第26話 サルサ村での1日
侯爵様の屋敷を訪れてから数日ほど経ったある日、
「おはよー、ノアくん。」
「おはよう。」
「おはようございます。今日は人が多いですね、何かあったんですか?」
「うん、サルサ村の外壁や建物の修繕がある程度完了したみたいで、村に戻る準備が始まるみたい。」
この世界に訪れてから約一月でサルサ村に人が住めるまでに復興したのか。
「かなり早かったですね?」
「がはは、そりゃ、俺達が頑張ったからな!」
豪快な笑いと共にガタルさんが腰に手をあてながら自慢する。確かに、自慢できる程には素晴らしいことだと思う。
「ガタルさん、こんにちは。さすがですね、ここまで早く復興するとは思いませんでしたよ。」
「がはっはっ!そうだろ?そうだろ?まだ元通りって訳じゃないが、人が住むには十分になったぜ!」
「何よ、別にガタルだけの手柄じゃないでしょ?」
「んだよ、いいじゃねーか。たまには俺を褒めるぐらいしろよ!」
「子供か!?」
3人の掛け合いを隣で見ながら、僕はサルサ村の民家から借りていた服一式の事を思い出した。
サルサ村の民家から借りた服について、きちんとお礼をしたかったので、今回は良い機会かもしれない。
「早ければ明日にでもサルサ村の住民の人達が出発するそうよ。」
「明日ですか。」
僕が考え事をしているのに気がついたのか、ノエルさんが教えてくれた。
「おう!俺達も一応、護衛って形でついていくんだが、ノアも来るか?」
「それじゃ、お言葉に甘えさせてもらいます。」
僕は明日、付き添いの護衛の一人としてサルサ村に向かう事になった。
「ノアくんって、現状この町で一番の護衛なんじゃない?」
「「「・・・確かに。」」」
「いや、そんな言い過ぎですよ!」
その後は4人で色々と話をして、ルミエールさんとノエルさんも同行することになった。もっともこの2人はサルサ村の近くで狩りをしたいらしいので、僕とガダルさんとは目的が別だけど。
こうして4人で話がまとまった後、僕は明日の準備の為に孤児院に戻る事にした。
「確かこの辺りに・・・あった!」
僕は部屋で借りていた服を一式用意した。自分用の服を買い揃えた後は、汚さないためになるべく着ないようにしていた。
ーーー
次の日の朝、シュラフの町の門の前には大勢の人が集まっていた。多分300人くらいはいるだろう。
「これでもまだ半分にも満たない位だぜ。」
「結構、多いですね。」
ガダルさんがこちらに気づいて隣に来ると、そう教えてくれた。確かにサルサ村自体も結構な広さだったので、この人数にも納得出来る。護衛は
人数が多かったのでサルサ村に到着する頃には、日が大分傾いてきた頃だった。
「今日は皆さん、この村に泊まって行かれてはどうですか?」
サルサ村に到着すると、村長さんだと言うおじいさんが提案した。
護衛で付き添っていた騎士団の人達は残念ながら仕事中なので町に帰るとの事だったが、
ちなみにルミエールさんとノエルさんは村に着くや否や、森へと狩りに出ていった。日暮れまでには村に戻るとのことだ。
目的の民家に到着すると、家の中に人影が見えた。僕は家の扉を叩くとすぐに僕と同い年位の男の子が出てきた。
「こんにちは。」
僕が声を掛けると、男の子は不思議そうな顔をしてこちらを眺めていた。
「ターくん、誰か来たの?」
家の奥からは男の子の母親が出てきた。
「あ、急にすみません、実はー」
とりあえず、盗賊に捕まってこの村に立ち寄った際に服を拝借したと説明して、服一式を返却した。もちろんお詫びも忘れない。銀貨を1枚懐から取り出して、母親に手渡した。
「ーっ!!?」
母親は手渡された銀貨を見て大層驚いていた。さすがに銀貨は多過ぎたらしくなかなか受け取ってもらえなかったが、出してしまった手前、戻せないと伝えると申し訳なさそうに受け取ってくれた。
