第19話透明人間

 鎌鼬の依頼は、或戸秀雄の情報を依頼主に報告する事で半額の報酬を研究会は受け取ることができた。

秀雄はその後、失踪。もう一度依頼が出されるか、襲撃されない限りは侑太達は捜査しない。


 突然の不調は、名古屋市全域で起こっていたらしいことが改めて分かった。

揺れそのものは小さかったが、運転中のドライバーや採血中の看護師が高熱にうなされたようになった為に被害は殊の外大きく、街の各所に報道関係者が姿を見せていた。

しかし、そのあたりは研究会には関係ない。依頼があるか、あるいは差し迫った危機でもなければ調査はしないのが都市伝説研究会だ。


 天白区内に建つマンションで、奇妙な生物の目撃談が相次いだ。

三尾の猫がうろついており、たまに話しかけられるそうだ。早速調査に向かったが、侑太が近辺に集まっている幽霊を視るばかりで肝心の妖猫がいない。

幽世…あるいは向こう側の異界に潜んでいるのかもしれない。


「向こうの異界に行けるか?」

「親父に開き方を習ってるとこだけどまだ無理、一旦帰るか」


 侑太が呟いた時、彼の周囲の空間が歪んだ。

空気が一変し、懐かしさすら感じる妖気があたりに漂う。現世の一部が変化したものではない、幽世と現世の狭間の空気だ。


「ねぇ、寒くなってきたんだけど――!?」

「異界の空気か」


 不意に耳障りな鳴き声が響き、歪みの向こうから人の顔をした鳥が現れた。

山海経にて戦乱の前兆とされる人面鳥、フケイだ。フケイは雄鶏の身体で空にふわりと舞い上がるが、宗司の回し蹴りで粉砕される。

しかし、異変は止まない。ほどなくして耳鳴りがするほどの静寂が周囲に満ち、宗司はひどい疎外感を覚えた。


「侑太、このままじゃ俺達が神魔をばらまきかねない」

「かねないって、言われなくてもわかってんだよ!こんなもん、どうしろってんだ…?」


 焦る侑太は広がりつつある歪みを消す手立てが思いつかない。

原因が思いつかない彼はここでない別の場所の存在を知覚し、ますます焦る。


「誰も知らないよ、戻れ~って念じたら元に戻るんじゃない?」


 戦闘中に場所を移動したことで、歪みが侑太を中心にしていることが判明した。


「んな適当な…」

「待て。猫も見つけてないし、このまま向こうに行こう」


 侑太は異界への扉を開いた。

無人の天白区に渡ると、空間の歪みは閉じる。研究会一行は気を取り直してマンションを探索。

三尾の猫又を見つけると、これを始末して仲介屋に報告を入れてから駅前で解散した。


 4人は各々の身に起こった変化を自覚しつつあった。

地震の後、降って湧いたように身についた『力』。異界を開いた力の正体について、侑太は研究していく中で理解し、やがて一つの解答を導き出した。

泉守道者。黄泉の入り口の道を守る者から泉守道者、すなわち黄泉と現世を隔てる千引石のことだ。侑太は記紀の神と接続する力を得た。


「話が壮大だな」

「嘘くさいしちょっと怖いんだけどー、ねぇ貞夫?」

「え、いや、どうだろう…?」

「信じるのー!?えぇー、嫌ぁ!」


 部室で侑太が出した推論の真偽に宗司は興味は無い。

関心を寄せているのは、彼の話を聞くにつれて浮かんできた疑問。自分を含めた残り3人にも、何か新しい力が宿ったという事なのだろうか?


「じゃねえの?つかお前ら、あれから試したりした?」


 宗司が口にすると、侑太は驚きもせずに言った。


「いや、僕は何も。宗司君が来てからあんまり戦ってないし」

「私は使えるよ。おいでー、みんなー」


 油津姫が何者かに呼びかけると、無数の蜘蛛の部室の中に入ってきた。

長い足を持つ彼らは油津姫の陰口を叩いていた女子に襲い掛かり、少女を階段から転がり落とした。

その時に初めて顔を合わせたそうだ。油津姫の言葉がわかるらしく、命令すれば小銭くらいなら持って来てくれる。


「宗司は?」

「わからん」


 目安箱を漁ると依頼文が入っていた。

名古屋駅の裏手で財布を盗まれたらしく、取り返してほしいと記されている。

スリなら警察の仕事であるし、身分証が入っていない限りは盗まれた財布の識別ができない。侑太は依頼を受けなかった。


 午前の間に、宗司達のスマホに仲介屋から依頼のメールが届いていた。

10個ほどの依頼の中に、名駅裏のスリについての依頼が記されている。1日で11件もの被害が出ているが、手掛かりゼロ。

依頼を受諾した侑太と宗司は名駅裏エリアに向かった。貞夫は油津姫に連れられ、デートに行った為不在。


「こんにちは、侑太君。ほかの2人は?」


 侑太達は椿と鉢合わせた。


「2人でしけこんでるよ。お前、何してんの?」

「保安部から依頼を受けたんだけど」


 椿は栗端と共に、名駅裏に出没するスリを捜索に来ていた。

魔術を悪用する人間だった場合、世間に報道される前に保安部で拘束しなければならないからだ。違っていた場合は刑事部に身柄を引き渡す。


 中部最大のターミナル駅の近辺なだけあって、名駅裏は右も左も通行人でごった返している。

都市伝説研究会はスリを警戒しながら、表通りを人の波に乗って歩く。宗司はおもむろに裏拳を虚空に見舞った。


「げっ!?」


 侑太達3名と、周囲の通行人の視線が一斉に声の方に向く。

瞬きほどの間にグレーの上下に身を包んだ男が出現したからだ。

男は鼻、口から鮮血を零している。4人の視線に射抜かれ、慌てた様子で逃げようとした男をカジュアルな服装の女が介抱する――特殊保安部の私服捜査員だ。


 グレーの男は女の介助を拒むが、足が言う事を聞かないらしく顔から転んだ。


「何かやったろ?」

「あぁ。気を体内に流した」


 宗司命名、『百足』。

刀剣や手足など、打撃の接触面から対象に高めた氣を流し込む技だ。前述の飛ぶ斬撃のような長射程は無いが、内側から相手を痛めつけることが出来る。

大量に流されれば体中の血管を切り裂かれ、少量なら動きが止まる。


「それ大丈夫なの?」

「死にはしないだろ、一応歩いてるし。済んだし飯でも食って帰ろうぜ」


 後日、椿から侑太に捕らえた男の情報が流された。

拘束に貢献したからだそうだ。彼は北区に住んでいる男で、先日の地震の後、姿を消す力を身に付けたそうだ。

それを悪用してスリを働いていたが、特殊保安部と都市伝説研究会の手により、あっけなく御用となった。


「それ、超能力者ってこと?」

「俺達だけじゃないとは思ってたさ」


 関東で激増する暴行傷害事件との関連は不明だが、大きな事件が始まった予感がする。

あの地震が人間に超能力を目覚めさせるものなら、5人、6人ぽっちではないだろう。名古屋の人口は200万を超えているのだから。

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