第22話暴走する男達
市立猪井張高校で宗司達は終業式を迎えた。いよいよ高校2年生だ。
その日の夜中、研究会メンバーを別れた貞夫は自室でブラウザゲームに興じていた。
一息つこうと机の前から立ち上がった時、つんざくような爆音が付近を流れていった。
暴走族だろうか?迷惑とは思うが、関わる事は無い。貞夫は飲み物を取りに台所に向かった。
夕刻、宗司は柳橋で頻発する衰弱死の調査に向かっていた。
研究会には欠席の旨を伝えている。異界で力試しがしたい、と告げると侑太も深く追及してこなかった。
宗司は更なる力を得る手段を探し、既にある程度の目星をつけている。
神魔の血肉を採り入れるのだ。
竜の血を浴びて不死となったジークフリートのように、人魚の肉を食べて不老不死を得た八百比丘尼のように。
間違いなくスプラッタな絵面になる、仲間を連れていく事は出来ない。
夜、宗司は事件の犯人であったサキュバスが屯する空き家に足を踏み入れる。
こもる精臭に顔を顰めつつ、奥から姿を現した淫魔を一刀両断する。彼女らは5名でシェアハウスをしていたが、宗司にとってはどうでもよかった。
血肉を頂くに値しない。男を骨抜きにする微笑も、己にまとわりつかんとする肢体の美しさにも、宗司は毛ほどの関心も示すことなく、依頼達成の報告を入れて名古屋駅に向かう。
「おい、ソーさん!」
車道から声が掛けられた。
懐かしさを感じさせる声音に顔を向けると、路肩に停めたバイクに跨る一人の男がいた。
宗司と似た痩せ型の長身だが、彼よりがっしりしている。男らしい線の角張った顎、彫刻刀で削ったような鋭い鼻梁。そして見る者を威圧する鋭い眼。
近藤武志(こんどうたけし)。宗司の中学の頃の友達だ。
「久しぶりだな、ソーさん!何してんだ、ヤンキーでもねぇのに」
連絡先は知っているが、直接会うのは中学卒業以来だ。
「うん?ちょっと使い走り」
「何ィ?ソーさんパしるとか、どこのどいつだよ?」
武志が凄むが、宗司が報酬と引き換えだと伝えると態度を鎮めた。
「そっちはどうした?喧嘩相手探しか?」
武志は中学の頃、宗司のクラスに転校してきた。
席が隣になった事もあり、親密になっていったのだが、まもなく裏の顔を目にすることになった。
彼は生粋の喧嘩屋なのだ。力と強さを柱とし、喧嘩を売られれば大喜びで買う。
おかげで成績はとんと振るわず、進学先が分かれてしまった。
一応、高校には進んだそうだが、それが市内有数の不良校とあっては、付き合いも疎遠になる。
普通なら縁を切る所だが、宗司も似た感性を持っている。
中学の頃は度々彼の喧嘩に付き合っていたが、学校内で不良される者達と付き合うようになってからは距離が出来ていた。
行動範囲が被らなくなったのだ。疎遠になったと宗司は思っていたが、武志にとってはそうでもなかったようだ。
「探しっつーか、今からかち込むんだ。ソーさんも来るか?」
宗司は興味を惹かれ、頷く。
ヘルメットを受け取ると、武志のバイクの背に跨る。目的地に向かう道すがら、武志はかち込む相手について教えてくれた。
武志が出入りしている集団のメンバーが、近頃妙な連中に襲撃されるのだそうだ。
集団から用心棒のような扱いを受けていた事もあって、武志は調査を開始。
襲撃者のアジトと思しきクラブの所在が明らかになった為、そこに乗り込むのだそうだ。既に集団のメンバーは先行している。
「ちょっと前から連絡つかなくなってけど、ま、どうでもいい――ついたぜ」
「……」
2人はクラブのある雑居ビルに到着。
武志の待ちきれない様子でバイクを降り、3Fのクラブへ向かう階段を上がっていく。
宗司は懐のスティックを確かめ、武志の背中を追いかける。
扉を開けると、クラブと外部を隔てるスペースに出た。
番人を沈黙させた2人は、アップテンポな音楽を漏らす重厚な扉を開け放った。
朝廷を呪う呪い歌を激しいポップス調にした音楽が、2人の鼓膜を貫く。
奥のバンドやダンサーが上がるのだろうステージには、五芒星と巨大な男性器のオブジェ。
客の男女は下着であったり、全裸であったり。振舞われる酒やフルーツを肴に狂喜乱舞している。
武志は嘲るように鼻で笑い、宗司は初めて足を踏み入れる夜の店に警戒を最大にしている。
武志はバーテンを捕まえると、言い争いを始めた。
客の入っているスペースは異界ではない。金剛兵衛を大っぴらに展開するのは不味い。
明らかに客でない、体格の良い男達が自分達に近づいてくる。うんざりする宗司だったが、店内に流れるBGMが消えた瞬間その場から飛び退いた。
踊る客の頭上を飛び越え、亀頭のオブジェが屹立するステージに降り立つ。
ステージに降り立った頃、客の姿は音もなく消えていた。
カウンターにいる武志は唖然としている――異界に引きずり込まれた。
宗司は金剛兵衛を展開する。何者かの気配を感じた奥に通じる扉に向かって、宗司は抜刀。剣先から放たれた風が小型の竜巻となり、轟音を立てて壁と扉を削り散らす。
『旋風』。
宗司が疾風と呼んでいる技は、これの前段階だ。名前のない飛ぶ斬撃を徹底的に磨き、宗司は一つの技に昇華した。
