第23話 暗躍


 とある城にて7人の人影が円卓を囲んでいた。光源である蝋燭の火は薄暗い室内を赤く照らし、不気味な空気をより一層引き立てていた。


「実験体43番が殺られた。」

「やっぱり失敗作だったか。」

「いいや、実験自体は成功しておった。能力も他と比べても申し分無いレベルじゃったわい。」

「だが、殺されたのだろう?人間ごときに殺されるなんざ、失敗作以外何物でもないだろ?」

「話を聞け、バウル。」

「ちっ!」


 ここにいる人影は皆人間と呼ぶには難しい姿形をしていた。バウルと呼ばれた者は頭に3本の角を生やしており、背中にはコウモリの様な不気味な翼が生えている。バウルはテーブルの上で足を組ながら不機嫌そうに回りを眺める。


「ふぇふぇふぇ。43番を殺したヤツは魔力を辿ってこちらを逆探知してきおったわい。」

「魔力を辿られたのか!?」

「安心せい。探知される前に魔力を切ったわい。ここが割れる事はないわい。」


 大きなローブを被った老体が不気味に笑いながら発言する。


「しかしナーバのジジイの魔力が辿られるなんてな。隠蔽し忘れたんじゃねぇのか?」

「誰に向かって口を聞いとるんじゃ。わしの隠蔽は間違いなく効いておったわい。魔力を辿って来たのは恐らく使役された精霊じゃろう。」


 ナーバと呼ばれた老人はバウルを睨み付けながら答えた。ローブの下からは不気味に光る赤い瞳が見える。


「精霊を使役する人間か。我々の実験にとっては障害となり得るかもしれんな。ナーバよ、次の実験体の準備はどうだ?」

「調整にもう少しばかりかかるかのう。」

「そうか。ゲヘトル、レオンベイルの居場所は掴めたか?」

「い、い、いえ、まだ、つ、つ、掴めて、お、お、おりません。」


 ゲヘトルと呼ばれたのは前身が泥人形の様な姿をしており、表面から流れる泥水に床ビチャビチャと滴っている。


「ケッ!レオンベイルの野郎、怖じ気付いて逃げちまいやがって!」

「落ち着けバウル。まだそうと決まった訳では無かろう。何処かの国で潜伏しているやも知れん。」

「グレアノスの旦那は甘いぜ。」


グレアノスと呼ばれた者は前身が青白い炎に包まれており、人の様な形をしている。また椅子に座っているのだが、椅子が青白い炎に焼かれる事はないようだ。


「引き続きナーバは実験体の準備を。ゲヘトルはレオンベイルの捜索にあたれ。実験体43番を殺したヤツについては、現状は様子を見る事とする。以上だ。」


 部屋にいた人外の者達は各々席を立ち、部屋を後にしていった。部屋にはグレアノスともう一人、終始言葉を介さず会話に耳を傾けていた者が残った。


「ディオゲイオス、お前には期待しているぞ。」

「・・・わかっている。」


 ディオゲイオスは体を黒い甲冑で包み、顔には真っ白の仮面を着けていた。ディオゲイオスはグレアノスに了承の言葉を告げると、その場から消える様にして部屋を後にした。


「我々の悲願が達成された時、神どもがどんな顔をするのか見物だな。」


誰もいなくなった部屋にグレアノスの不気味な笑い声が響いていた。


 ーーーーーーーーーーーーーーー


 害獣群殲滅作戦から2週間ほど過ぎた。怪我人もかなり回復して元の生活に戻り始めていた。僕自身もこれといった変化は特に無いまま狩りをしたり、アラン団長に稽古をつけたり、孤児院で食事の準備をしたりと、今まで通りの生活をしていた。今日はアラン団長に稽古をつけるため、訓練場に足を運んでいた。


「おう!ノア!今日もよろしく頼むぜ!」

「私も、よろしくお願いします!」

「・・・」


 変化があったとすれば、アラン団長の稽古にレイラさんが参加するようになった事くらいだろう。


「稽古をつける分には、特に問題は無いんですけど・・・」

「?どうした?」

「どうしたんだ、ノア殿?」

「・・・あまり目の前でイチャイチャするのは勘弁して下さいね。」

「ーっ馬鹿!イチャイチャ何てしてねーだろーが!?」

「え、ええ!私達はちゃんと稽古をだな・・・」

「あー。はいはい、わかりましたから、始めますよ。」


 アラン団長とレイラさんのカップルを相手に稽古をつけていた。アラン団長は回数を重ねる毎に身体強化のコツをつかんで行き、今では模擬戦をした時の倍以上の時間、身体強化を継続出来る様になっていた。

