第20話 虎頭の悪魔
「キールさん、撤退の準備を。」
「!?どうして?もう少しで殲滅出来る所なのよ?」
「・・・悪魔です。」
僕の視線の先には、岩に腰掛ける一体の悪魔の姿があった。虎のような頭に鎧を身に纏ったそれは2つの目でしっかりとこちらを見据えていた。そしてニヤリと笑うと、大きく息を吸い込んだ。
「っ!ヤバッ!」
僕は地面を蹴り、自身の持つ最大出力で悪魔に突撃した。爆発音と共に僕がいた場所が大きく陥没し、風圧でキールさんがよろけた。
ゴァアアアアアア!!!!
けたたましく響き渡る咆哮に空気が震える。
そしてその咆哮は衝撃波となり草原地帯に迫る。
「はぁあ!!」
僕は地面に着地すると同時に魔力を地面に注ぎ込む。地面は隆起し、森と草原地帯との間に巨大な壁を造り上げた。そして衝撃波と巨大な岩壁が衝突。轟音が辺りに響き渡り、衝撃波は霧散し岩壁は砕け散った。
ヤツが咆哮を放つのと岩壁が出来たのはほぼ同じタイミングだった。後一歩遅ければ、草原地帯にいるアラン団長達はただでは済まなかっただろう。
僕は再度地面を蹴り、悪魔の元へと突っ込む。魔力を右の拳に込めて悪魔を殴り付ける。が、悪魔は咆哮を放った直後に魔力の壁を展開していたらしく、ダメージを与えるに至らなかった。
「ガルルルル!!」
「・・・会話は出来そうにないかぁ。」
僕は左拳に魔力を流し、再度殴りつけるも腕で防がれた。僕は相手の腕を蹴りつけながら反動で距離を取り、着地と同時に地面に魔力を流す。
虎頭の左右の地面が大きく隆起し、挟み込むかの様にそれが閉じる。表面には丁寧に剣山さながらの針山もあしらえてある。
虎頭は跳躍し、それをかわす。
「逃がさない!」
僕の背後には拳大の炎と氷の玉が準備してある。それを交互に放つ。空中で逃げ場のない虎頭は、それを拳と足で砕いていき、先程ノアが隆起させた地面に着地した。
「!?」
着地すると同時に、隆起した足場が砂となり崩れていく。そして隆起した時とは逆に、大きく陥没し、砂の渦となり周りの岩などを飲み込んでいく。
虎頭は地面に水の魔法を放ち、足場の砂を硬めると、それを足場に跳躍して砂の渦から脱出して距離を置いた。その表情には全く余裕が無さそうだ。
結構ねばるなぁ。もし悪魔も人と同じ様に会話が出来るならば、話し合いの余地があったんだけど。
虎頭は再び大きく息を吸い込む。咆哮を放つつもりのようだ。
ゴァアアアアアア!!!!
再び咆哮し衝撃波が放たれる。
「悪いけど、二度目は通じないよ。」
「ゴァッ!?」
衝撃波はすぐに霧散し、消え去った。咆哮を封じられた虎頭は僕に向かい飛びついてくる。魔法を警戒して距離を詰めて来る様だ。知能はそこそこあるようで、確かに害獣に比べるとその存在は脅威だ。
虎頭は爪で僕を切り裂いて来るが、それをかわしていく。攻撃は単調だが、爪に魔力を乗せているので、油断するとバッサリと斬られかねない。体に魔力を流して身体強化すると、避けるのが大分楽になった。
草原地帯の方を見ると、既に撤退が完了しており、崖の上の方に集まっているようだ。草原地帯には水牛や狼が所々いるが、大した数ではないので、無視してもよさそうだ。
僕は相手の攻撃を避けつつ魔力を練り上げる。と、そこで虎頭が僕の顔目掛けて回し蹴りを放つが、しゃがんで避けた事で隙が出来た。しゃがんだ事で足に重心が乗っており、それをバネにした突きを相手の腹に叩き込んだ。重心を移動させながら放たれた右腕は想像を絶する威力となり、虎頭の体を蹂躙する。
ゴハッ!
虎頭は口から血を吐きながら斜め上空へと吹き飛んでいった。地面を蹴り、追撃する。虎頭は吹き飛ばされながらも体勢を整えようとするが、突然目の前に現れたら僕の姿に驚き、目を見開く。拳が虎頭の顔面をとらえる・・・直前に腕を交差し防いだが、勢いそのままに地面に叩きつけられた。下にあった木がクッションになり、致命傷とまではいかなかったようだ。
「ガハッ!ハァハァ・・・」
地面に叩きつけられた虎頭は血を流しながら何とか立っている様な状態だった。あまり長引かせてしまうのも良くない。
僕は練り上げていた魔力で虎頭の頭上に巨大な氷塊を出現させた。氷塊は重力に従い落下していく。氷塊は虎頭を押し潰し、地面に突き刺さると白い冷気を放っていた。ここらへんで止めをと思い、氷を砕いたその時だった。
ガルルァアアアア!!!
