第19話 絶望と希望

 森の中から最初に現れたのは狼の群れだった。狼は個々の危険度としてはさほど高くは無いが、機動性と連携に優れており狩人ハンター内では危険度はレベルCとされている。


「総員、魔法詠唱を開始!」

『『『火の精霊、私に力を、貸したまえ。』』』


 キールさんの合図と共に、崖の上の女性陣が一斉に詠唱を唱える。崖の上には無数の火の玉が生み出され、辺りを明るく照らした。

 森の中から狼の群れが抜けて草原地帯へと駆け抜けていく。


「放て!」


 ドドドドドー!


 狼の群れに無数の火の玉が襲いかかり、着弾と同時に火柱を上げて燃え上がる。触れた狼達は火に巻かれ、次々に倒れていく。

 休むことなく火の玉は打ち出され、狼の群れに集中砲火を浴びせている。集中砲火を抜けた狼達がこちらに向かってくる。


「弓隊、攻撃開始!」


 崖の下の男性陣が弓を構えて放つ。矢は集中砲火を抜けた狼達を貫いていく。ここまでは順調だ。


「害獣の群れの第二陣が来るッス!」


 ターニャさんの声に森の方を見ると、大きな牛のような生物が姿を現した。毛並みは茶色く、筋肉質な体つきから水牛の類いだと思われる。水牛達は集中砲火の炎で体を焦がされながらも草原地帯へと突き進んでいく。


「よし、そろそろ俺らの出番だな!お前ら!稼ぎ時だぞ!」

「「「おぉー!!!」」」


 アラン団長率いる近接戦闘部隊が水牛の群れに撃って出る。草原地帯へとたどり着いた水牛達は辺り一面に掘られた穴に足を取られ、思うように動けないでいるようだ。

 アラン団長達はその隙に水牛の首や腹元に攻撃を加えていった。


 崖の上では交代しながら女性陣が魔法を打ち続けている。注目すべきはやはりキールさんだろう。シュラフの狩人ハンターのトップであるこの人の放つ魔法は、他の騎士や狩人ハンターを圧倒するものだった。生み出す火の玉の大きさもさることながら、着弾時に延焼する範囲がかなり広い。そして魔力量。前の世界から比較しても指折りの魔力の内包量なのではないだろうか?


「キール殿!作戦の第二段階はいかがですか?」

「まだ早いわ。今はまだ現行の攻撃を続けて。」

「わかりました!」


 草原地帯ではアラン団長率いる近接戦闘部隊が水牛達を相手に戦っているが、魔法の集中砲火により、どの水牛も孤立した状態になっている。そのため多対一の体制が取れており、安定した戦闘を行えている。


「それにしても、やはり数が多いわね。今の所は何とか安定しているけど、魔力が持つかが微妙ね。」


 キールさんの懸念は当たっている。キールさんについては魔力量の方は問題ないのだが、周りの騎士や狩人ハンター達は魔力が減り、集中力を切らし始めている人もいる。

 魔力の枯渇は精神面に大きく影響する。魔法を中心として戦闘する者にとって魔力の枯渇は集中を乱すと共に、判断が短絡的になりやすくなってしまう。戦闘中における魔力の枯渇は判断力の欠如に直結してしまうため致命的だ。


「魔力が少ない者は魔法を極力控えなさい!」


 キールさんもやはり魔力が枯渇することに対してかなり気を配っているようだ。上に立つ者の大変さがわかる。


「森の中から新たな害獣です!あれは・・・大蜥蜴でしょうか?しかし体の色が少し変です!」


 騎士の一人が森の方を指差しながら叫んだ。あれは確かに見た目は大蜥蜴に近いが、体は一回り大きく、赤茶色の鱗をしており尻尾からは火の粉が散っていた。

 その存在を僕は知っていた。


「総員、魔法詠唱を!狙いは大蜥蜴!」


 キールさんの号令と共に、他の人達も詠唱を唱える。


『ポポ!』

『間違いごじゃいましぇん!火精蜥蜴サラマンダーでしゅ!』


 やっぱりそうだったか。森から現れたソレは大蜥蜴ではなく火精蜥蜴サラマンダーと呼ばれる魔物だ。体内に魔力を持ち、魔法を扱う事が出来る。

 火精蜥蜴サラマンダー達の魔力が高まり、口の前に大きな火の玉が生まれ、そして放たれる。数十もの火の玉が高速で崖の上にいる僕達を目掛けて飛来する。


 突然の出来事に、唱えていた詠唱が中断する。咄嗟に退避しようにも火の玉の速度が速く、間に合わない。眼前に迫る火の玉に騎士達も狩人ハンター達も皆一様に死を覚悟しただろう。だけど、お生憎様。


「させない!」


 僕は戦闘開始直後から練り上げていた魔力を使って、前方に魔法で壁を作り出した。魔法の壁は触れた火の玉の魔力を霧散させ、まるで蝋燭の火を吹き消すかの様にかき消された。


