第17話土蜘蛛編エピローグ
「さーて…どっち探せばいいかな」
「油津、場所の検討はつくか?」
「全然。仲間も異界に入るまではわからないの。端末も持ってないし」
「端末?」
でいたらぼっちなど、土蜘蛛の遺産を感知する端末の事だ。
油津姫はでいたらぼっちに関心が無いので、捜索には関わっていない。
「俺も広範囲の探索なんぞ出来ないしなー…」
4人はひとまず納屋橋方面に向かって西進。
先頭を油津姫が駆け、貞夫と侑太の先を宗司が走る。土蜘蛛は3人を引き離さないように速度を抑えているが、それでも距離が縮まらない。
「おい!」
今池の交差点に、見慣れぬ物体を発見。
葉山から受け取った情報にあった、結界作成装置『スクエア』だ。金属のポール状の機器を四本設置する事で、神魔を退ける領域を形成できる。
実際、スクエアの前にやってくるまで餓鬼やマッドガッサー、モスマンが襲ってきたが、スクエアが近くなると姿を見かけなくなった。
「お、捜索隊か!助かった!!」
頭上からばさりと羽音。一行が仰ぎ見ると2人は乗せて飛べそうな大鷲が姿を現した。
「ご主人は名古屋拘置所だ!来てくれ!」
名古屋拘置所。
場所に心当たりのある者はいないが、大鷲が風で現地まで送ってくれる。
肯くと4人の身体はふわりと浮き上がった。そのまま滑るように空中を進む。足元を流れる名古屋の街のイミテーションに、貞夫は竦み上がっている。
彼岸と此岸の間に広がるもう一つの名古屋。
侑太ですら高度100m下の風景から目をそらし、油津姫と宗司だけが涼しい顔をしている。
5分ほどで大鷲が口にしていた地点の真上に到着。
拘置所東の交差点で、ピンク色の肉の山が蠢いていた。レールガンの吐き出す光芒をものともせず、でいたらぼっち捜索隊に向かって触手を伸ばしている。
近くにいるモスマンやワードッグも餌食となっており、人魔の区別はつけていないらしい。
「それじゃ降ろすぜ!」
「待て待て!死ぬだろ!」
「優しく下まで送るよ、心配すんな!」
大鷲が言うや否や、水平だった足場が斜めになる。
透明な螺旋スロープを滑り落ち、宗司達は捜索隊の側に到着。
研究会一行は地面に足を漬けるや否や攻撃を開始。貞夫の思念により、肉塊が轟音と共に爆ぜる。
宗司は降下中に鞘をベルトに差す。
着地した彼は伸びる触手を刈り取るように刀を振るった。既に攻撃を加えていたからか、動きが鈍い。
宗司が断ち切った肉片が再びぬっぺふほふ本体と融合する一方、貞夫の生む火炎や土蜘蛛達の放った雷電によって焼かれた肉塊は蠢くことなく黒炭となってあたりに転がっている。
(刀の効く相手じゃないな…)
その場で素早く一回転し、『大蛇』によって顔らしき部位を寸刻みにする。
「――何か来る」
ぬっぺふほふの抵抗は続いているが、勢いは無い。
まもなく絶命する事を予想して些か残念がっていた宗司は、侑太の声を聞きつけて顔をそちらに向けた。
侑太の視線の先に、大きな歯と鉤爪、火打ち石製のナイフの形をした鼻を持った巨大な蝙蝠が現れる。
「高島、こっちは頼んだ」
宗司は死につつあるぬっぺふほふを放置して大蝙蝠――カマソッソに突撃。
カマソッソの羽ばたきにより、突風が巻き起こるが宗司は視線を逸らすことなく、間合いを詰めていく。
大蝙蝠は鼻先から延びるナイフを鋭く振るう。サイズ差もあり、掠るだけで致命傷になりうる一撃、一撃を宗司は刀身で受け流していた。
吹き付ける風をものともせず、金剛兵衛を折らないように攻撃をいなす。
その間に宗司は身体を捻り、高めた氣を振り下ろした刀から放った。カマソッソは不吉な予感を感じてか、翼を大きく一打ちして上空に逃れる。
天に昇った不可視の蛇はカマソッソを一時縛り、その両脚を抉り取るも、巨体を地に落とすことはできなかった。
カマソッソが耳障りな咆哮を放つ。
指向性の衝撃波となって襲い掛かったそれを、宗司は右手の飲食店まで駆け抜けて回避。
外壁を駆けのぼり、屋上に着くが早いか刀を振り上げ、『疾風』を大蝙蝠に浴びせる。カマソッソの首の付け根に深々と亀裂が走り、東に走る名古屋高速に激突。
傷ついたカマソッソだが、翼はもがれていない。再び上昇を始めるが、宗司が猛速で接近していた。
これに気づいたカマソッソが鼻先のナイフを構え、隼のように急降下。
走行する10tトラックのような威圧感と弾丸のような速度の体当たりを、宗司は身体を傾け、刀身で往なした。
路面と激突したカマソッソが起こした轟音と衝撃に怯むことなく、宗司は再び鞘に納めた金剛兵衛を抜き放ち、大蝙蝠の頭部の上半分を斬り捨てた。
ぬっぺふほふの処理は既に終わっており、侑太などは宗司の戦いを見物できる程度の余裕があった。
2体の神魔の死体が消滅し、石造りの巨大な胴体と右腕がその場に出現。これを土蜘蛛達が解体して、任務終了…でもないらしい。
「俺達はスクエアの回収をしていく。報酬は保安部の葉山宛で出しておくから、現金受け取り希望の奴は、後日千種署まで来てくれ」
「へーい」
都市伝説研究会一行と、椿を除く鎮伏屋は千種署の異界から帰還。彼らは池下駅で解散した。
「結局首だけは見つからなかったんだよね~」
「そうなん?忘れ物が見つからないみたいで落ち着かないけど、他は全部壊したし、そんなに気にしなくてもいいだろ」
2月初週の、ある日の研究会部室。
新しいメンバーとして油津姫が加わり、都市伝説研究会は4人体制となった。
もっとも、それで活動が捗るかと言えばそうではなく、週に2、3日は研究会に顔を出さない。貞夫も一緒だ。
この日は2人とも顔を出しており、油津姫は来客用のソファを占領しながら民話を集録した本を読んでいる。
名古屋にいた大半の土蜘蛛は監視の目を晦まし、何処かに姿を消した。人間に紛れて通学、通勤していた土蜘蛛は街に残っており、油津姫もその一人。
「今日、依頼は?」
「入ってねー」
「じゃあ、遊びにいこーよ、貞夫!」
「仲介屋の依頼、確認するまで待て」
「…あそこってサイトとかないのか?あまり人の出入りが多いと目立つと思うが」
「暗号化されたメールが届くけど、全部は見れないんだよなー。向こうが勝手に選ぶし」
愚痴っている侑太をはじめとした一行が出ていく頃、一人の少女が市内の高校を友人と連れ立って出ていった。
手足の長いモデル体型で、ゆるくうねったショートボブが小顔を縁取る彼女は水戸川凛(みとがわりん)。でいたらぼっちの首が産み落とした少女である。
最後に残った首は己の脳髄から人間を生み、残った肉体を捨てたのだ。
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