第24話 レイラさんの魔法特訓

 今日は午前中にルミエールさんとノエルさんの2人と一緒に狩りに行き、午後からはアラン団長とレイラさんに稽古をつける予定になっていた。


「そう言えば、レイラさんも魔法使えるんですよね?」

「まあ、使えるには使えるんだがな・・・」

「レイラは魔法が苦手なんだよ。」

「団長!」


 アラン団長が笑いながらそう告げると、レイラさんは口調を強めてアラン団長を叱った。どうやらレイラさんは魔法があまり得意でないらしい。


「では、ちょっと魔法を使ってもらって良いですか?」

「い、今か?」

「ん?あぁ、別に構わないぞ!」

「・・・はぁ。」


 レイラさんがアラン団長に助けを求めるような視線を投げ掛けるも、アラン団長には届かず、団長直々の許可も降りてしまった。


「あまり殺傷力が強いのも何なので、水の精・・・魔法は使えますか?」

「・・・使える。」

「じゃあ、早速お願いします。」

「へ、下手くそでも笑うなよ?」

「笑いませんよ。」


 じゃあと、レイラさんは詠唱を唱え始めた。そもそも精霊に力を借りるのだから、下手も糞もないんじゃないかと思うのだけど。

 レイラさんは前に両手をつきだした。


『水の精霊、力、貸して』


 僕はレイラさんの唱えた詠唱もとい精霊語を聞き、愕然とした。そりゃ、精霊達も力を貸さなくても仕方がない。レイラさんの両手から拳大の不安定な水の玉が表れ、勢いなく飛んでいく。水の玉は10メートルほど飛んだ所で失速しバシャッと地面に落ちた。


「・・・」

「わ、笑うなよ!」

「笑いませんよ。というか笑えませんよ。」


 ふとアラン団長を見ると、肩を小刻みに震わせて顔を背けていた。明らかに笑いを堪えている反応だな。


「じゃあ、レイラさん。僕の魔法を見ていて下さいね。」

「む?わかった。」


 そしてレイラさんとアラン団長は僕からかなりの距離を取った。いや、そんなに離れなくても大丈夫だよ!

 僕は一呼吸置いて、精霊語を唱えた。本来であれば水の精霊は契約しているがいるのだけど、今回は不在と言うことで他の水の精霊に協力してもらおう。


『水の精霊達よ我に力を貸し与えたまえ』


 僕が精霊語を唱えると、辺りにいた精霊達が一斉に反応する。集まってきた精霊達の数が予想以上に多い事に驚きながらも、僕は頭上に巨大な水の玉を作り上げた。僕は精霊達に魔力を与えると、嬉しそうに周りを飛び始めた。こんなに数が集まるとは思わなかったけど、集まってしまったものはしょうがないので皆に魔力を与えた。


「ノ、ノア?ソレはどうするんだ?」


 アラン団長とレイラさんは呆然と僕の頭上に現れた水の玉を見つめていたが、アラン団長が意を決した様に聞いた。

 僕は水の玉に向かっててのひらを差し出すと、それを拳に握り変える。と、同時に頭上の水の玉が割れて地面に大量の水が降り注いだ。もちろん僕にかからない様にだ。


「ふぅー。で?気がつきました?」

「へ?」

「魔法を使った時の僕とレイラさんとの違いです。」

「あ、ああ。ちょっと待ってくれ。」


 質問を投げ掛けられてキョトンとするレイラさんだったが、直ぐに切り替えて考えを巡らせている。


「そう言えば、ノア殿が唱えた詠唱の発音が少し違っていた様な・・・」


 正直、"発音が少し"どころの問題じゃないけど、まあとりあえず気がついた分には良かった。


「はい。レイラさんと僕との大きな違いは詠唱その物が異なっている点です。」

「詠唱が違う・・・」

「レイラさんの詠唱は言うなれば不完全です。正しい詠唱を唱える事が出来れば、レイラさんの魔法は格段に強くなります。」

「・・・なるほど。すまないがノア殿、正しい詠唱を教えてはくれないか?」

「もちろん、そのつもりでしたので。」


 魔法が強くなると聞いたレイラさんはやる気を出したようだ。後は魔力が続く限り、詠唱を唱えるだけで大丈夫そうだ。


「なあ?俺はどうすればいいんだ?」

「アラン団長は・・・そうですね、今まで通りで。」

「・・・俺への教え方が雑になってないか?」

「それだけ上達してるって事ですよ。身体強化についてはある程度の慣れが重要ですから。」

「そ、そうか?わかった!」


 アラン団長は上達していると言われた事に機嫌を良くすると、体に魔力を流し始めた。 アラン団長は周りには良く気が回るのだが、自身の事となると急に不器用になってしまう欠点もある。だが、それもアラン団長が周りの人を惹きつける魅力の一つなのだろう。現に僕もそんなアラン団長の性格には好意を抱いている。もちろん変な意味では断じてない。


「さて、じゃあ早速詠唱を教えますね。」

「・・・練習を始める前に、服を乾かしたいのだが、いいか?」

「あ。」


 さっき僕が使った水の精霊魔法は、僕にこそ掛からなかったものの、アラン団長とレイラさんにはしっかりと掛かっていた様だ。僕は火の精霊魔法を用いてレイラさんの服を乾かした。一応は怪しまれないように詠唱を唱えておいたが、やはり精霊達が過剰に反応してしまい大変だった。

