第8話隙間女

 宗司が氷里神社から自宅に帰ると、父親が彼を待っていた。

地方の名士と呼ばれることもあり、藤堂家はかなり裕福な部類に入る。母屋は2階建てで離れが備わっており、小遣いにも不自由した事は無い。


「最近、夜遊びが増えたと中田さんがいっていた。宗司、悪い仲間と付き合っているんじゃないよな?」


 父親は宗司を呼びつけるなり、小言を言い始めた。


「違う。…同好会の活動だ」

「同好会?正規の部活じゃないのか?お前は藤堂家の嫡子なんだ。遊ぶのはいいが、人目は気にしてくれ。盛り場なんかに出入り…」

「跡継ぎなら、茂和か慎に頼んでくれ」


 宗司は鋭い父の怒声を背中に浴びつつ、2階書斎を後にした。

1階に降りる階段の前に、茂和がいた。父親が追いかけてくる様子はない。

茂和は1コ下の弟で頭を短く刈っており、宗司に比べると鼻がやや丸っこい。


「いたのか」

「あれだけ騒いでりゃ聞こえるだろ、嫌んなるぜ。親父も言ってたけど、本当に最近何してんだ?同好会っつてたけど」

「あぁ。都市伝説研究会」

「と、しwwwあははwwwそりゃ怒るわ。へぇー、俺も進学したらそこ入るわ」

「それはいいが、成績足りてるか?」


 茂和は遊び歩いている事もあり、勉強の成績が良くない。外泊も多く、父親も半ば見放している。


「失礼だなー、キリキリ勉強してるよ、俺」

「友達の家に泊まってか」

「そーだよ。あぁ、都市伝説研究会ってんなら、一個だけ知ってるぜ。隙間女だ」


 居間に降り、宗司は牛乳をコップに注ぐ。

台所では家政婦が夕食の準備に取り掛かっており、2人は彼女の耳目を避けるように離れ、声を潜めて話を続ける。


「隙間女?」

「そう。箪笥と壁の間とか、どう考えても無茶な空間に髪の長い女が挟まってるんだと」


 宗司は興味を惹かれなかった。


「それだけか」

「続きがある。話を聞いて3日以内に20人に話さないと、隙間女はそいつの部屋にやってくるそうだ」

「それで俺に教えたのか?」

「俺は信じてねーよ、部活に役立つだろ?」


 翌日の昼休み、宗司は侑太達に隙間女の噂について教えた。

貞夫は嫌そうに顔を顰めたが、侑太は白けた様子で鼻を鳴らす。対処期間が設けられているあたりが如何にも子供向け、そもそも特定の人数に教えるというギミックには宗司も聞き覚えがある。


「不幸の手紙か。LINEなら一斉送信で済むな」

「そんな事したらブロックするからね」


 雑談に耳を傾けながら、宗司は侑太が持ち込んだらしい書籍に目を通す。

霊符の作成、風水全書、現代怪談…ジャンルは偏っているが、中々読みごたえがあり、噂の検証をせずとも退屈しない。

その日の放課後は何事もなく解散となり、帰宅した宗司は、自室の四隅に盛った粗塩の状態を確認する。


(効果があるのか…馬鹿にできんな)


 昨日盛ったばかりの塩が、茶褐色に変色している。

宗司は部屋の整理を自分で行っており、家政婦にも入らないよう言ってある。

塩を取り換え、就寝。それから1時間ほど経った頃…宗司は不安感と共に目を覚ました。


(何かいる)


 暗い中、枕元に置いておいた電灯のリモコンをとって明かりを点ける。

さっと視線を走らせるが何も見当たらない。気のせいか?――いや、すぐ近くにいるはず。

スティックを金剛兵衛に変換すると刀を抜き、宗司はベッドサイドに足を降ろした。


「!」


 床におろした右足首が掴まれる。

ベッド下に引き寄せる強い力を感じるが、宗司も負けじと右足を持ち上げる。

筋力はあまり強くないらしく、何者かの手首が出て来る。ベッド下に伏せたまま手を伸ばす何者かの姿が、宗司の脳裏に浮かんだ。

重心を低くした宗司は刀を体勢を変え、ベッドから離れると一息に刀を突き下ろした。


 指が外れ、楽になった右足が跳ね上がる。

ベッドを振動が突き上げるが、潜んでいる何者かは呻き声一つ立てない。

宗司は突き立てた刀を動かし、血を流し続ける右の手首を切断――手首は霧のように消える。

血痕は幻だったかのように透明になり、後には宗司が床に付けた刀傷だけが残った。宗司は腕が届かない程度に距離をとり、両手をついてベッド下を確かめる。

ベッドフレーム下のスペースには、文庫本などが並んでおり、人が潜める余裕は無い。


(ひとまず今日は乗り切ったが…まずい傾向だよな)


 素人の結界だからか、あるいは結界をものともしない性質のものか。どっちにせよ、自宅はもう安全を保証してくれないのだ。

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