第16話ぬっぺふほふ後編

 侑太が椿に土蜘蛛についての情報を知らせると、相手からも情報が返ってきた。

堀川に謎の肉塊が流れ着いたと、保安部から情報が回されたのだ。放課後、土蜘蛛の少女に同行を要請するために、椿が猪井張高校にやってきた。

油津姫は動向を渋ったが、貞夫が頼むとあっさりと意見を翻す。そしてその日の夜のうちに、保安部と土蜘蛛の面々との会談の席が、千種署内に設けられた。


 油津姫が強硬に主張したため、貞夫たち研究会の面々も同席する事になった。

もっとも、発言権は与えられておらず、彼らは傍聴人のようなものだ。


「土蜘蛛…大和朝廷と敵対した遺族の、生き残り…」


 会議室で、ふっくらした頬とゆるくうねった短髪の男が呟いた。尾張東部方面を統括している葉山。栗端や別府の上司に当たる。


「わかるか、別府?」

「いえ、全く…」

「私、わかりますよ。普通の人とは、見た時の印象が違いますし」


 椿が頷く。

どうやら鎮伏屋として活動しているような、霊的に優れた感覚の持ち主は土蜘蛛と人間を区別できるようだ。


 会談の結果、土蜘蛛達は監視付きで自由を与えられることになった。

異人種ではあるが、神魔でないなら駆除はしないという穏健な結論に着地したが、何かしらの犯罪行為をした場合は人間と同じように罰する。

それが超常を用いたものであった場合は、神魔として討つ。


「でいたらぼっちの部位を破壊する際に注意事項はあるか?」

「神魔と同じですよ。魂魄へ損傷を与えられなければ、高火力の手段を用いても意味がない。やがて復活すると文献に記されています」

「成程。聞いたな?県警に連絡を」


 会議室にいた警官の一人が、葉山の指示を受けて部屋を退出。

会談はまもなく終了し、研究会一行は千種署を出た。宗司が家に帰ると、茂和が待っていた。


「ただいま。夕飯は食ってくるって言ったはずだが」

「わかってるよ。尾崎さんも用意してない。親父はまだだぜ、助かったな」

「全くだ」


 自分の部屋に向かう宗司に、茂和がついていく。


「親父も愚痴ってたけど、兄貴、ホントに夜遊びが増えたよな」

「思春期だからな」

「都市伝説研究会…がらみなんだろ?そんなに面白いの?」

「会長の…高島ってのが妙に人脈があってな。あちこち連れまわされてる」


 茂和は眉を顰める。


「おいおい大丈夫か?妙な壺とか買わされたりしてないよな?そこまで兄貴が落ちぶれてたら流石に悲しいぜ~」

「大丈夫だ」


 宗司は部屋に引っ込み、茂和は中までついてこなかった。

隙間女は、あれ以来現れていない。宗司は部屋の隅に置いた盛り塩を真新しいものに取り換えてから、床に就いた。


 明くる日の午後の授業中、侑太から宗司と貞夫のもとにLINEが飛んできた。

土木局が保管していた肉塊が脱走したと、椿から伝えたのだ。回収した左足と左腕は既に破壊したらしいので、残るは右腕と首、そして胴体。


――ぬっぺふほふ?

――前に見たろ、神魔の図鑑。あれに記録されてる。サイズが桁違いだが、よく似てるんだとさ。

――どこに逃げたの?

――異界じゃないかって。


 貞夫と宗司が顔を見合わせる。


――異界?

――大須の時のヤツ。俺の親父は向こうに繋がる門を創造できるし、保安部にもそういうのがいるらしい。


 保安部は異界に捜索隊を派遣するそうだ。

その中には名古屋に住む鎮伏屋、土蜘蛛の若い衆も含まれる。椿も参加するそうだ。


――お前はどうする?

