第15話ぬっぺふほふ前編

 ダゴンを討伐した翌日、3人は研究会部室に集まった。


「それで貞夫~?昨日はどこまで行ったんだよ?手ぇくらい繋いだんだよな?」

「…馬鹿じゃないの!知り合って1か月も経ってないのに!僕、油津さん達に色々聞きだしてきたのにさー!」

「あ、本当?」


 貞夫は昨日、姫に連れられて行ってからの経緯を話した。

デート、とは言っても知識も経験もない。貞夫はまず名古屋駅まで足を延ばし、ラウンドワンに案内した。

カラオケ、ダーツ、卓球、ボーリングなど様々なアミューズメントで遊べるため、退屈はするまい。


(なんでこうなるって思わなかったんだろう…)


 貞夫はひたすら戸惑い、このデートをつつがなく終わらせる事だけを考えていた。

姫は来たことが無いのか、退屈そうな様子は見せなかった。それで少しだけ気持ちが落ち着き、侑太に対する怒りが湧いてきた。

彼女が何者か聞き出せなんて…。そんな無神経かつ大胆な真似は貞夫にはできない。


「ね、都市伝説研究会って、普段何してるのー?」

「へ?」


 卓球のラリーを終え、一休みしている時。姫が不意に聞いてきた。


「クラスの子がそういう部活に入ってるって聞いたからさー、あんまりいい噂ないみたいだけど」

「そ、そだねー…えっと、街で流行ってる噂調べに、街に出たり…」

「つまり探検?男の子っぽい!」

「探検ていうか…、侑太君はフィールドワークって言ってるけど」

「異界に潜ったりする?」

「うん――!??」


 貞夫は思わず姫の顔を見る。先ほどまでの屈託のない表情から一転、探る様な微笑を浮かべている。


「私の親戚がねー、でいたらぼっちの魔物を倒した奴がいるー!って気にしててさ。保安部の奴らは私たちの事把握してないみたいだし、フリーの鎮伏屋だろうって言ってたんだけど…当たり?」


 虚言は許さないとと目が告げている。貞夫はたまらず、知っている限りの事を答えた。


「それでその…油津さんは」

「私?私たちは土蜘蛛」


 姫は己の正体について話した。

先祖が遺したでいたらぼっちを脅威と感じ、破壊しようとしている点も含めて。


「私は全部ぶちまけて、人間に手伝ってもらえばいいと思うんだけど。みんな自由が無くなるのが怖いみたい」

「それは…あの」

「何?」


 姫が顔を近づける。

彼女の名前、油津姫は本来区切らない。人間達に潜入する際、偽名を考えるのが面倒だったので区切りをつけてそれっぽくしたのだ。


「その、でいたらぼっちの居所はわからないの?そういうレーダーみたいなのとか、ありそうじゃない?」

「それがないの。ほとんどの技術が失われたんだって。だからスマホみたいなのガン見で、皆あちこち見て回ってる」


 油津姫の口振りは、どこか他人事だった。貞夫の話が終わり、侑太達もダゴンとの戦いの様子を話す。


「それって話して言いわけ?」


 つまり保安部に。侑太は自分達の手に余ると感じている。


「油津姫さんは、良いっていってた」

「油津姫?」

「土蜘蛛に姓は無いんだって。人間に紛れる時は、偽名を名乗らない場合、適当に区切って済ますんだって」


 椿にLINEを送る侑太を尻目に、宗司は貞夫に尋ねる。

古代日本の伝承に記されるまつろわぬ民の子孫。人間とよく似ている別の存在。クレープ屋の帰りに出くわした男たちも、土蜘蛛だったらしい。

そのような存在が今日まで生き残っていたのだ。


 同じ頃、名古屋の街を土蜘蛛達が歩き回っていた。

残りは首と胴体、右足。人海戦術で異界を捜索するが、成果は芳しくない。

先祖が残した記述から尾張地方に封印されていた事は間違いない。事実、右腕、左腕、左足は名古屋で発見されている。


 人間側に回収された左腕と左足をどうするか、土蜘蛛達の間で意見が割れた。

目立たないように放置を望む穏健派、あくまで破壊を望む過激派である。右腕は破壊したとはいえ、大部分は手付かずだ。

そも、一部だけでも神魔を固着させる器となる。集合を果たしたらどれほどの脅威となるのか。


 破壊にもリスクはある。

県警内部に侵入しなければならないからだ。霊的な備えを施して、守っているはず。

最悪、警視庁と敵対する事になりかねない。


「おい、川の方が騒がしくないか?」


 納屋橋のあたりに人だかりができている。

潮騒のようなざわめきを掻き分け、川面に目をやった土蜘蛛達は言葉を失った。

苔色の堀川を塞き止めるように、ピンク色の肉の山が鎮座している。肉山の高さは橋板まで達しており、既に土木局と警察がピンクの塊の調査を始めている。

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