第5話フライングヒューマノイド

《ごめん、わかれよう》

《突然ゴメン》


 付き合っている彼氏から突如送られてきたLINEに彼女は困惑した。


《は?》


 次々と文章を送るが、相手の気持ちは固いらしい。

かくなるうえはと直接会いに行くと、彼氏は既に新しい恋人を作っていた。

そこから先は、ドロドロしたメロドラマさながらの修羅場。非があるのは彼氏の方、おそらく話を切り出した時点で新しい恋人がいたのだ。


「なぁー、勘弁してくれよ!お前、束縛きついんだよ!」


 しかし、彼女は打たれ弱かった。

逃げるように自宅に帰り、そして相手にブロックされているらしいと悟った彼女は一時間と経たぬうちに首を吊った。

彼氏の聴取を受けたが、アリバイがあったため、すぐに無罪放免。しかし気分は良くない。


 それから1週間たった頃、彼氏が部屋にいると足音のようなものが聞こえるようになった。

食事をしていると、ぺたぺたと足音がする――振り返るといない。それだけなのだが、意識の端に引っかかって気になる。

しかし引っ越すにしてもまとまった金が要る。憂鬱な気分のまま、彼氏は床に就いた。


 さらに日が経った頃…視界の端に人影が写るようになった。

鏡、液晶画面などから目線を外す寸前、誰かが立っているのがわかる。しかし改めて顔を向けても誰もいない。


 洗面台の鏡に彼女が映った。

歯磨きを終え、溜まった唾液を排水溝に佩き捨てて顔を上げた瞬間に目が合った。

顎が外れるほど口を大きく開き、腰を抜かして浴室側に倒れこむ。ほとんど間を置かずに彼氏は振り返り、動かない脚だけを見ながら、彼氏はバスルームに逃げ込んだ。


「なんだよ…俺、悪くないだろ!そうだよ、お前と付き合ってた時から付き合ってたよ!わかるだろ、合わなかったんだよ俺達!」


 彼氏は顔を伏せ、懇願するように言う。

目線を上にあげると、すりガラスの向こうに誰かが立っていた。彼氏は意識の手綱を手放した。



 彼氏と彼女が再会している頃。

彼氏が住むマンションの前に侑太、貞夫、宗司が集まっていた。


「どうなったのかな」

「修羅場に決まってるだろ、怪しまれるし行こうぜ」


 自殺した彼女の悲しみはこの世に留まり、彼氏を探して名古屋を彷徨うようになった。

生前の人格が保たれなかったゆえか、彼女の霊は、彼氏の住所を忘れてしまっていた。そのくせ執着は人一倍強く、宙を漂う彼女の霊は、一般人にすら見える事があった。


――フライングヒューマノイド


 彼女の自宅は、侑太と同じ東山公園沿線だった。

研究会が動きづらくなることを危惧した侑太が彼女の霊に接触し、彼氏を探し出したのだ。

日ごろから怪しげな噂を扱う侑太にかかれば、彼氏を探し当てるのは容易だった。


「お前が幽霊の願いを聞くとは思わなかったな」

「あ?だって放置してたら異界が発生しそうだろ、俺んちのガチ近所なんだよフライングヒューマノイド」

「あぁ、噂になってたね」


 フライングヒューマノイド。

彼氏を探す彼女の霊が、カメラや人の目に移り、徐々に噂になっていたのだ。

浮遊する人影がいる、というある種の畏怖や信仰が呼び水となり、彼女の霊の血肉となっていく。

東山公園駅一帯という広範囲ゆえ、成長速度は緩やかだったが、放っておけば更に騒ぎは広がっていただろう。


「別に使命感とかねーしさ、別れ話のもつれをこっちに飛び火させんなっつーの」

「殺されるかもな」

「自業自得だろ。あの世で彼女が慰めてくれるさ」


 侑太がドライに言い放つと、貞夫は引き攣った笑みを浮かべた。

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