第22話 治療院


「おはよう、ララ。」

「あ、ノアくんおはよー!」

「今日も早いね。」


 孤児院の裏庭にある井戸で顔を洗っていると、ララがやって来た。僕は孤児院にいる子供達の中では一番朝が早いのだが、次いで早いのがララだった。


「ノアくんの方が早いよ!今から朝食の準備?」

「うん。そのつもり。」


 今となっては孤児院での食事の準備が僕の仕事になっていた。ララはその手伝いで、いつの間にか2人で食事の準備をするのが当たり前になっていた。

 朝食の準備を終えて食堂へと料理を運ぶと、子供達と一緒に配膳を待つサマンサ院長やカディナ先生とロアンナ先生がテーブルで待機していた。


「そう言えば最近、シンシア先生を見かけないですね?」


 シンシア先生は元々あまり存在感を出さないタイプの人なのだが、害獣群殲滅作戦の一件以来姿を見かけなくなっていた。


「シンシア先生なら治療院の人手が足りなくて、そちらに行ってますよ。」


 サマンサ院長が朝食を食べながら教えてくれた。

 このシュラフの町には治療院なる施設がある。その名の通り怪我や病気などを治療するための施設であり、害獣群殲滅作戦以降は治療の為にフル稼働していた。


「それじゃ、シンシア先生に朝食の差し入れを持って行きます。」

「そうしてくれるとシンシア先生も喜ぶでしょう。」


 僕は朝食を食べ終えると、余っている材料でサンドイッチを作り、バスケットに入れて治療院に向かった。サンドイッチを作っている最中にカディナ先生とロアンナ先生にねだられたがあげなかった。というより、さっき朝食食べてたでしょうが・・・


ーーー


「ここが治療院かぁ。」


 治療院に来たのは初めてだった。孤児院から結構離れていたせいでもあるが、そもそもシュラフに来てから怪我や病気をした事がないから立ち寄る機会も無かった。

 治療院はそこそこ大きな建物で、治療はもちろん、大きな怪我や病気の人を看護するための病室も備えてあるらしい。


「あれ、ノアくん?」


 治療院に入るとすぐにシンシア先生と会えた。シンシア先生は回復魔法が使えるらしく、治療院側としてはかなり心強い助っ人らしい。回復魔法と言ってももちろん精霊魔法だが、正確には白の精霊と呼ばれる精霊の力を借りて怪我や病気を癒している。

 白の精霊は気難しく、精霊との親和性が高い人でないとなかなか使えない。そもそも契約無しに精霊魔法を扱う事自体が不自然なのだ、使えない人が多いのは無理もない。


「食事を持ってきたので、良かったら食べて下さい。」

「ありがと、助かるわ。」


 シンシア先生はかなりの回数、魔法を使用したらしく、表情からは疲労の色が見て取れる。


「そう言えば、ノアくんは魔法が使えるんですよね?回復魔法って使える?」

「はい。・・・って、あれ?シンシア先生って僕が魔法使えること知ってましたっけ?」

「ー!っゴホッゴホッ。い、いえ知り合いの狩人ハンターに聞いたのよ。それよりノアくんにも手伝って欲しいの。」

「わかりました。お手伝いしますよ。」


 僕はシンシア先生と共に怪我人を見て回った。先日の害獣群殲滅作戦では成功を収めたものの、被害は無かったと言う訳ではなく、狩人ハンターと騎士合わせて12名の死者が出ていた。もちろん害獣の群れの規模や火精蜥蜴サラマンダー、悪魔の出現を考慮すればかなり少ない犠牲だとは思うが、それでもやはり悔いはある。

 怪我人ともなるとかなりの人数になった。この治療院ではシンシア先生を含めて4人が治療を施していた。


「シンシア!こっちの怪我人が不味い、一緒に見てくれ!」


 治療室に入ると直ぐ様声がかかった。声をかけてきたのは白衣を着た女性で、白い白衣には所々血の跡がついていた。その女性の先には腹から血を流して横たわっている騎士と思われる男性がいた。