 レイラさんの方は、元々身体強化についての感覚が身に付いていなかったので、戦闘の際の足の運び方や歩行方法をレクチャーしていた。

 精霊と契約をさせてみようかとも考えたが、精霊の存在自体が認識されていない上に、精霊についての知識をゼロから教えないといけなかった為やめにした。


「はぁーはぁー、どうだ?大分マシになってきただろう?」

「そうですね、コツをつかんできたようで無駄が少なくなって来ましたね。」

「はぁー、だろう?はぁーはぁー。」


 稽古を開始してから一時間。アラン団長は仰向けに倒れて、肩で息をしながら聞いてきた。


「でもまだ無駄があるのも確かです。今度は両足で練習しますよ。」

「はぁーはぁー、もう少し、待ってくれ。」

「ノア殿!こんな感じでどうだ?」


 そんなこんなで今日の稽古の時間も過ぎていった。稽古が終わる頃にはアラン団長もレイラさんもグッタリして地面に倒れこんでしまっていた。


「今日はこれぐらいにしておきましょう。」

「はぁーはぁー、さ、さんきゅー。」

「つ、疲れた・・・」


 僕はお互いに肩を貸し合いながら訓練場を後にする2人を見送りながら、孤児院に向かおうとしたが、まだ日暮れまで時間があったのでレストラン猪亭に寄る事にした。


 ーーー


「いらっしゃいませ!あ、ノアくん!」


 店に入るとナナリーが元気よく挨拶してくれた。まだ夕食時には少し早いのだが、店内は多くの人で賑わっていた。先日の戦勝を祝う宴の席で、猪亭の料理も振る舞われたのだが、そこで新規顧客を獲得したらしい。


「相変わらずの盛況っぷりだね。」

「えへへー。今日は何食べる?」

「うーん、そうだな。今日は野うさぎのソテーをお願いするよ。量は少な目にして欲しい。」

「かしこまりました。」


 一礼するとナナリーは厨房にオーダーを出しに行った。このところ猪亭には顔を出していなかったので丁度いい機会だった。

 程なくして注文した料理がテーブルに運ばれて来るのだが・・・


「あのー・・・量が・・・」

「ごめんね、ノアくん。お父さんがどうせならっていっぱい入れちゃって・・・」


 誰が見てもわかるくらいに大盛で盛られている野うさぎのソテーは500gくらいあるのではないだろうか?肉が二枚重なっている。


「い、いただきます。」


 何とか食べきることが出来て、孤児院へと帰るが、夕食の準備は僕の分を抜いて作った。

 サマンサ院長や先生達には何も聞かれる事なく、夕食の時間が過ぎた。


 ーーーーーーーーーーーーーーー


「失礼します。」


 ノックをして秘書のアンが執務室に入って来る。ここは侯爵である私の屋敷の執務室。いつもの様に椅子に腰かけて、ある手紙を読んでいた。


「お呼びでしょうか?」

「ああ。これを読んでみてくれ。」


 机の上に読んでいた手紙を差し出す。侯爵宛に届いた手紙を秘書が見るのは躊躇ためらわれるのか、なかなか手を伸ばそうとしなかった。


「君の意見が聞きたい。」

「・・・失礼します。」


 手紙の差出人はハーバルゲニア王国国王からだった。


「侯爵様!?これは!」

「やられたよ・・・」


 アンも予想していなかったのか、手紙の内容を確認すると焦った様にこちらを見た。


「はぁー。まさか先手を打たれるとは思わなかったよ。ノアくんの情報は間違いなく王都側に流出リークしている。」

「一体誰が・・・」

「さあね。まあ、この町も王国の一部だ。情報が漏れて当然だったのかもしれない。」

「情報が漏れた先がハーバルゲニア王国だったのが、唯一の救いかも知れませんね。」

「不幸中の幸い、か。」


 手紙の内容はノアくんを王都の学園に通わせることを要求するものだった。

 子供達は10歳になると各国にある学園で教育を受ける事が出来る。もちろん強制ではなく、意志のある子供達が入学の為の試験を受けて、それに合格した者だけが入学することが出来る。在学期間は5年間で、在学中は学園が所属する国に生徒も所属する事になる。

 つまりノアくんが王都の学園に入学したら、ハーバルゲニア王国に在籍する事になる。それも5年間もだ。こちらとしては完全に先手を打たれたと言わざるを得ない。


「国王様直々ですか。これはもう強制と言ってしまって良いのでは?」

「私もそう思うよ。」


 もちろんシュラフの町もそこの侯爵である私も、ハーバルゲニア王国に属している訳であるのだから、同意義と言えばそれまでなのだが、籍がシュラフから離れるのは確定だ。これは直接ノアくんに対して私個人やシュラフの狩人小屋ハウス側から要求を出せなくなる事を意味していた。


「手紙が届かなかった事に出来ないかな?」

「国王様直々に指名されるほどですよ?ハーバルゲニア王国から使者が派遣されるだけです。」

「だよね。」


私は椅子から立ち上がり、窓の外を見る。窓からはシュラフの町が見渡せる。私は孤児院のある方を眺めていた。






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