――単位、がっつり落としそうだしな。推薦狙いでもねーけど、成績落ちるのは無理。


 侑太は問題児である。

授業に遅刻する事が度々あり、研究会の活動も快く思われていない。

宗司も高校くらいはストレートに出ていきたい。貞夫も気がかりに思っているが、授業を欠席してまで捜索隊に参戦する気にならない。

3人はじれったく放課後を待ち、1日の授業が終わるや否や、教室を飛び出した。走り出した貞夫に油津姫もついていく。


「油津さん!?どうして…」

「どうしてって…連絡来たよ。ぬっぺふほふが逃げたって」

「あぁ…」


 情報を提供した彼女にも、土蜘蛛経由で作戦の内容は届いているのだろう。


「藤堂君…」

「戦えるのか?」


 玄関に向かう道すがら、宗司は油津姫に尋ねる。

土蜘蛛とは衝突せずじまいなので、彼らの戦闘力について研究会は目の当たりにしていない。


「当然。貞夫が行くんだったら、私も行くよ」


 油津姫が自信満々に言う。

戦いに自信があるようだし、危険と承知でついてくるなら自己責任だ。

案外、攻撃力こそあるが戦いに向いていない貞夫の欠点を彼女が補ってくれるかもしれない。


「お前もついてくるのか」

「あれから連絡は?」

「ない!」


 侑太は高校を飛び出すと、千種署に別府を呼び出してもらうよう電話を入れる。


「はぁ!?不在!?」

「高島、葉山を呼び出せ。責任者がそんな名前だった」


 葉山の名前を出すと、本人に繋いでもらうことが出来た。

現世でもぬっぺふほふの捜索は続いているが、それらしい反応は無し。正午前に出発した捜索隊は放課後になっても連絡一つよこさない。

捜索隊の捜索隊を出す事も考えたが、あいにく送る人員がいない。非番のCチームを待機させており、彼らを送ると尾張東部方面名古屋支部の実働部隊が現世からいなくなってしまう。


「苦戦してるのかもしれん。こっちまで来てくれたら、向こうに送らせる」


 油津姫を加えた研究会一行が千種署に到着すると、葉山が彼は一人の女性を伴って待っていた。彫りが深く、まつげの長いヒスパニック系の顔立ち。女はダニエラと紹介された。


「場所に見当は?」

「あいにく。左腕と左足を破壊したのが裏目に出たな…。囮くらいにはなったかもしれん」

「ならどうやって探せばいいんですか?」

「新しい装備が幾つか、今回の作戦に投入されている。お前らのスマホに情報を送ろう」


 葉山は一旦姿を消し、4人は使っていない会議室に通された。

四人が入った会議室には、拍動する細い光の柱が立っていた。じっと見ていると柱は太くなったり短くなったりしている。


「これは…?」

「別府さん達が使った入口。この部屋の中なら通信もできるから、署内にはいないと思う。どうなってるかわからないし、気を付けてね」


 裂け目のようなもので、接触する事で向こう側に出られるらしい。 

侑太達の前に出た宗司は、金剛兵衛を手にすると一番乗りで光の柱に突っ込んでいった。姿が消える。葉山の情報を侑太が受け取ると、3人も宗司に続いた。


「誰もいないみたいだね」

「とりあえず出ようぜ」


 光の柱の向こうは、先程通された会議室。

ダニエラと葉山の姿が無く、出入口の扉の向こうに人の気配がしない事を除けば、変わった点はない。


 油津姫が不意に変身を行った。

小さな顎は鋏角に変化し、細い腕は四本のひょろながいものに。長い黒髪が抜け落ちた頭部は光沢のあるヘルメットに似ており、腰部分に糸の発射口を備えている。


「じゃ、行こっか」

「え……あぁ、うん」


 変身した油津姫に呼びかけられた貞夫は、顔を真っ白にしていた。

侑太と宗司はそれぞれ一瞥しただけで、特に関心を向けない。宗司達は会議室を出て、警察署を出ていく。

何か対策を施してあるのか、警察署の中では神魔に遭遇する事は無かった。

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