第28話 盗賊と奴隷と騎士団
ノアがシュラフに来てから早3ヶ月が過ぎ、初夏を迎えていた。ノアは相変わらず孤児院で食事を作り、ノエルやルミエール達と狩りに行き、時おりアラン団長とレイラ隊長に稽古をつけるという日々を送っていた。そんなある日、
「こんにちはクレアさん。」
「あら、ノアくんいらっしゃい。今日は依頼?」
「はい、そのつもりなんですが、今日は行商人の護衛の依頼が多いですね?」
ノアが気になったのは、貼り出されていた依頼の多くが行商人の護衛だった事だ。普段も護衛の依頼が貼り出されている事はあるにはあるのだが、今日は何時にも増して多い。
「そうなのよ。最近、盗賊によるものと思われる被害が多発しててね。」
「なるほど。」
僕が捕まった盗賊団がシュラフの町の近くで幅を聞かせていたのだが、大蜥蜴による被害で盗賊団は壊滅していた。もっとも確認が取れたのは一部に過ぎず、生き残った盗賊が再度団を結成した可能性も無くは無い。
「以前の誘拐事件の盗賊団と同一ですか?」
「うーん、それも考えられるんだけど、被害の規模から考えるともっと大きな盗賊団の可能性があるの。」
「そうですか・・・」
僕はその会話で何か引っ掛かりの様なものを感じていたが、それが何なのか分からない。何となくモヤモヤした感じの中、狩猟系の依頼を探す事にした。
「あら、ノアくんもう来てたの?」
依頼を探しているとノエルさんに声をかけられたが、今日は珍しく一人だけだった。
「ノエルさん、こんにちは。今日はルミエールさんと一緒じゃ無いんですね?」
「ええ、ルミエールは護衛の依頼でラダ村からトレーニー伯爵領に行っているわ。しばらくは帰って来れなさそうよ。」
「へー。トレーニー伯爵領は遠いんですか?」
「ラダ村から出て片道5日って所かしら?」
となるとラダ村との距離も考えると、往復で2週間程度はシュラフの町には帰らない事になる。
「そうですか・・・何だか少し寂しいですね?」
「そんな事言われると妬いちゃうわ。」
「あ、いえ、そんなつもりは・・・」
膨れっ面のノエルさんとなだめながら、今日は2人で依頼をこなす事にした。
依頼はサルサ村近くで猪を狩る事にした。成果も上場で、猪を3匹狩る事が出来た。持ち帰るのに苦労しそうだったが、サルサ村からシュラフに向かう行商人の馬車に同乗出来たので思いがけず楽が出来た。
「同乗させてもらって、すみません。」
「良いって事よ!坊主はガダルの兄貴のお気に入りだろ?この程度の事、当然だぜ!」
ガダルさんを兄貴と呼ぶ御者に感謝を述べて荷台に戻った。荷台にはシュラフの町で売るための麦や野菜などが積まれていたが、荷台のスペースのほとんどを猪が占めていた。たぶん猪を積まなければもっと積めただろうに。
申し訳なさを感じつつシュラフに向かう馬車の中から外を眺めていた。道中、何台かの馬車や見廻りの騎士達とすれ違い、シュラフの町に到着した。
「おう!サルサ村からか?」
「ああ!今日はお連れ様も一緒にな?」
シュラフの入口で検問を受けて町の中に入る。そこでも何となく引っ掛かりを感じたが、結局それの正体は分からない。
御者のおじさんは親切にも
僕とノエルさんはお礼を述べて
ーーー
孤児院に戻ると一台の馬車が門の前に停まっていた。馬車の横には盾をあしらった紋章が刻まれており、一目でフレーベル侯爵のものだとわかった。
「やあ、こんにちは、ノアくん。」
「フレーベル侯爵様、こんにちは。」
馬車に近づくと中から侯爵様が顔を出した。
「侯爵様、お越しになるのでしたら事前に言って下さりませんと!」
門の前ではサマンサ院長が侯爵様相手に啖呵を切っていた。
「い、いや、すまない。何分急な用件だったのでな。」
侯爵様はと言うと慌てた様子でサマンサ院長に理由を述べていた。僕に用件でわざわざ侯爵様自ら孤児院まで足を運ぶなんて今まで無かった事だ。
「急な用件ですか?」
「それは屋敷で話すよ。さあ、馬車に乗りたまえ。」
言われるがままに僕は侯爵様の馬車に乗り込む。馬車には特に護衛の姿もなく、車内は侯爵様と僕の2人だけだった。
「護衛も無しで外出されるのはよろしくないのでは?」
「ああ、それなら大丈夫だよ。それより今日はもう一人道中で拾って行くから。」
そう言うと馬車は屋敷ではなく騎士団の宿舎へと向かう。向かった方向で誰を拾うのかは何となくわかった。
「・・・侯爵様、さすがに非番に呼び出されるのは堪えます。」
げんなりした様子で馬車に乗り込むのはアラン団長だ。今日は休みだったらしく、あからさまに嫌そうな表情をしていた。
「すまないね、何分急な用件だったからね。」
フレーベル侯爵様は涼しげな表情でアラン団長の小言を流していた。
しばらくして屋敷に到着した僕とアラン団長はそのまま食堂へと案内された。食堂のテーブルにはたった今置かれたと思われる料理が湯気を漂わせながら並んでいた。
「さあ、遠慮せずに席につきたまえ。」
僕とアラン団長はお互いに顔を見合わせて、侯爵様に言われたように席についた。
一通りの食事が済んだ所でアラン団長が切り出した。
「それで、ただの食事でここへ呼んだんじゃないですよね?」
不機嫌そうに尋ねると、侯爵様は何処か遠い目をしながら答えた。
「・・・実は、近いうちに王都からハーバルゲニア王国第三王女メリッサ王女様がシュラフにやって来る。」
「王女様がですか!?」
「ああ。」
「それはまた何故・・・」