砕けた扉の向こうから、濁流が店内に雪崩込んでくる。
それと同時に馬の姿をした幻獣ケルピー、全身緑色の河童に似た水虎、見目麗しいルサールカが姿を現した。
「飛べ!」
宗司が叫ぶと、武志は高々と跳躍。
天井に右手でぶら下がった彼は、宗司の刀から放たれた剣気が流入した水を凍り付かせる様を見た。
「すっげぇな、ソーさん!必殺技か?」
武志が笑みを浮かべる。蛮族めいた武志からすれば、目を瞠るほどのものではないのだろう。
「そんな処だ。あと、凄いのはお前もだろう」
真っ白な氷像に変わった3体を、宗司は刀を振るって砕く。
暖かなオレンジに輝く生命力の結晶を手早く回収していると、武志がおもむろに拳を振りかぶった。
武志の拳を軽々と躱すと、宗司の背後から足場を蹴る音が聞こえてきた。
「ふん、気づいていたか」
宗司が振り返ると、部屋に1体の鬼が現れていた。
嘴のようにとがった口、装束から露になっている肌は鱗で覆われている。
「この前の仲間か」
「その口振り…、貴様か?金鬼をやったのは」
「知ってんのか?」
「お友達を斬ったんだ」
武志が馬鹿にした様子で口の端を吊り上げた。
「我が名は水鬼。我ら四鬼に刃を向け――」
「ウリャアア――!!」
名乗りを終えるよりはやく、突撃した武志の前蹴りが水鬼の鳩尾に刺さった。
武志は格闘技などは経験していない。野獣のような反射神経と身体能力を頼みに水鬼に躍りかかっている。
運動部員が束になっても叶わないほどの体力の持ち主だが、今見せている動きはそのレベルではない。
(霊的成長したのか…?)
水鬼と互角に渡り合う動きを見るに、間違いなさそうだ。
宗司は武志を気に掛けつつ、奥に進む。武志の仲間がアジトを発見して以降、連絡がつかないと言っていた。
恐らく、この中に囚われているのだろう。立ちはだかる青いビーバーのような獣や、全身を苔に覆われた巨漢を斬り倒しつつ進んでいくと、ロッカールームからストリート系のファッションに身を包んだ男達がゆったりと廊下に出てきた。
褐色の皮膚があちこち剥離し、頬や手の筋組織が露になっている。
瞳は白く濁らせ、唸り声をあげて宗司に迫る姿はまさに――ゾンビ。手遅れだったらしいと宗司は冷淡に判断すると、脱出路に頭を巡らせ始める。
金鬼や風神のケースを鑑みるに、水鬼を倒した時点で現世に放り出されるはず。
武志のいるホールまで帰還すると、水鬼は既に虫の息だった。
武志も口から血を流し、拳が裂けているが哄笑を上げている事から、大きな怪我はしていないのだろう。
宗司は金剛兵衛を一閃、剣風を水鬼にぶつける。
「よぉ、ソーさん!楽しんでるか!?」
「ぼちぼちだ。それより、奥でお前の連れらしいのを見たけど」
「本当か!無事か、アイツら?」
武志の意識が一瞬、水鬼から逸れる。
すかさず水鬼は氷壁を出現させて2人を閉じ込めるが、高まった宗司の氣が炎熱として外界に放たれると、あっさり縛りは溶けてしまった。
「いや、ゾンビみたくなってた。気になるなら見てこい」
「マジか、…一応付き合いあったしな、ここ頼めるか?」
武志がホールを出て、裏の廊下に向かう。
既に虫の息の水鬼は、宗司の敵足りえない。四肢を飛ばし、刀を持ち変えると地面に崩れ落ちた水鬼の胸に貫手を見舞う。
「貴様…?」
宗司は胸から肉の塊を引き抜き、迷うことなく口に運んだ。
早く済ませてしまわなければ武志が帰ってくる。鉄錆のような生臭さが鼻腔を突く。
押し込むように口に押し込み、宗司は無理やりに飲み下す。武志相手でも、これを見られるのは拙いだろう。
宗司は血に塗れた右手で口周りを拭い、バーカウンターから店の裏手に回る。
「おう、ソーさん――!?どうした!?」
「返り血だ。どうだった?」
「かなり顔色悪かったけど、見覚えのあるヤツがいたぜ」
武志はゾンビを始末したらしい。
その時、宗司の右手に塗れた血が霧のように身体から離れ始めた。
口周りでも、同様の変化が起きているだろう。返り血を掃除する手間が省けた。そして水鬼の消滅が始まっている事を、宗司はこの変化で察した。
「なら逃げるぞ。もうすぐ現世に放り出される」
「ゲンセ…?て、ちょっと待てよ、ソーさん!」
宗司は虚空に響くざわめきを突っ切り、地上へつながる階段に出た。大通りまで出ると、武志が追いついてきた。
「ソーさん!」
「なんだ」
「お前、あーいうのとずっと戦ってんの?あと、ゲンセっとかなんとか」
「ちゃんと説明してやる」
これまでに知り得た情報をかいつまんで話すと、武志は愉快そうに笑った。そして同じような話が有ったら自分に連絡するように言う。
最近は大っぴらに喧嘩ができず、窮屈な気持ちが拭えなかった。
あの馬や鬼のような者達相手なら、存分に踊る(あそぶ)ことも可能だろうと、わくわくした様子で武志は言った。
旧友に別れを告げると、武志は宗司の前からバイクで走り去った。
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