第20話風に乗る者

 ある日の緑区で、旋風が我が物顔で道路を横断していた。

渦巻く煙の周囲にも強風が吹いており、渦の近くは目が開けていられないほど風が強い。道行く人の一部が立ち止まり、スマホを向けていた。


「すげー、竜巻だよ竜巻!」


 時刻は早朝。学生服の一部が遠巻きに眺めながら先を急いでいる。

スカートを捲れそうになった女子生徒はが迷惑そうに旋風から逃げていく。旋風は高校や中学校の前を通り、やがて消えた。

旋風はこの後、名古屋のあちこちで目撃されるようになった。


「学校の周りをまわる竜巻?」

「今、話題だよね。怪我人は出てないみたいだけど」

「風ね…」


 部室でスマホの画面を熱心に見つめていた宗司は不意に顔を上げると、侑太に声を掛けた。


「侑太、バイクの免許はもうとったか?」

「まだだよ。4月から車校に通うけど…なに、取る気になった?」


 宗司は通学で二輪の免許を取る事を考えている。

以前のダゴン戦の頃から、小回りの利く足が欲しいと彼は思い始めていた。


「そういう事ならさっさと申し込めよ。一緒に通おうぜ!今からなら、夏までに取れそうだしよ」

「わかった。貞夫はどうする?」

「僕はイイや」


 宗司を誘った侑太は、仲介屋から送られた依頼メールを見ていた。

市内の中学校、高校の周りで目撃される旋風。これの原因を探り、必要が生じれば処理してほしいと記されている。


「イタクァか、風神が帰ってきたのか?」

「おい、勘弁しろよ。3万ぽっちであんなん相手にしたくねーぞ」

「眼鏡うるさい。4人がかりなら楽勝でしょ。ねぇ、貞夫?」


 その日の放課後、都市伝説研究会は旋風を探して街を歩いていた。

研究会と言っても、宗司と侑太の2人だけ。デートに行ったので、貞夫と油津姫の姿は無い。依頼に付き合う気は最初から無かったようだ。

目撃談から察するに学校の周りにいればいいのだが、千種区の高校だけでも10を超える。とても2人だけでは見て回れない。


「完全に尻に敷かれてんな、アイツ…既読もつかねーし」

「無理やりじゃなければいいがな」


 侑太はシナツヒコ、と呟いて神経を研ぎ澄ます。

神魔か、人間かは不明だが、風に纏わるものならばこれで行方を辿れるはず。

名古屋市全域の風の流れを読み取ることができるか疑問ではあったが、侑太は物は試しと記紀の風神と接続する。


「うぅ…っ、やっぱ情報量すげ。ゴチャゴチャしてわかんねぇな」

「無理はするなよ。大した被害はまだ出てないんだから」

「つっても、ハァ…。次はちょっと狭めるか」


 侑太は何度か気流による探知を行ったが、力の制御自体が拙いためか成果は無かった。

その日は探索を早めに切り上げ、2人は帰宅。旋風の発生する時刻は一定していない。早朝である事もあれば、夕刻に目撃される事もある。


「時間に融通が利くんかねぇ?」

「だとすると厄介だな。他所にとられかねん」


 研究会の依頼受注から数日後。

東山通に面したビルの屋上から、影が一つ空に舞い上がった。5mも離れる前に影は勢いよく火に包まれた。

火達磨になった人影は身体についた火をかき消すように一気に高度を上げ、ビル屋上に戻る。


「よーし、止まりな!」


 侑太達が空から降り、黒焦げた服に身を包んだ人影を取り囲んだ。

イザナギ、イザナミの夫婦神の間に生まれた船の神、鳥之石楠船神の霊威により上空に控えていたのだ。


「また超能力者か」

「あちこちで目撃されてたが、男子校の近くには出てねぇんだ。しかもあれだけ人目を引いてるしな。着替えでも覗いてたか、おっさん?」

「着替え覗きか…それは違う。俺は、あの娘の制服の中に興味があるだけだ!」


 吼える人影――丸嵯峨茶釜(まるがさちゃがま)は油津姫目がけて突風を見舞った。

風が意思を持ち、油津姫に羞恥ハプニングを見舞わせるべく迫るが、宗司の拳による『疾風』を浴びて屋上から吹き飛ぶと同時に風は止んだ。

スカートが僅かに捲れ上がったが、見た者はいない。侑太はとっさに目を閉じ、貞夫は目をそらした。宗司は一気に間合いを詰め、屋上の縁まで移動。


「おい、覗き魔が行ったぞ!追え!」


 茶釜は空に舞い上がり、そのまま逃亡を開始。

4人も天鳥船神の霊威により空に舞い上がり、追跡。研究会メンバーは覚王山上空で茶釜を捕えると、囲んで袋叩きにしてから公園に降りると事情聴取を行う。

茶釜もまた透明人間のスリと同じように、地震の後で風を操る力に目覚めたそうだ。


「それで学校の周りをうろついて覗きか?アホか」

「刺すような目で俺を見るな!男に見下されても面白くない!」


 苛ついた侑太が腰を下ろしている茶釜を蹴り上げた。


「お前、自分がやっていることがどんな状況を招くかわかってるのか?」

「?」


 宗司達は茶釜に特殊保安部の存在と異能を悪用する人間への処置について伝える。

本質的に小心者らしく、保安部に捕まると記憶の改竄や異能の封印を施されると知ると、今後は旋風に乗って高校の周囲を徘徊しないと約束した。

その場しのぎかもしれないが、彼が特殊保安部に捕まったところで困る者はいない。


「捕まえろとは書かれてなかったけど、見逃してよかったの?バレたら困るよ」

「書かれてないから問題ねぇよ。後々役に立つかもしれねぇし、恩を仇で返すンならその時はボコボコにして椿ン所に送りゃいい」


 侑太が仲介屋に達成の報告を済ませると、その日は解散となった。

おかしな男だったが、温厚な人物で良かったと侑太は思う。宗司は喜ぶだろうが、彼を倒した処で報酬が増えるわけではない。

楽に済むならそれに越したことはない。

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