 一通りレイラさんの服が乾いたので、アラン団長もと見ると、ビショビショのまま特訓を続けていたので、そのままにしておいた。こうしてレイラさんの詠唱特訓が始まった。


 ーーー


「ノア殿!これはスゴいぞ!」


 レイラさんは自身が放った水の魔法の威力と射程距離に興奮を隠せないでいた。最初に水の玉を放った時とは別人の様になった。


「ノア殿、この様な提案をするのは非常に心苦しいのだが、私の部隊の者にも詠唱の訓練をしてはくれないか?」


 レイラさんが僕に提案を出した。確かに、この前の戦いで詠唱が不完全である事や威力の心許なさは気掛かりだったのだが、ここで僕が一部の騎士に正しい詠唱を教える事で騎士団の中でのパワーバランスが崩れる可能性もある。


「・・・少し考えさせてもらっても良いですか?」

「ああ、もちろんだ。無論、無理にとは言わないからな。それじゃあ、私は・・・」


 そこでレイラさんはバタリと地面に崩れ落ちると、スヤスヤと寝息を立てて眠りに落ちた。どうやら魔力を使いすぎた反動で防衛本能が働いてしまった様だ。

 魔力が枯渇すると精神的な負担が大きくなり、集中力が切れたり、イライラするようになったりと様々な症状が表れる。レイラさんの場合は精神的な負担から体を守るために睡眠という形で防衛本能が働いたらしい。


「すみません、アラン団長。レイラさんが限界の様で・・・」


 このままここで眠らせる訳にもいかないのでアラン団長に手を借りようとアラン団長を呼ぶが・・・


 バタリ。


 アラン団長も身体強化に魔力を使い果してしまったようで、仰向けに倒れていた。


「はぁーはぁー、もう、一歩も、動けん・・・」

「・・・」


 ダメだこりゃ。

 僕は仕方なく騎士団の宿舎に向かい応援を読んできて、倒れた2人を運んでもらった。折角、休んでいたのに申し訳ない。


「いつも団長がすまねぇな。」

「いえ、こちらこそ手伝ってもらってすみません。」

「良いって良いって!団長はいつも俺達みたいな部下に気を回してくれるんだが、自分の事には考えが回らないらしいんだよな。」

「ウチの隊長もよ。無茶ばかりしようとするんだから。」


 そう言いながら団長と隊長を担いで行く騎士達の表情はどこかにこやかであった。僕が思っている以上にアラン団長とレイラ隊長の信頼は厚いようだ。その様子を眺めながら微笑み、僕は孤児院へと帰った。


 ーーー


 孤児院に帰ると珍しくシンシア先生に呼ばれた。治療院の手伝いかなと思い、孤児院の治療室に入ると、シンシア先生が腰掛けた椅子をくるりと回転させてこちらを向いた。


「治療院の手伝いですか?」


 早速、僕はシンシア先生に尋ねる。


「いえ、今回は違うは。ノアくんを呼んだのは他でもない侯爵様から面会の要請があったの。」

「侯爵様からですか?」


 僕は侯爵様から呼び出しを受けるような事があったかなと記憶を辿ってみるが、思いつかなかった。


「詳しくは侯爵様が説明されるそうです。」

「いつですか?」

「明日の昼過ぎにでもと。」


 明日か。確かに明日は特に予定はなく、いつものように狩りにでも行こうかと考えていた。


「明日の昼過ぎですね・・・わかりました。」

「・・・ノアくん、学園って知ってる?」

「学園ですか?教育を受ける事が出来る場所としか・・・」


 この世界にも学園があるらしい。前の世界にも学園は存在していたのだが、ずっと両親や周りの人達から剣や格闘などの戦闘訓練や魔法の訓練などを受けていたので通った事はなかった。もっとも、至る所で戦争が勃発している時代に学園に通う人間など貴族階級の子供達くらいのものだろう。


「そう。ハーバルゲニアの王都にも学園があるのだけれど、行ってみたいって思ったりする?」

「?まぁ、行ける事なら行ってはみたいですけど、貴族でも何でもない僕みたいな一般の子供が通える様な所なんですか?」

「普通じゃ、まず通えないわね。」

「なら多分、僕も無理だと思いますよ。」


 確かに学園には興味があった。同年代(今の僕とではあるのだけど)の子達と一緒に教養を学んだり、協調性や社交性などを身につける為の場所であると聞いていたので、行ってみたいとはもちろん思っていた。だが、幸か不幸か前の世界でも今の世界でも、僕は貴族ではなかった。そうなると僕が学園に通う事は無いだろうと諦めていた。


「・・・そうですか。私からは以上ですので、くれぐれも侯爵様に失礼が無いようにお願いしますね。」

「わかりました。」


 そして僕は治療室を出た。なんでシンシア先生は学園の話を僕にしたのかわからなかったが、まだ知らぬ学園生活について想像しながら僕は部屋へと戻った。

 閑話だが、相変わらず僕の部屋は客間のままだ。まぁ特に居心地が悪い訳ではないので別によかった。強いて言えば、他の子供達から不平不満が出るのではと思いもしたが、子供達は1人きりになるのを嫌がるらしく、雑魚寝の部屋の方がむしろ嬉しいらしい。

 サマンサ院長や先生方もそれで落ち着いているのだから、そのままで良いでしょうと放置していた。結構、適当な面が多々ある孤児院だ。


「とりあえずは明日の昼過ぎに侯爵様の屋敷に行って話を聞く。場所は前に行ったことがあるので分かるけど、距離があるから早めに出ないとなぁ。」


 部屋で一人、明日の予定を整理する。と言っても、侯爵様の屋敷に行くくらいしか予定は無いけど。

 距離があるからと言って、町中で身体強化して走って行くのも不味いので仕方なく歩いていく事にしよう。今日の所は、水浴びして早めに寝る事にしよう。



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