雄叫びを上げながら氷塊の欠片を溶かし姿を現した。虎頭の体が赤くなり、口からは煙を吐き出している。目は完全に血走っており、真っ赤に染まっており、焦点が定まっていない。魔力も体内で異常な動きをしている。
「!?これは・・・」
『この悪魔の魔力だけではありましぇん!複数の魔力が、この悪魔に注がれておりましゅ。』
「ポポは何とかその痕跡を辿ってくれ!」
『かしこまりましゅた!』
虎頭と僕が互いにドンと地面を蹴ると、中心で互いの拳が衝突した。
「っく、身体強化しているのにこの威力かぁ。スゴいな・・・」
力の均衡した拳に互いが同じ様に弾かれる。
虎頭は休む間もなくこちらに向かって突撃してくる。
蹴りや拳よりも爪による攻撃が厄介だ。急に爪が引っ込んだかと思うと、今度は伸びて来たりと、トリッキーな攻撃をしてくる。
虎頭は攻撃の手を休める事なくこちらを攻撃しながら前に進んでいく。逆に僕は虎頭の攻撃をかわしつつ後退していく。が、背に木が辺り、後退が止まる。
虎頭はこれ幸いと爪で切り裂いて来るが、大振りになるのを待っていた。素早く懐に入ると、虎頭の胸元辺りに掌を添える。そして一気に力を加える。
ズドン!と虎頭の体を衝撃が突き抜ける。胸元を押さえながら膝をつく。
『ポポ!どう?』
『ダメでしゅ、たどり着く前に魔力の痕跡を完全に消されました・・・』
『そっかぁ・・・』
『申し訳ごじゃいましぇん・・・』
『いや、ポポのせいじゃないよ。しょうがない。』
「さて・・・」
虎頭はそのまま白目を剥いてうつ伏せに倒れると、体が末端の部分から徐々に粒子状の粒になって空へと舞い上がっていく。
「どうしたもんかなぁ・・・」
僕は空へと舞い上がっていく様子を眺めながら呟いた。
ーーー
「ねぇ、誰か教えてくれる?これって現実かしら?」
私は唖然としながら呟いた。
「た、たぶん現実ッス!頬っぺた引っ張ったら痛いッス!だからフィアナ、いい加減僕の頬っぺたを引っ張るの止めて欲しいッス!」
あうー!と叫びながらターニャがもがいている。フィアナも現実離れした光景を目にしてただ呆然と見つめる事しか出来ないでいた。
「ああー。ノアくん、やっちゃったねー。」
「・・・しょうがないわ。ノアくんがいなければ今頃、私達があの場所にいたことになるもの。」
ルミエールとノエルがそう話す所から、2人は少年の力について知っていたらしい。自分があそこに立っていたと思うと、身震いがする。
「アラン団長はやはり知ってたんですか?」
「いや。正直、これほどまでとは思わなかった。」
レイラ隊長もアラン団長も少年が戦っている姿を見て驚きを隠せないでいた。
今、少年は悪魔と呼ばれ恐れられている者と戦っている。その戦いは先程までの害獣の群れとの戦いがお遊びに思えてしまうほどに衝撃的だった。
大地が隆起し、巨大な壁が出来たかと思えば、今度は陥没し流砂と化す。また氷や炎の弾丸が相手を襲ったかと思えば、それぞれの姿が視認出来ないほどの高速戦闘。挙げ句には巨大な氷塊が相手を押し潰す。どれを取っても信じられない程の出来事だ。
悪魔も異常なほど強い。悪魔は今までも度々その存在が確認されており、何れ《いずれ》も甚大な被害を巻き起こしている事から、悪魔の出現は天災と同じ様にとらえられていた。現に悪魔による被害を未然に防いだと言う話は過去の一度もなかった。
その様な災厄とも思える存在が目の前に現れ、少年はそれと互角に渡り合っている。いや、少年の方が悪魔を
「ノアくんがいなかったら、たぶんシュラフの町はダメだっただろうね。」
ルミエールが呟いた。そう。少年がいなければ間違いなく詰んでいた。大蜥蜴もそうだし、運良く大蜥蜴を倒せたとしても、あの悪魔には手も足も出なかっただろう。
「ああ、ノアがいなかったらと思うとゾッとするな。」
「まさに、ノア殿は私達の救世主と言うわけだな!」
レイラ隊長が何故か偉そうにしていた。いや、確かに少年を連れて来たのはレイラ隊長のお陰なのだけれど。まあ、それもどうでもいいわね。
「そうね。今は少年の帰りを待ちましょう。」
ーーー
「ーー以上が、今回の作戦の報告です。」
「・・・にわかには信じられないな。」
「はい、私も実際に目の当たりにするまでは信じなかったでしょう。」
フレーベル侯爵は執務室で報告を受けていた。今回の作戦が成功したのは奇跡だ。想定外の害獣の群れが勢力を拡大させていたこと、新種の大蜥蜴と見られる個体が魔法を放ち、反撃してきたこと、そして悪魔の出現と、成功したことが奇跡としか思えないような最悪の状況であった。にも関わらず成功を納めたのは何故か、間違いなくノアという少年の存在だろう。
報告によればノアくんは男性ながら強力な魔法を使う事が出来、また悪魔を単独撃破出来る程の戦闘能力を持っているそうだ。確かにノアくんには期待もしていたのだが、よもやこれ程とは思わなかった。
「もしノアくんの実力が他の国々に露見することになれば、国家間での引き抜き合戦になりかねないな。」
「いっその事、ハーバルゲニア王国に席を置いてしまえば宜しいのではないですか?」
「はぁ・・・ハーバルゲニア王国に持っていかれちゃうかぁ・・・」
「他国に回るよりはましです。」
「・・・そーだねぇー・・・。わかったよ、皆が帰ってきたら本人に直接確認してみるよ。」
正直に言うと、ノアくんを手放したくなかった。それは当然だ、それほどの実力を持つ逸材をおいそれと他所にやる真似なんてしたくはない。だが、それもノアくん自身が決める事だ。願わくは、他国にノアくんの実力が漏れないでほしい。
フレーベル侯爵の願いは叶わず、後日届くハーバルゲニア王国国王からの手紙によりノアくんの実力が知られていることを知った。
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