第10話 ヒルコ編エピローグ

 結論から言うと、鉄鼠を倒した時点で宗司達の出番は終わった。

扉の奥にいたのは、白い衣に黒い袴を穿いた壮年の男――蘇我是洞。黒日輪の現教主だ。

彼は手足のやせ細った屍鬼の武者に自身を守らせており、実働部隊が部屋に飛び込んだ直後、数十本の矢が彼らに襲い掛かったのだ。


 扉の向こうは、最奥に祭壇が一つあるきりの板張りの広間。奥の床が一部高くなっており、そこに祭壇と是洞が座していた。


 三段の祭壇の最上段では、額に鉄釘を打たれた男の首が苦悶の表情を浮かべている。

二段目、三段目では腐敗臭のする液体や、烏の死体など悍ましい物体が小皿に置かれていた。


 銃弾を幾らか浴び、半死半生といった様子の是洞が拘束された状態で廊下に運ばれていく。

是洞が倒されると、周囲の景色が変化した。異界化が解けたのだろう。3階であった場所は2階だった。

侑太と宗司は別府達と共に民家の外に出るが、周囲に騒ぎは漏れていないらしい。


「あのー、報酬とか…」

「協力を依頼した覚えはないぞ」


 侑太はムスっとした。


「言ってみただけです」

「同行を許可しただけ、ありがたく思ってくれ。何かわかったら、椿が教えてくれるだろう」


 是洞を車両に乗せ、特殊保安部属の面々は去った。

肝心の部分は明らかにできなかったが、高校生がでしゃばったにしては悪くない戦果だろう。

釈然としていない侑太を促し、宗司は港区役所駅に向かって歩き出した。



 後日の昼休み、宗司は侑太から続報を教えられた。

あの男が現教主であった事を宗司達はこの段階で知った。ヒルコはあの場には無かった。

彼らが踏み込むずっと前に信者たちに持ち出させ、自身は囮として残ったそうだ。


「あれは我が教団、秘中の秘だ!そう易々と掴ませはしない!」


 祭壇に掲げていた生首は、『鬼の首』。ヒルコの霊によって守護された呪物だそうだ。

是洞拘束から数日後に回復した父親に侑太が尋ねると、それらしい箱に触れた事があるだけでヒルコを見たことは無いらしい。

侑太の父は別の鎮伏屋とコンビを組んで探索の依頼を受けていたが、封の施された箱に相方が触れた途端、目と鼻から黄色い膿を流して気絶した。

そして、自身も体調を崩した。


「そういえばお前らのトコ、隙間女は出たか?」


 民家突入のインパクトですっかり忘れていたが、そもそもあの日、3人は隙間女の検証に向かったのだ。


「いや、出てねぇ」

「僕の所にも出てないよ」

「やっぱ期限が過ぎても必ず出るわけじゃねーらしいな。お前が特別不幸なのか、弟も聞いてるから倍率2倍なのか…ツイてねーな」


 侑太は短く笑うと、昼食のサンドイッチを齧った。

蘇我是洞の処遇は教えられなかったが、教団の実体を把握できるまでは殺されないだろう。

まだ怪奇の入口を覗いたばかり。刺激的な高校生活になりそうだ、と宗司は心の中でほくそ笑んだ。

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