第29話 ラダ村にて

ー騎士団宿舎・団長執務室ー


 奴隷売買の捜索が始まって、3日が経っていた。今のところまだ奴隷の買取りを行った業者の特定には至っていなかった。


「本日も引き続き東区と南区で調査を行います。」


 そう報告するのはシュラフ騎士団唯一の女性隊長のレイラだ。


「ああ、俺は狩人小屋ハウスと北区の方にあたる。」

「アラン・・・団長、少し休んでください。ここ最近、ほとんど寝ていないではないですか?」

「・・・いや、問題ない。」


 確かに、ここ最近というものどうしても何かしていないと落ち着かなくなっていた。ただでさえ盗賊などの対応に忙しかった上、今回の事件だ。自身がまとめる騎士団の中に盗賊に与する者が現れてしまっていたのだから、気を張らずにはいられなかった。


「いいえ。今日は貴方は休みです。よろしいですね?」

「は?いや、俺は・・・」

「い・い・で・す・ね!?」


 こうして半ば強引にレイラに止められてしまった。最初は俺の横に着いてくるのが精一杯みたいな様子だったが、今ではすっかり立場が逆転してしまっていた。


「わかった、わかった。今日はゆっくりさせてもらう。」


 ため息をつきながら告げると、レイラは「まかせろ」と言わんばかりの表情で息巻いていた。レイラのやる気は空回りする傾向があるので、かなり心配ではあるが、ここで出しゃばるとまた何を言われるか分からない。大人しく言いくるめられたをしておく。


「では私はアラン団長の調査を引き継ぎますので、ゆっくり休んでいて下さい!」


 "ふんす"とやる気に満ち溢れた顔をしながら執務室を足早に出て行った。


「心遣いはありがたいが・・・反って不安だな。」


 レイラの心遣いに感謝しつつも、不安が残る事に苦笑いしながら、今からの予定を考えていた。急に休みと言われても困るし、今は一刻も早く対象の業者を見つけ出すことが先決だ。


「プライベートで町をうろつく分には問題ないだろう。」


 ーーー


「本当に偶々たまたまなんですよね・・・?」

「当たり前だ、お前に用があれば直接言ってる。」

「まあ、確かに。」

「ここには一度来てみたいとは思ってたんだよ。」


 僕は午前中の狩りを終えて、猪亭で食事を取っていた。そこに偶々やって来たのはアラン団長だった。僕と目があったアラン団長はそのまま僕の席に相席して、今は一緒に食事をしている。


「いや、しかし美味いな、ここの料理は。」

「でしょ?かなり人気があるんですよ、この店。」


 猪亭の料理を誉められるのは僕としても嬉しい。一時的ではあるが、僕もこの店の従業員だったし、喜ぶのは当然だ。


「それで、例の奴隷売買の件はどうですか?」

「はぁ・・・それなんだよなぁ。未だに目星が付かないんだよ。今は南区と東区を重点的に調べてはいるが・・・」


 西区は騎士団の宿舎があるため、常時騎士が出歩いている様な区画だ。除外されるのは当然か。北区は同じく侯爵様の屋敷があるので警戒はどの区画よりも高い為、裏で動くには都合が悪いだろうから除外と言うことらしい。


「そこまで絞って見つからないのであれば、もうこの町にいないかもしれませんね。」

「ああ、その可能性が高いだろうな。只でさえ害獣騒ぎで出て行った商人達が多かったしな。」


 確かに害獣の群れが迫っていると言うことでシュラフの町を後にした商人達は沢山いた。もちろん他所から来た商人だから当然だろう。その混乱に乗じて犯人も逃げた、そう考えた方が自然だと思う。