なら責めてと今日一晩泊めてくれるとの事だったので、ありがたくお言葉に甘えさせてもらった。
護衛として村に付き添った
家の前には都合よく、ガダルさんと話す村長さんの姿が見えたので、すぐに説明した。
「何だ、サルサ村に知り合いがいたのか?」
「まぁ、いたと言うか、今日知り合ったばかりなんですけど。」
「相変わらず、人に好かれやすいのな?」
「そんな事ないと思いますけど・・・ガダルさんはどうするんですか?」
「俺はこの村に家があるから問題ねーぜ!」
「え!?ガダルさんってサルサ村の出身だったんですか!?」
「おうともよ!女房と息子も今頃は家で荷物を整理してる頃だろうよ。」
「えぇー!!?ガダルさん、結婚してるんですか!!?」
「どんだけ驚いてんだよ!」
あまりにも衝撃的な事実だったため、しばらく思考が働かなかった。それと同時に会ってみたいとも思ったが、他所様のプライベートを詮索するべきでないと思い止まった。
「じゃあ、俺は少しヤボ用があっから。」
そう言うと、村長さんの家を後にするガダルさんの姿を見送った。
「お前さんは随分とガダルに気に入られとるみたいじゃのう?」
「そう見えますか?」
「うむ。ガダルがお前さんと話す時は優しい顔をしとる。少し前までは酷く落ち込んでおったから、尚更そう感じるんじゃろう。」
「ガダルさんが落ち込んでいた?」
「ふむ。ちょっと前に、この村で大蜥蜴が出たのは知っとるか?」
知ってるもなにも、2回も出会ってますから。倒したし。
「サルサ村から避難したワシらと入れ違う様に6人の
「・・・亡くなった。」
「うむ。その亡くなった
「・・・」
その話は知らなかった。普段のガダルさんはその様な事実を伺い知ることが出来なかった。
「弟が死んだと聞かされた時には、それはもう荒れてな。大蜥蜴を倒すと言い張って止めるのが大変じゃったわい。」
今思うと、確かにガダルさんはサルサ村の復興に尽力していた様に思える。狩りの依頼はそっちのけで、サルサ村の建物の修繕や護衛の依頼ばかり受けていた。
「じゃが、ある日を境にピタッと大人しくなりおってな、この村の為に精一杯の事をしてくれた。ワシもそうじゃが、この村の人は皆、ガダルには感謝しとるんじゃ。」
村長さんから話を聞いた僕は、村長さんに教えてもらい、ガダルさんの弟さんのお墓の場所を教えてもらった。
ーーー
「おう、ダン!来てやったぜ!」
ガダルの目の前には真新しい墓石があった。墓石の前に座ると、手に持っていた酒瓶を開けて墓石の上からかけた。
この墓石の下には遺骨はなく、墓石の前に大蜥蜴の腹から出てきた防具の一部が置かれていた。それは防具と呼ぶには難しい程に小さな物だったが、一目見た瞬間に弟の物だとすぐに分かった。
「まったく、俺より先に逝っちまいやがって、まったくよぉ。」
気付けば酒瓶の中身がカラッポになっていた。目の前に空になった酒瓶を置くと、夕暮れで赤く染まる空を見上げた。
「俺はまだそっちにゃ行けねぇぜ。女房と息子がいるんだ。そう簡単にはくたばらねーよ。」
ガダルは墓石の前に置かれていた防具の一部を手に取り、裏返す。そこには刃物の様なもので荒く文字が刻まれていた。
ーダンへ ガ・・・ー
文字はそこで途切れていた。
「クソッ・・・」
そう小さく呟くと、手にした防具の一部に大粒の涙が落ちた。
ーーー
墓石の前に座るガダルの姿に、僕は木陰から様子を伺う事しか出来なかった。僕は声を掛けようとも思ったが、掛ける言葉が見つからずにその場を後にして、僕は泊まる予定の民家に戻った。
「あら、お帰りなさい。夕飯の仕度ももう少しだから、終わるまで待っててね。」
「はい、ありがとうございます。」
「主人ももうすぐ帰る頃だと思うから。」
