第12話まつろわぬ民

 深夜、名古屋市内を4名の男女が駆けていた。

彼らは土蜘蛛。古代日本において、中央ヤマトに弾圧された豪族の末裔である。本来の名すら忘れた彼らは、先祖の遺産「でいたらぼっち」を破壊するべく最近、暗躍を開始した。

4名は酔漢すらうろつかぬほどの深夜の街を走りまわるが、この晩は収穫無しで帰る羽目になった…。


「錦にグラツィエってクレープ屋があるんだけど、そこが異常なくらい人気なんだよ。…一緒に調べてくれない?」

「宗司、お客様がお帰りだ」


 その日は珍しく、依頼人がやってきた。

嘲笑や冷やかしの文面が投函される事を承知で目安箱をわざわざ設置しているくらいだ、噂の調査依頼も受け付けている。

有料だった頃の名残であり、現在も研究会の活動名目として置いている。しかし、侑太はこの依頼内容を聞く時間を設けた事を後悔した。


「ちょっと待ってよ!あそこは通りからは外れてるし、駅からは遠いんだ!」

「だからなんスか?」

「絶対、裏があるんだよ!調べてくれよ!」


 依頼人は2年生の男子。彼は真面目な顔で、侑太に詰め寄っていくが宗司に抑えられている為、先には進めない。


「…高島。ここまで言ってるんだし、一度行ってみないか」

「昔は報酬、とってたんだよな?少ないかもだけど、金出すからさ、な?」


 依頼人の男子は財布から一万円札を3枚、テーブルに出した。

侑太は福沢諭吉を見るや意見を翻し、依頼を受ける。男3人で中区錦に店を構えるクレープ店に向かう。

依頼人…羽原の言うとおり、店は表通りから1本入った場所に建っており、最寄り駅の距離は徒歩10分ほど。


 クレープスペース・グラツィエ。

店内に飲食スペースを6席設けたクレープ専門店。

依頼人の言うとおり、店は宗司達が驚くほど繁盛していた。ざっと30名が並んでおり、行列を相手取るのは3人の男性店員。


「確かに人気だなー」

「店内じゃ食べれそうにないな」

「…おい、並ぶ気か?」


 宗司が呟くと、侑太はうんざりした顔を向けた。

報酬を受け取ったとはいえ、クレープに興味は無い。しかし校内での金銭授受が顧問に知れたら活動停止は免れない為、並ぶかどうかは羽原次第だが…。


「凄い人気だろ…。絶対、何か秘密があるんだ」

「嘘だろ、マジかよ」


 侑太は不満たらたらで列に並ぶ。

1時間ほど経ち、宗司達も商品を注文。その際、店員の顔をはっきり見ることが出来た――いい男だ。

イケメンと呼ぶには男臭い。宗司に注文を聞いた店員は鼻が高く、顔の凹凸が深い。目元のぱっちりした『濃い』顔の持ち主だ。

左右の店員も、すっきりした印象の良い顔をしている。


(これが人気の原因か?)


 美男子ぞろいのクレープ店。

女性人気が凄そうな字面だ。3人はクレープを受け取り、店の外に出た。


「味は…普通だな。普通にうまい。店員が妙にイケメンばっかだったけど、あれが原因かもな」

「お前もそう思うか」

「やっぱ?」


 羽原は神妙な顔で黙々とクレープを頬張っている。彼はクレープを平らげると、意を決した様子で言った。


「今日はありがとな。おかげで気持ちが固まったよ、一人でクレープ屋入る勇気出ないし、友達誘うのもあれだしさ…」

「はぁ…、えーと、もういいんですか?」

「あぁ。店終わったら、番号聞いてみる」


 侑太の脳裏に特大の疑問符が浮かんだり消えたりする。番号を聞く…?


「…誰の?」

「甲斐さん…ちょっと濃いめの顔の人だよ」


 羽原の瞳は潤んだよう光を湛えている。頬が火照っているように見えるのは、宗司の気のせいだろうか?


「………そっか。じゃあ、俺らは行こうぜ」


 侑太と宗司は、深くは突っ込まないことにした。地下構内への入口が見えてきた頃、侑太は瞼を閉じて頭を抱えた。


「あぁ――!マジな顔で何の依頼だと思ったら…糞が!!バッカじゃねーの!俺らは便利屋じゃねーんだよ!!」

「おい、声が大きい」


 侑太の叫び声に、周囲の通行人が怪訝そうに顔を向ける。

叫んだらスッキリしたらしく、侑太は側頭部に添えていた手を離し、瞼を上げて南に視線を向けた。


「どうした?」

「妙なのがあっちに歩いている。行ってみるか?」


 侑太の案内に従い、宗司は奇妙な3人組を追う。

宗司は何も感じなかったが、侑太のぴりっとした表情を信用してついていく。大通りから再び細い道に入り、一回曲がったところで3人組に挟まれた。


(油津の同類か?)


 受ける印象が似ている。

尾行は流石に不用心だったが、戦いになるなら望む所だ。


「何の用だ?何でつけてる?」

「何でって…お前らこそ人に紛れて何やってるんだ?」


 侑太が挑発するように言う。

彼らは土蜘蛛だ。正体が知れているらしいと悟った3人組が殺気を放つ。宗司もそれに反応し、リストバンドを金属のグローブに変換する。

矢場町の店で同化装備に加工してもらった、蛟の篭手だ。出現した篭手を目にし、2人が素人ではないらしいと悟った3人組は警戒を強めた――そこに排気音を轟かせた1台のバイクが走りこんでくる。


(仲間か!)


 侑太が見るに、フルフェイスの正体も人間に紛れた何か。


「お前ら、異界の中でもないのに戦いを始めようとするな!さっさと散れ!」


 年齢を感じさせる鋭い声を受け、3人はそそくさと走り去る。

ライダーも侑太と宗司に一瞥をくれると、2人の脇を通り過ぎて大通りに消えた。


「どうする?」

「白けたし、今日は帰ろう」


 今後、異界に潜るときは気を付けたほうがいい。彼らと中でかち合うかもしれない。

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