「理由は君の目の前に座っているよ。」
アラン団長は僕を見る。とりあえず、僕にも何が何やらよくわからないのでキョトンとしている。
「まさか!?」
「そのまさかだよ。ノアくんに会いに来るんだよ。察しのいい団長殿ならわかってるんじゃないかな?」
「そんな事が・・・いや、まさか・・・」
侯爵様はため息をつきながら控えのメイドに紅茶の用意を頼む。
僕に会いにハーバルゲニア王国の王女様がシュラフに来られる?余りに突拍子もない話に益々混乱してきた。
「表向きは使者としてこの町に滞在される予定だが、その裏は恐らくノアくんとメリッサ王女様に面識を持たせる事だろう。王女様もノアくんと同じく、来年からルシエル魔法学園に通われるご予定だしね。」
「はぁ・・・そう言う事ですか。」
ハーバルゲニア王国の王女様と同級生になるらしい。王女様というのは少し気が引けるが、入学前に同級生と知己を得られるのは僕としてもありがたい。
「ノアくんは一般人と言うことで、多少の礼儀作法やマナーなんかには目を瞑る様だけど、呉々も失礼の無いように頼むよ?」
「わかっています。自分としても多少の礼儀作法は
「確かに、食事とかのマナーもしっかりしてるし・・・まぁ、問題ないかな。」
前の世界での礼儀作法にあたるので
「で?王女様はいつ頃来られるんですか?」
アラン団長は嫌そうな表情をしながら侯爵様に尋ねた。団長としては、言っては何だが厄介事が増えるようなものだししょうがない。
「まだ分からない。事前に連絡は入れてもらうようにしてるから、アラン団長も前もって受け入れ体制は整えておいてくれ。もちろんノアくんもね。」
「・・・はぁ。ただでさえ盗賊団の件で忙しいってのになぁ・・・」
「まあ、そう言ってくれるな。相応の報酬は出すから。」
そう言えば今、騎士団の中では盗賊団の事で色々と慌ただしくしているらしい。
「その盗賊の件ですが、ひとつ気になる事があるんですけど?」
「?何だい?」
「僕が盗賊に捕まっていたのは知ってると思うんですけど、その売り渡しがシュラフの町だったらしいんですよね。シュラフの町に奴隷を扱う様な場所を見たこと無かったので・・・」
「!!それは本当か!?」
ガタッと大きな音を立ててアラン団長が椅子から立ち上がると、部屋に響く程の声で叫んだ。
「はい、シュラフに来てから奴隷を見たこと無かったので気になったんですよ。」
「そんな・・・まさか。」
アラン団長は表情を険しくしながら椅子に座り直した。侯爵様も同様に顎に手を充てて、真剣な表情で何かを思案し始めた。
「ノアくん、このシュラフでは奴隷の扱いは禁止されているんだよ。」
「そうなんですか?」
「ああ。国からは直接禁止はされていないんだけど、この町では全面的に禁止している。」
「え?じゃあ、検問で止められるんじゃ?」
僕が捕まって馬車で運ばれていた時は、檻に入れられはしていたものの、別段隠されているわけでもなかった。レイラさんが馬車を覗いただけで僕を見つけたくらいだ。
でもそうなると検問で間違いなく引っ掛かるはずだ。検問所では間違いなく積み荷の確認をしているし、外壁に囲まれているこのシュラフに潜り込むのは難しいだろう。
秘密の抜け穴でもあれば分からないが、馬車ごととなるとまず無理だ。
そうか、今朝から何か引っ掛かる事があるなとは思っていたけどそう言う事だったのか。事の重大さとは裏腹に、僕はモヤモヤした気持ちが晴れてスッキリした。
「アラン団長?」
「わかってます。すぐにその時門番をしていた騎士に確認を取ります。」
僕とアラン団長は慌ただしく侯爵様の屋敷を後にした。思っていたよりも大事になってしまったようで、帰りの道中でアラン団長のため息を何度も聞いた。
ーーー
騎士団の宿舎に行くとすぐにアラン団長の執務室に案内された。執務室にはまだ手付かずだろう書類が机の上に積まれていた。
「すまんな、急に呼び出したりして。」
「いえ。それで用事とは何なんですか?」
「昨日侯爵様の屋敷を出た後で、騎士団の一人が盗賊と繋がっていた事を吐いた。」
「やっぱり騎士団に盗賊団の内通者がいたんですね?」
「ああ。どうやら裏で金を受け取って、奴隷として売るための子供を町に通していたらしい。今は奴隷の買取りを行っていた業者の特定を急いでいる所だ。」
アラン団長はそう言うと、苦虫を噛み潰した様な顔で腕を組んだ。それも当然だろう。奴隷を全面的に禁止しているこの町で密かに奴隷の売買が行われていた。しかも事もあろうか騎士団の人間がその斡旋を行っていたのだから。
「捕らえていた盗賊からも確認が取れた。全くもって由々しき事だ。騎士団ともあろう者が盗賊の輩とつるんでいるとはな。」
「侯爵様もこの話を?」
「もちろん伝えてある。騎士団の連中にもな。」
今やシュラフの騎士団の士気は駄々下がりだろう。宿舎に来る際に通った訓練場は普段の喧騒とは打って変わって人影もなく、静かだった。
「問題はシュラフで買い取られた奴隷が何処に回されていたかだな。」
確かに、わざわざ奴隷の売買が禁止されているシュラフでその様な事を行っていたのだから、かなりリスクの高い行動だ。そこまでしてシュラフでなければならなかった理由が分からない。騎士団や侯爵様が調べているのだからいづれ分かるだろうが、きな臭くなって来た。
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