「な、何が・・・?」

「キールさん!作戦の第二段階を!」

「まさか貴方が!?いえ、今はそれどころではないわね。総員、作戦を第二段階に移項!各自行動開始!」

「「「はっ!」」」


 崖を降りていくレイラさんが僕に目を向けて頷いた。僕も応える様に同じく頷く。


「遠距離攻撃部隊は引き続き大蜥蜴を狙う!各自攻撃開始!」


 森からは次々に火精蜥蜴サラマンダーが現れる。2~30匹はいるんじゃないだろうか?それだけいれば僕も魔法の使い甲斐がある。

 実を言うと、戦闘開始直後から万が一に備えて魔力を練り上げていた。使わないに越した事はなかったのだけれど、今となっては準備しておいて良かったと思う。ここまで時間をかけて組み立てた魔法だ、威力は絶大だろう。


「やはり数が多いわ!手数が足りない!」

「僕も手伝いますよ!」

「え?」


 魔法を打ち続けるキールさんにそう告げると、僕は組み上げられた魔法を展開した。

 草原地帯の上空に火の玉が出現する。段々とそれは大きくなり、そして草原地帯の面積と同じサイズにまで巨大化していた。


「なに・・・コレ・・・?」


 キールさんが呆けた様に巨大な炎の塊を眺めて呟いた。それはキールさんだけで無かった様で周りの騎士や狩人ハンター達も同様だった。


 巨大な炎の塊が最大まで大きくなると、次は高速で回転し始める。その間も火精蜥蜴サラマンダー達から火の玉が放たれるが、展開される魔法の壁に阻まれて届かない。


 そして高速で回転する炎の塊から数えきれないほどの火の玉が閃光となり火精蜥蜴サラマンダーに降り注ぎ、貫いてゆく。

 さながら死を振り撒く光の雨となり火精蜥蜴サラマンダーや他の害獣達、森の木々もろとも蜂の巣にしてゆく。もちろん混戦状態にある所には撃っていない。


 炎の塊が消滅し、光の雨が止む頃には火精蜥蜴サラマンダー達の姿は跡形もなく消え去っていた。そして、


『ノアしゃま!不確定の存在を捉えました!』

「うん。僕もたった今、ソレを見つけた所だよ。」


木々が砕かれて開けた場所となったそこに一体のが岩に腰掛けるように座っていた。


 ーーー


 私は絶望していた。森の中から姿を現した大蜥蜴はこちらに向かって火の玉を放って来たのだ。私達が放つそれとは似ても似つかないほどの速さで眼前に迫り来る。

 最初は上手くいっていたのだ、男性陣との連携も上手くとれていたし、害獣の群れとの戦闘も安定してこなせていた。にも関わらず、状況が一変してしまった。

 退避の合図も、防御も間に合わない。まるで周りの景色が走馬灯の様にゆっくりと流れていく感覚。これが死を悟った時の景色か・・・そう思っていると、ふと一人の少年が両手を前に突き出している姿が目に写った。


「させない!」


 その声に時間が戻る。眼前に迫っていたはずの火の玉が跡形も無く消え去っていた。何が起こったのか、現状を把握しようとするも何一つ理解出来ない。


「キールさん!作戦の第二段階を!」


 少年の声に反応する。あの時確かに少年が両手を前に突き出している姿を目にしている。その直後に火の玉が消え去った。


「まさか貴方が!?」


 少年に確かめようと思ったが、すぐに頭を振って周囲に指示を出す。


「いえ、今はそれどころではないわね。総員、作戦を第二段階に移項!各自行動開始!」


 今はこの作戦の事だけを考えよう。戦いが終われば、何時でも確認する機会はある。意識を大蜥蜴に集中させる。再び攻撃をさせる前に倒し切らなければならない。


「遠距離攻撃部隊は引き続き大蜥蜴を狙う!各自攻撃開始!」


 私は必死に詠唱を唱えて魔法を放つ。作戦を第二段階に移項させた事により、遠距離攻撃による手数が格段に減っていた。幸いな事に、大蜥蜴も攻撃にインターバルがある様で、すぐに同じ攻撃を続けてくる事はなかったが、それも時間の問題だろう。

 ゆっくりと進む大蜥蜴は数にして30匹前後はいるだろう。


「やはり数が多いわ!手数が足りない!」


 それは誰に言った言葉であっただろうか?自分でもよく分からない。だが自然に口から出てしまったのだ。


「僕も手伝います!」

「え?」


 少年の言葉に私は歓喜した。これで何とかなる、そう思った。この事を他の人に話したらどう思われるだろうか?町を代表する狩人ハンターのトップが、一人の少年の手助けに歓喜する。実に滑稽だ。


