第4話死ねばよかったのに

「びっくりするぐらい報道されていないよな、検索掛けても出てこないし。そもそも誰も確かめなかったのがおかしいし」


 研究会の部室で、宗司は読んでいた文庫本のページから目線を外した。侑太がスマホで見ていた動画を一時停止する。


「そういうもんだ。異界は、ある座標を外から隔絶させるものだが、精神に強く左右する。目に入ろうが、耳に入ろうが気づかないって言えばわかるか?」

「異空間ってわけじゃないのか。空間が歪むとか」

「神格が出張ってきたとか、主が整えた異界がそのレベルに成長する事もあるらしいけど、俺は見た事ねぇな」


 神格。さらっと出てきた単語に、宗司は言葉を失う。


「高校上がったくらいからちょっとずつ増えてっから、そのうち俺達も出くわすかもな」

「楽しみだ」

「僕は嫌だな…神様なんて一撃で殺されそう」

「神格と会うなんて言ってねーよ。だいいち戦うばかりじゃないだろ、ゾンビだの口裂け女よりか、話は通じるんじゃねーの」


 侑太の口振りに反して、噂は入ってきていない。

研究会発足当初は報酬を要求していたそうだが、顧問に見つかって止められてしまったそうだ。

それでも依頼があった場合は調査に向かうあたり、侑太も義理堅い。


 矢場町まで足を運び、仲介屋で受諾可能な依頼を確認する。

宗司の興味を引くものはいずれも場所が名古屋市外だ。受付曰く、公機関に属する霊能者やフリーランスの鎮伏屋が動いているため、大口の依頼は少ないらしい。

入っても、すぐに受諾されてしまう。


「個人宅は面倒くせーんだよな、高校生じゃ信用無いし」

「それもそうか。じゃ、俺は抜けるわ」

「ん、わかった。また明日」


 ここで侑太達といるより、街をぶらついているほうがいい。宗司は矢場町の地下事務所を出た。


「じゃあ、僕も…」

「お前は残れ。ちょっと行くとこあんだよ」

「えぇー!?僕、予備校が…」

「通ってねーだろ。お前んとこの親、そんな教育熱心じゃねーだろーが」

「…な、なんで知ってるの……」


 侑太は貞夫を引っ張り、矢場町の事務所から地上に出る。

それから2人は、夜を待って繁華街の裏通りをうろつく。人気のない、危険な雰囲気の場所を選ぶ彼らは…動画を撮影しているのだ。


――発見、名古屋のヤバい場所


 侑太は一般人がまず目にしない場所を探索する動画を投稿していた。

別アカウントで女子ロッカーやシャワー室などの撮影を行うこともあるが、それらほど閲覧数は奮わない。

喧嘩中の酔漢、浮浪者、明らかに堅気でない男たちをカメラに収める。時には見つかりそうになるが、侑太は妙に鋭い危険察知能力で致命の一線を見抜き、場所を移動し続ける。


「ねぇー、もう帰っていい!?こんなことしなくたって、お金あるでしょ?」

「しょうがねぇだろ、親父が身体壊してて、報酬はほとんど家入れてるんだよ」

「そうなの?…ごめん」

「でもまー、今日は帰るか。お疲れ」

「ちょっ…」


 侑太はスピードを速め、貞夫を置いて表通りに走り去った。


「新しい投稿来てるよ、高島君!」

「あぁ…どれ?なんだこりゃ」


 翌日、部室で侑太は貞夫が持ってきた投書を受け取った。投書に目を通し、すぐに鼻を鳴らす。


「どんな依頼だ?」

「死ねばよかったのに」


 侑太は宗司に投書――研究会の部室前にある目安箱で募集している噂の記されたメモを受け取る。

たいていは冷やかしや罵詈雑言だが、中にはそれらしい噂が投げ込まれてもいた。見るに堪えない文書を何十通も目を通し、学校中から奇異の視線を向けられようと活動をやめない侑太はタフだな、と宗司は口には出さないが思っている。


 投書の内容は、侑太が一言で言い表した通りだった。

父の運転する車である市内のある交差点を通りかかった時、突如車が蛇行。投稿者の乗る車は歩道に乗り上げた。

幸いにも死傷者は出なかったが、父がぐるりと首を後部座席に向け、一言言ったそうだ。


――死ねばよかったのに


「テンプレートそのままだな」

「ふざけやがって」


 侑太は投書を丸め、ごみ箱に向かって投げつける。紙礫は箱の上を通り過ぎ、箱の陰に落ちた。


「……でもここ、事故があるって有名ですよ」


 貞夫が紙礫を広げて、内容を検めた。


「そうなん?事故なんて珍しくねーだろ」


 本日の研究会活動はお開きとなった。

宗司は街に出て、神魔を探す。意識を研ぎ澄ますと、頭の隅にじわりと何かが広がる。

直感の指した方向に向かうと、薄手のジャケットを羽織った男の背中が目に入った。人気のない場所に入ったところで接触しよう、と歩き出した時にスマホにLINEが送られてきた。


 夜に差し掛かる頃、宗司はセダンの助手席に乗る侑太と顔を合わせていた。運転席には初めて見る男が座っている。


「こちらの方は?」

「名古屋でライターやってる稲村さん。噂を調べる、って言ったら車出してくれるって」

「初めまして、藤堂君。高島君から聞いてます、よろしく」


 稲村、と紹介された男が差し出してきた名刺を受け取る。

彼の車には貞夫も同乗しており、同じように誘われたのだろう。宗司は稲村の車で、投書に記されていた体験場所に向かった。


 市内の某交差点。

つい三日前、車の逆走により衝突事故が起きたが、あまり大きくは報道されなかった。

日が沈んだばかりで、人通りは絶えていない。


(ここで件の現象が起きたら大事故になるよな…)


 歩行者の列に車が突っ込んだら、死者が出る可能性すらある。

ハンドルを握る稲村は、緊張した面持ちで交差点に入っていく。中央に差し掛かる寸前、宗司は布のようなものをふわりと被せられたような感覚に襲われた。

気を張り詰めた瞬間、うなじに針を刺されたような感覚に襲われた宗司は、思わず手を伸ばす。


「何も起こらないね」

「おい、そういうこと言うなよ。せっかく車出してくれたんだから」


 稲村の車は、交差点を通過した。


「俺、ひょっとしたら襲われたかもしれない…」

「何!?けど――おい、なんだそれ」


 侑太が宗司が手にしている物を見て、上ずった声を上げた。

宗司の手にはいつのまにか紙礫が握られていた。広げて見ると、それは人型に切り取られた半紙。

朱墨で人形の胴体に当たる部分にびっしりと、図形とも文字ともつかない文様が書き込まれている。


「これは…?」

「形代だ」

「かたしろ?」

「人間の代わりとして扱う紙人形ですよ。穢れや厄を引き受けてくれるんです。川や海に流したり、神社で焼く事で、無病息災を願うんですがこれは…」

「式を打たれたか。はん、面白れぇ」


 宗司と貞夫、運転している稲村の顔に緊張が走る。


「式というのは、式神の事か?陰陽師なんかが使う」

「そうそう、そんな感じ」


 侑太は得心する。

真相に近づけた気がするが、辿るような技術は習得していない。この場で他にできる事は無く、4人は車を少し走らせた後、某駅前で解散した。


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