に見る血のようで。しかも肌は白く透き通り、生気を感じられない。

 思考が停止する。心臓は跳ね上がって、身動き1つ取れない。なのに、だからなのか、目をそらすことができない。

 そのままお互いに見つめ合うだけの時間が過ぎたが、彼女の方がすっと目をそらし、背を向けて進み出す。

「あ、まっ……!」

「なに?」

 かろうじて出せた呼びかけに対する彼女の声は低く、こちらに見せた表情も険しくて、また俺は固まってしまう。

「なんなの? たすけてあげようとおもったのに、こわがったのはあなたじゃない!ならもうずーっとここにいればいい! わたしはかえるわ!」

 固まっていた俺にそう言い放つと、もう一度背を向けて、ゆっくりと歩き出す。まるでついて来い、と言わんばかりに。

 日がどんどん落ちてきて視界が狭まっていく中、唯一の道しるべになるかもしれない彼女を見失うのは本気でまずい。

 もしかしたら彼女は本当に魔女で、ついて行ったら死んでしまうかもしれない。

 それでも、今は彼女を信じる以外に状況を変える方法はない。

 だから、勇気を振り絞って立ち上がり、彼女についていく。

 会話は一切なく、風に揺れる葉や枝の擦れ合う音が聞こえる。暗くなってきていることもあり、本当に不気味で、怖くて仕方がなかったが、前に進む。すると、少しずつ、あかりが見えてくる。

「ここまでくればいいでしょ」

 見慣れた村が目に入った時、彼女はそう言い捨ててどこかに消える。

「え、あ、ありがとう!」

 とっさに口をついて出た言葉が耳に入ったのか、彼女は一瞬だけ足を止め、何かを短く呟いて再び歩き出したが、その言葉は風にさらわれてわからなかった。


 次に出会ったのは、彼女が一人になった時だ。

 いくら魔女とはいえ8歳の子供、しかも世話になった女性の娘を見捨てるのは忍びないと村長が言い出し、村はずれに住んでた彼女を引き取った結果、姿をよくあらわすようになったからだ。

 村長は彼女の母親の裁縫の腕を本当に評価していたらしく、最初こそ彼女によくしたが、何をしても人間らしい反応をしない彼女を魔女として気味悪がりはじめた。

 結果、一度引き取った手前生きていけるだけの世話はしても、彼女を気にかけることは一切なくなった。

 最初は村長が引き取ったことと恐れがあり何もしなかった村の人間も、いざ村長が興味をなくし、何に対しても反応しないと知ると、彼女をみんなで寄ってたかって虐げはじめた。

 殺さない程度に、外の人間が見てもわからない程度に、けれど確実に誰からも虐げられる彼女は、それでも何の反応もしない。そんな彼女を、なぜか俺は何もせずにただ眺めていた。

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