家の中には子供とその母親の2人しかおらず、確かにご主人の姿が見えなかった。丁度その時に家の扉が開いた。
「おう!帰ったぞ!」
「え?」
「おっ?」
帰ってきたご主人を見て驚いた。
「何だ、ノアの泊まる家ってのはウチの事だったのか?」
がははと笑いながら僕の背中を叩くガダルさんはいつものガダルさんだった。墓石で見た姿とは全くの別人だ。
「あら、あなた達知り合いだったの?」
「がははは、まぁな!」
「ええ。ガダルさんには色々と助けてもらいましたから。」
その後はガダルさんも含めた4人でテーブルを囲い、夕食を楽しんだ。
夕食時に簡単な自己紹介を済ませた。ガダルさんの奥さんはキャスさん、3歳になる息子はトミーくんで終始ガダルさんにベッタリの状態だった。夕食後にガダルさんに呼ばれて、2人だけで話をする事になった。
「トミーくんは?」
「もうすっかり寝ちまったよ。」
笑いながらガダルさんはテーブルに置かれたお酒を飲んでいた。中身はぶどう酒でガダルさんは好んでこのお酒を飲んでいるらしい。
奥さんは僕達にお酒とジュースとお摘みを用意して寝室に戻った。
「それにしても、ガダルさんが結婚してたとは驚きました。」
「どういう意味だよ!?」
僕はガダルさんと乾杯してそう言い出した。
「・・・村長さんから弟さんの話を聞きました。」
ガダルさんは特に驚いた様子もなく「そうか。」と一言呟いた。
「俺がお前の推薦人になったのは、お前の後ろに息子と、・・・幼い頃の弟の姿を見たんだ。」
ガダルさんは僕にトミーくんと弟さんの面影を重ねたそうだ。年齢は違うが、何となくそう感じたらしい。
「弟のダンはスゴい優秀でな、侯爵様からも信頼されるくらいだったんだぜ。」
ガダルさんは続けた。
「ある依頼でダンは侯爵様から表彰されることになって、その時の祝に俺はダンに防具をプレゼントしたんだ。大して高価な防具でもないのに、ダンはいつもその防具を身に付けていた。まさかそれがダンの遺品になるとは思ってもみなかったがな。」
ガダルさんは寂しそうにコップの中のぶどう酒を軽く回していた。そして頭を振った。
「すまねぇな、何だか湿っぽくなっちまって。この話は終わりだ、ノアも飲め飲め!」
「そうですね・・・ってそれお酒じゃないですか!?」
ガダルさんが僕のコップにぶどう酒をドバドバと入れた。
「細かいこたぁいいんだよ!ノアも大人になるんなら今の内から飲めるようにしとけ!」
がはははと悲しみを振り払うかのように豪快に笑いながら、コップのぶどう酒を一気に飲み干すと、再びぶどう酒をコップに注いだ。
「わかりましたよ。少しだけなら・・・」
と、僕もコップに手を伸ばした。この世界では特に飲酒に対する年齢規制などはないが、やはり子供がお酒を飲むことは推奨されておらず、15歳を越えてから飲むのが一般的だった。僕は少しだけぶどう酒に口をつけた。
ガダルさんは僕の姿を見て、優しく微笑むとペースを上げてぶどう酒を飲み続けた。
当然の如くガダルさんは翌朝、二日酔いで頭を抱えており、それを朝起きたキャスさんに見つかってこっぴどく怒られた。さすがのガダルさんも二日酔いの体に罵声を浴びせられた事で、大層げんなりしていた。
僕はキャスさんとトミーくんにお礼を告げてガダルさんと共に村長の家へと向かった。
「ああ!ノアくんやっと来た!せっかくノアくんとお泊まりだと思ったのに!」
「ははは、すみません。昨日はガダルさんの家でお世話になりました。」
「もー!ガダルのせいで折角のノアくんとの時間が・・・!」
「あー、頼むから怒鳴るな。頭に響いちまう。」
ガダルさんは青い顔をしながら額に手をあてていた。そんなこんなで僕のサルサ村での1日が過ぎて、シュラフの町への帰路についた。
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