 そして私は次の光景を目にして、先の葛藤が杞憂に過ぎなかったと知った。少年が手を草原地帯の上空に掲げると、炎の塊が膨らみながら現れた。そしてその炎の塊から放たれる光線は、脅威であった大蜥蜴を易々と倒し、森の周辺にいた害獣の群れが跡形も無く消え去っていた。

 まるで白昼夢でも見ていた様な感覚に私はしばらく呆然としていた。


 ーーー


「アラン団長!!」

「っー!?」


 騎士の部下に声をかけられ、指を指す方を見ると、森の中から火の玉が放たれる瞬間を目にした。ウチの団員が放つ魔法よりも大きく、そして速い。まともに受ければただでは済まないだろう、それが崖の上を目掛けて飛んでいく。

 その光景は俺にとって恐怖をもたらすには十分過ぎた。自分の死に対する恐怖ではなく、大切な人の死に対する恐怖だ。俺の絶望を運び、火の玉が崖の上にいる部隊に迫った。


 終った。


 そう思った。幾多の害獣との戦いの中で死を間近に感じる事は今までもあったが、不思議と恐怖は無かった。しかし今は違った、自分の死よりも恐ろしいものがこの世にあった。それに気づくにはあまりにも遅すぎた。

 俺は大切な人に襲いかかる大きな火の玉をただただ眺めているしか出来なかった。自分の大切な人に大きな火の玉が迫り、それは崖の上にいる部隊を直撃・・・しなかった。


「何、が?」


 震える声で呟いた。状況を把握出来ないでいた。突如として火の玉が消えたのだ。


「アラン団長!水牛が来ます!」


 俺はすぐさま目の前の敵に集中した。何にせよ奇跡が起こったのだ、まだ俺にはやるべき事が残っている。戦いが終ったわけじゃない。

 自身を奮い立たせるように言い聞かせなが水牛に大剣を振り下ろす。

 水牛の首がスパンと切り落とされ、地面に転がる。続く他の水牛達もバッサ、バッサと切り裂いていく。


「アラン団長!!」


 背後からよく聞き覚えのある声が届いた。今すぐ駆け寄って抱き締めたい感情を堪えて、その人物を迎えた。


「レイラ!よく来てくれた。ここからは直接害獣を叩くぞ。やれるな?」

「はいっ!」

「・・・よし!俺に続け!」


 魔法の集中砲火を抜けた水牛達に向かい突き進む。不謹慎にも、俺は今楽しんでいた。それは害獣を倒せるからでも、故郷を守るために戦っているからでもない。コイツが側にいるからなんだ。甲冑から溢れる金色の美しい髪を横目に、俺は決めた。この戦いが終ったら・・・


 ーーー


「アラン団長!!」


 私は声を張り上げて、その人を呼ぶ。あの時目の前に迫る死に恐怖していたのはきっと私だけでは無かったはず。今、私が生きている事自体がまるで奇跡の様なものだ。そんな体験をすれば誰しもが大切な人の事を思うだろう。今の私がそうであるように。


「レイラ!よく来てくれた。ここからは直接害獣を叩くぞ。やれるな?」

「はいっ!」


 私の名を読んでくれるこの人にまた会えた。死を覚悟したあの時にはもう会えないのだと思っていた。嬉しくて堪らなかった。その思いからか、返事をする際に笑顔が溢れてしまった。その表情に団長は目を見開いて驚いていた。


「よし!俺に続け!」


 私はアラン団長の隣を走っていた。出会い頭に水牛の体に剣を突き立てながら走った。不謹慎にも、私は居心地の良さを感じていた。皆が必死で戦っているこの場所で。


 たぶん今、私がこの様な思いで戦えているのは、ノア殿のお陰だろう。奇跡の様な出来事も、ノア殿ならば造作もない様に思えてしまう。私が団長の元に向かう際にも、恐らくこうなる事がわかっていたのだろう。


「アラン団長!多数の水牛がこちらに向かって来ます。」

「作戦が第二段階に移項した。魔法による援護が薄くなった今が踏ん張り所だ!」

「はいー・・・あれは?」

「どうした?」


 ふと辺りの気温が急に上がったように感じて空を見上げると、そこには巨大な炎の塊が存在していた。


「何だ・・・ありゃ?」


 団長も突っ込んで来る水牛をいなしながら空を見上げている。と、突然炎の塊が回転し始めたかと思うと、光の雨が意思を持つかの様に害獣達に降り注いだ。

 それはこちらに向かって来ていた水牛の群れにも降り注ぎ、止んだ頃には水牛の姿はどこにもなかった。


「「まさか・・・ノア(殿)が?」」


 私と団長は目を合わせると、2人して笑っていた。あんな馬鹿げた真似が出来る人間の心当たりなんてあるわけがない。だが私も団長も確信していた。


「アイツを連れてきて正解だったな。」

「侯爵様の英断には感謝しないといけませんね。」


 後方にそびえる崖の上を眺めながら、私は団長と共に大きくため息をついた。







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