「まあ、盗賊の一員がレイラ達に捕まえられた時点でこの町を出た可能性もあるし。奴隷売買の犯人を捕まえるのは難しいかも知れないな。」 

「そうですね・・・牢屋に入れられてる盗賊からの情報は?」

「ああ、盗賊がお前らを売る予定だった場所は廃屋だったんだが、そこはもぬけの殻だった。」

「・・・当然ですよね。僕がもう少し早く気づいてれば・・・」

「いや、お前のせいじゃないだろ。害獣の群れの事もあったんだ、しょうがない。」


 奴隷売買の業者には完全に逃げられてしまったと思ってまず間違いないだろう。


 その後、アラン団長から色々と話を聞いたが、やはりこれと行った情報は得られなかった。


 ーーー


 日が開けて翌日、僕は護衛の依頼を受けることにした。場所はラダ村までで、シュラフで仕入れた商品を売る行商人の護衛と言う内容だ。

 昨日のアラン団長と話をして、とりあえず自分に出来そうな事を探した結果、護衛の依頼を受けることにした。


「よし、準備は出来たし、早速出発しよう。」


 行商人から出発の合図がかかる。ラダ村までは道沿いで2日かかるので、一回野宿を挟む事になる。もっとも、途中に行商人が使うための小屋が何ヵ所かあるので、野宿とは言わないかもしれない。

 僕は馬車の荷台に入り、馬車の中で待機している。御者席には行商人のおじさんと、その横にはノエルさんが座っている。僕が護衛の依頼を受けると話すと、当然のようにノエルさんもついてきてくれた。


 こうして僕達はラダ村へと向かった。道中、これといった問題もなく予定通りにラダ村へと到着した。


「あら?ノエルにノアくんじゃない。奇遇ね。」

「フィアナさん、お疲れ様てす。」


 ラダ村に着くと、入り口にフィアナさんがいた。フィアナさんは騎士の仕事でラダ村に来ていた様だ。ターニャさんもいるらしいが、今は休憩時間らしく、この場所にはいなかった。


「2人は護衛?」

「ええ、護衛の依頼よ。そっちは盗賊団がらみね?」

「そうよ。って言っても、私達がラダ村に来てからは特に盗賊の襲撃なんてないけどね。」


 ラダ村で盗賊の被害は特に出ていないそうだ。


「貴方達はどうするの?一晩泊まって帰るの?」

「ええ、そのつもりよ。」


 ん?ラダ村に泊まる何て話してなかったと思うけど・・・。まあ、今からシュラフに向かった所で、たぶん途中の小屋に着くのは日が暮れてからになるから、ラダ村で一泊するのは僕も賛成だった。

 話をしていると村の奥からターニャさんが2人の子供を連れて戻ってきた。


「あれ?ノアくんじゃないッスか?依頼ッスか?」

「はい。」


 そういうターニャさんの両脇には2人の子供がしがみついており、こちらの様子を伺っていたが、その子供たちは僕も知っていた。


「ミリとテトも元気そうでよかった。」


 僕と一緒に盗賊団に捕らわれていた子供たちだった。2人も僕の事を覚えていてくれたみたいで、挨拶を返してくれた。


「遊ぶようにせがまれて大変ッスよ。さ、2人とも、お姉さんは今から仕事ッスから。」

「「やー!」」


 なかなか離してくれない子供たちにさすがの騎士もたじたじの様だ。

 僕とノエルさんはフィアナさんとターニャさんに挨拶を告げて、宿屋を探しに村を回った。宿はすぐに見つかり、まだ日も高かったので、村を適当にブラつく事にした。

 歩いている内に小腹が空いてきたので、僕とノエルさんは一軒の食堂を見つけて中に入る。その矢先に事件は起こった。


「大変だ!トレーニー伯爵領に向かった商人達が盗賊に襲われたらしいぞ!」


 店に駆け込んで来た男がそう叫んでいた。僕とノエルさんは顔を見合わせると、男に尋ねた。


「本当ですか?」

「ああ、護衛で雇われてた狩人ハンターの一人が命からがら帰って来たらしい。今は村の入り口で手当てを受けてるハズだ。」


 僕とノエルさんは急ぎ店を出て、村の入り口に向かった。そこには人だかりが出来ており、騎士団や他の狩人ハンターの姿が見られた。


「フィアナ!」

「ノエル、大変よ。トレーニー伯爵領に向かった商人が盗賊団に襲われたみたい。」


 ノエルさんがフィアナさんに呼び掛けると、返事が返ってきた。男が言っていた内容は間違いなかったようだ。となると、やはり気になるのは・・・


「襲われた商人達の護衛には、ルミエールもいたの。」


 当たって欲しくなかった予想が、見事に的中してしまった。






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