第18話鎌鼬

 愛知県内にある留置場。

魔術・異能を用いた犯罪者を拘留する施設だ。是洞も保安部での取り調べの後、こちらに送られた。

保安部は薬物や魔術によって自白を引き出そうと試みているが、黒日輪の現教祖だけあって両方への抵抗力を備えている。


 保安部は神魔を駆除する為の組織だ。

魔術師とはいえ、人間であるなら犯罪者として扱う。拷問などの荒っぽい手は極力使わない。


 彼を死刑にするか否か、でいたらぼっちの捜索に区切りがついた後も結論が出ていなかった。

黒日輪の性質上、殺した場合に神格化される恐れがある。また、処刑された場所が聖地として扱われ、遺体を奪還せんと団体の動きが激しくなるかもしれない。

是洞の身柄に価値がなくなり次第、記憶の処理と整形を行い、放り出す…はずだった。


「123番の房に侵入者!Cクラス所員は123番房に集合してください!」


 留置所内に警報が鳴り響く。

是洞の房の監視カメラに、不審人物が映ったからだ。留置所側のすばやい対応も虚しく、彼らが駆け付けた頃には、是洞は既に息絶えていた。

わずか数分の間の犯行。是洞は尋常でない恐怖を顔に張り付けて、叫びを抑えるように両手を喉に添えていた。


 それから数日後、東京で市議会議員の変死が相次いだ。

死因はいずれも心停止。またそれに呼応するように関東地方で暴行・傷害事件が激増した。


 例えば飲食店で、店員が注文の料理の置き方が雑だった。

あるいは歩きスマホの自転車と、あやうくぶつかりそうになった。

平素ならちょっと苛立つだけだろう。しかし、ここ最近は違う。流血沙汰に発展するのだ。


 この異変は名古屋までは到達していない。

しかし、日々報道されるニュースなどから、目端のきく者は不吉な予感を抱いていた。


「鎌鼬?」

「そうだ。瑞穂区の学生寮を中心にした地域で通り魔が7件続いてる」


 事件については、宗司も報道を見たので知っている。


「で、鎌鼬と誰かが言った?」

「そーゆう事」


 研究会一行は放課後、陸上競技場近くの住宅地を歩いていた。

被害者の出た地点を徘徊しているが、この時間では現れないのではないか?


「通報のあった時刻ってわかってたっけ?」

「夕方から夜にかけて。日付が変わるような深夜じゃないらしい。生存者はいるが、目撃証言は出てねーな」

「ねぇ、出直さない。僕ら、怪しいでしょ?」


 7件も通り魔が続いているだけあって、警察官の姿が目立つ。

声を掛けられても、このあたりに知り合いはいない。もしもの時は、侑太だけが頼みだ。


「被害者の共通点は?」

「半分は俺らと同世代だ。中学校が同じでな。怨恨だと仮定すると…そこの生徒だったんだろうな」


 侑太は区内の某中学校の生徒だった高校生に渡りをつけていた。

コンビニかファストフード店への入店を侑太が勧めるが、相手はそこまで時間がかからないだろうと考えており、研究会は近所の駐車場で話を聞くことになった。


「中学の頃さー、事件とか無かったかな?小さい奴でいいんだよ」

「事件……いや、わかんないけど」


 いきなり突っ込んだ質問は、侑太もしづらい。わからないという事は、大きな事件は無かったのか。


「別のクラスはどうよ?すげぇ柄の悪いやつとか、有名人いなかった?」

「有名人……運動部の主将とかは有名だと思うけど」

「ほかにはー?いじめとかなかったの?」

「いじめ…うちのクラスには無かったと思うけど、他はどうだろ」


 気づいたことがあったら知らせてくれるようお願いしてから、侑太は3人を連れてインタビュー相手と別れた。

春休みに入っていない為、張り込みは厳しい。昼間に別の鎮伏屋か保安部に依頼を解決される可能性を考えると、学生である事がもどかしかった。

侑太はインタビュー相手を中心に某中学校の元生徒と知己を得て、一人の少年に辿り着いた。


 所謂クラスのいじられキャラで、中2の夏から不登校になりそれ以来、卒業まで見かけていないそうだ。

放課後、少年――或戸秀雄(あるとひでお)の自宅を目指して進む途中、四つ辻を通り過ぎる。宗司と油津姫が同時に顔を右手に向けた。

宗司は両手のリストバンドを篭手に変換。油津姫は興味なさそうな視線を投げる。


「誰だ!」


 華奢な影が貞夫目がけて駆けてきた。

ダウンジャケットを着込み、フードを目深にかぶり、マスクで口元を隠している。

手には杖のようなものを持っている。素早く間合いを詰めてきたが、宗司が右拳を突き出すと身体を開いて吹き飛ばされた。

当て身技によって放たれた『疾風』を浴び、何者か血を吐いて仰向けに倒れる。


「貞夫が怪我するとこだったじゃない★何か用?」


 一転、サディスティックな笑みを張り付けた油津姫は弾丸のように倒れた襲撃者に向かって跳ぶ。

変身していないが、ある程度超人的な身体能力を発揮する事が可能なのだ。倒れた何某はバク宙で起き上がり、間合いを広げて油津姫のストンプを回避。


「おい、お前ら待て!?」


 異界は発生していない。相手は人間らしい。

このまま戦っていては、要らぬ騒ぎになる――侑太が人に見られる前に逃げようと口を開いた瞬間、震度3相当の地震が名古屋市を襲った。


「え!?地震!?」

「あぁ、くっそ逃げられる!?」

「貞夫!」


 宗司は逃走を始めたダウンジャケットを追わんとしたが、身体の奥に熱を感じて思わず座り込んだ。

まるで胃の中に、焼けた石を放り込まれたようだ。他の3人の様子を見ると、一様に顔を顰めている。貞夫に至っては脂汗を滝のように流しており、その姿は熱病患者のようだ。

不調はすぐに収まり、都市伝説研究会は武装を引っ込めてその場を立ち去ることが出来た。

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