「ノアくん!お願い!」

「わかりました。」


 僕は男性に回復魔法をかける。もちろん精霊魔法ではなく(僕にとっては)通常の魔法だ。魔法をかけると直ぐに効果が表れ、男性の傷口はみるみる塞がっていった。


「む、無詠唱!?」


 シンシア先生が愕然と僕を見つめていた。


「僕のはちょっと特別みたいなので。」


 内心、しまったと思いつつ適当に誤魔化した。横では白衣の女性も口をパクパクさせながらこちらを見つめていた。

 一通り治療も終わり、僕達は治療院の休憩室で一段落していた。


「君がノアくんだね。シンシアから話は聞いているよ。私はこの治療院の院長をしているローザと言う。よろしく。」


 そう言って手を出してきたので僕はその手を握った。


「魔法が使える男性何て初めて見たよ。しかもあっという間に傷口を塞いじまうし、ここで働いて欲しいもんだねぇ。」

「さすがに治療院に常駐って訳にはいきませんが、手伝いが必要な時は呼んでください。また来ますから。」

「それは助かる、何せこの怪我人の数だ。人手は多いに越したことはない。」


 怪我人はこの治療院にいる数だけで100人以上はいる。もちろん軽傷の人もいるが、患者には違いない。今まで4人で回していた治療院の先生達の苦労もわかる。


「ローザ、こっちは終わったわよ。・・・ってノアくんじゃない?」

「あ、キールさん。こんにちは。」


 休憩室にやって来たのはキールさんだった。どうやらキールさんも治療院に助っ人として呼ばれていたらしい。そう言えばキールさんも精霊との親和性がかなり高い人物の一人だったっけ?確かに、手伝いとして呼ぶには相応しい人物だ。


「そうそう、今日はシンシア先生に食事を届けに来たんですけど多めに作ったので、よかったら皆さんもどうぞ。」


 そう言ってバスケットを広げる。大きめのバスケットにはぎっしりとサンドイッチが詰まっている。シンシア先生がそれではと紅茶の準備をしてくれる。


「あら、美味しそうね。頂くわ。」

「私も腹減ってたんだ!サンキュー!」


 キールさんとローザさんがサンドイッチを一口。


「「!!?」」


 2人が驚きのあまり目を大きく見開いた。


「「美味しい(うめぇえ)!!」」


 2人はそう言うとサンドイッチを次々に口へと運んで行く。


「あ!私のも残して下さい!」


 シンシア先生が慌てて叫んだ。僕はシンシア先生が入れてくれた紅茶を飲みながらその様子を眺めていた。


「お、この紅茶、美味しいなぁ。」


 僕の言葉は我先にとサンドイッチを食べる3人の耳には届かなかったようだ。


 ーーーーーーーーーーーーーーー


「それで、被害はどれくらいだ?」

「死者12名、怪我人が106人。内重傷者が23名ですが何れ《いずれ》も命に別状はありません。」

「そうか。思ったよりも被害が少なくて済んだな。」

「それも全て例の少年のお陰かと。治療院にて回復魔法で怪我人の治療も行っております。」

「まったく、ノアくん様々だなぁ。強力な魔法や悪魔と互角に渡り合う程の戦闘力、そして回復魔法。とんだ救世主が現れてくれたものだ。」


 フレーベル侯爵は秘書の報告に耳を傾けながら、ノアという少年を作戦に参加させた事を自賛していた。間違いなく今回の作戦の立役者はノアだ。自身の人選が正しかった事を素直に喜んでいた。


「この少年は本当に何者なのでしょうか?」

「君はどう思う?」

「少なくとも今は敵ではないかと。」


 今は、か。確かに、今は少年にとってこのシュラフの町が家であり、故郷と呼べる場所である。だが、もし記憶を取り戻した事で敵対する事になれば、或いは他の国が少年を吸収し、敵戦力としてこちらに牙を向ける事となれば・・・可能性は極めて低いだろうが、ゼロでは無いのもまた事実だ。そうなった場合、予想されるこの町への被害は計り知れない。


「いよいよノアくんを囲い込む必要性が出て来たな。」

「そうですね。他国にこの少年の存在が知られる前に行動を起こしておいて損はないでしょう。」


 フレーベル侯爵は自身の机の上に山積みになった書類を見ながら大きくため息をつく。

 この国の自由度はかなり高い。町を出るのも入るのもその者の自由だ。もちろん罪状確認や検問は行われるが、それさえ通ってしまえば後は本人の意志次第で行動が出来る。フレーベル侯爵はこの町の自治性や町民同士の協調性は高く評価しているし、満足もしている。だがその自由な町の特色がノアと言う一人の少年を引き留めるには返って障害となってしまっていた。


「問題は山積みだな。」

「とりあえず侯爵様は今、目の前に山積みにされている問題を片付けられては如何いかがですか?」

「・・・」


 机の上に山積みにされた書類を指差しながら、優秀な秘書が提案した。まったくもってその通りなのだが・・・


「それでは私は紅茶のご用意をして参ります。」


 綺麗なお辞儀をして部屋から出ていく秘書の姿を見送り、目の前の書類に手を伸ばす。書類の内容は騎士団や狩人ハンター達への報酬や治療院への援助、怪我人や遺族への対応など様々だ。特に王都からの援軍については必要だったかどうかは別として、かなりの費用がかさんでいた。


「援軍、要らなかったなぁ・・・」


 保険として援軍を要請していたが、その保険が思いの外高くついてしまったことに愚痴をこぼしながら、手元の書類の山を片付けていった。








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