第18話 予兆

 ついに作戦の決行が明日に迫った。僕は2日間、騎士団の訓練に参加していた。とは言ってもほとんど素振りをしたり簡単な模擬戦をしたりと、コレと言って特別な事はしていないけど。


「ノアくん、今日もお疲れ様。」

「フィアナさんもお疲れ様です。調子はどうですか?」

「まあまあね。ノアくんと模擬戦する事になるなんて、初めて会った時には考えもしなかったわ。」


 アラン団長のお陰で、何とか初日の失敗を挽回出来た僕は、騎士の人達と模擬戦をこなす様になっていた。最も、僕は避けるだけで攻撃はしない。何でも僕に攻撃されると重傷を負う可能性が高いからだそうだ。


「にしてもホントに当たんないッスよね。模擬戦をするようになってからノアくんに一撃入れた人なんていないッスよ!」

「避けるのは得意なんで。」


 特にフィアナさんとターニャさんとは気軽に話せる仲になったのは素直に嬉しかった。


「よし、明日はいよいよ作戦決行当日だ。今日は訓練を早めに切り上げて、各自しっかりと休息を取るように!」

「「「はい!」」」


 レイラさんはと言うと、初日の訓練場での一件以来すっかり吹っ切れた様で、無理な特訓なども見られなくなっていた。


「レイラさん、お疲れ様です。いよいよ明日ですね。」

「ノア殿。お陰で色々考え込んでいた悩みが嘘の様に吹っ切れたよ。」


 スッキリしたような表情でそう話してくれた。そしてレイラさんは僕の事をノア殿と呼ぶ様になっていた。


「それでだな、ノア殿には一応話しておいた方がいいと思ってだな。その・・・何だ。この作戦が終わったら、アラン団長に想いを伝えようと思っている。」

「え!?」


 顔を赤らめながらその様に話した。正直、大事な戦いの前にその様な発言はあまり縁起が良くないと思うのだけど。

 僕自身、レイラさんの背中を押したつもりではいたが、こうも決断が早いとは思っていなかった。

 そんな僕の思いとは逆に、レイラさんは覚悟を決めた顔で僕の答えを待っていた。


「そうですか!さすがはレイラ隊長です!決断が早かったですね。」

「まぁ・・・ずっと悩んではいたんだ。だがいざとなるとなかなか決心がつかなくてな。今思うと、強くなろうとする事を言い訳にして逃げていたんだと思う。」

「たぶんそうだと思います。あの日訓練場でのレイラ隊長の姿を見た時から、何となくわかってましたし。」

「・・・まったく、ノア殿には敵わないな。」


 苦笑いしながら頬をかくレイラさんの姿は騎士ではなく、一人の恋する女性の姿だった。


「じゃあ、何としてもこの作戦、成功させなくてはいけませんね!」

「ああ、その通りだ!」


 レイラさんと握手をかわす。


「ありがとう、ノア殿。」

「お礼はアラン団長と無事に結ばれてからにしてください。」

「ーっ!!?」


 レイラさんは顔から湯気が出そうなほど顔を赤らめていた。

 実を言うとこの2人、両想いだったりする。

 あれは僕が騎士団に入団した翌日、アラン団長と2人きりになる機会があった時の事だ。


 ーーー


「どうだ?隊の連中とは上手くやってるか?」

「アラン団長の声かけのお陰で何とかやってますよ。」

「そうか・・・」

「そう言えば団長って結婚してたりしますか?」

「いや、独身だが?」

「じゃあ、恋人は?」

「いないな。」

「じゃあ、好きな人は?」

「それは・・・っつーか、何でそんな事聞くんだよ!?お前には関係ねーだろ!?」

「ああ!そういえばレイラ隊長でしたね。」

「ー!?誰から聞いた!?ー今から殺しに行く!」


 鎌をかけてみたら、あっさりと自白してしまった。まぁ想像通りと言うか。


「そんなのアラン団長を見てればわかりますよ。過保護が過ぎますから。あ、この場合は贔屓かな?」

「ーうなよ。」

「え?」

「誰にも言うなよ!」

「わかりましたから、殺気はこらえて下さい。まあ、お2人ならきっと上手くいくと思いますよ。」


 最後は聞こえないようにボソッと呟いた。


 ーーー


 と、言うわけで無事に両想いだと言うことが確定していた。もちろん本人達には言わない。


「この作戦、2人の為にも成功させないとな。」


 僕は宿舎へと戻って行くレイラさんの背中を見ながら微笑んでいた。


 ーーーーーーーーー


「それでは皆、準備はいいか?」


 門からすぐ外にシュラフの騎士団と狩人ハンター達、総勢1万人が集まっていた。そこにはフレーベル侯爵様の姿もある。もちろん侯爵様は作戦時、シュラフの町で待機である。


「本来ならば私も皆と共に害獣狩りに興じたいのだが、領主が町を留守にするなと、優秀な秘書がうるさくてねぇ・・・」


 騎士と狩人ハンター達が一斉に笑った。侯爵様の後でその秘書らしき女性がムスっとした表情で立っていた。あの秘書、どこかで見たことあるのだが・・・ダメだ、思い出せない。


「この町の領主として皆に言いたい。私達、シュラフの町に残る者達の為にも、作戦を成功させてくれ!そして無事に作戦が完遂した暁には、皆で盛大な宴と洒落込もうではないか!」

「「「おぉー!!」」」


 騎士と狩人ハンター達の声が響き渡る。軍の士気を高めることも上に立つ者の仕事だ。フレーベル侯爵様はその点もしっかりとわかっており、お陰で今の騎士や狩人ハンター達の意気込みは最高潮に達している。

 戦へのお膳立ては完了していた。


「よし!それでは皆、出発だ!」


 作戦決行の場所である草原地帯には半日ほどで到着した。そう言えば、僕がこの世界に降りたのも丁度この辺りだったような。


 草原の端は崖の様になっており、崖の下にアラン団長ら男性の騎士団と狩人ハンター達を中心とした近接戦闘部隊が待機する。崖の上に女性の騎士団と狩人ハンター達を中心とした遠距離攻撃部隊が配置された。立地としてはかなりよかった。草原地帯も遮蔽物がほとんどなく、辺りの状況を一望出来る。


「女性の騎士団は私達と共に草原地帯に向かう。」


 レイラ隊長を筆頭に草原地帯へと向かい、至るところに魔法で落とし穴を掘っていく。


『土の精霊、私に力を、貸したまえ。』


 やっぱり片言の精霊語で魔法を使い、穴を掘っていく。穴自体はさほど深くはないが、進行して来た害獣の群れの足止め程度にはなる。あらかた穴を掘り終えて、待機地点へと戻った。


 崖の上の待機地点に戻ると、仮設のテントなどが組まれていた。そこでは女性の狩人ハンター達が集まっており、中央には狩人小屋ハウスで会ったキールさんが険しい表情をしていた。


「キール殿、どうかされましたか?」

「レイラ隊長。悪い知らせがあります。」

「悪い知らせですか?」

「ええ。先行させていた偵察隊からの報告で害獣の群れが増えているそうよ。」

「それは本当ですか!?数は?」

「約5,000。」


 害獣の群れが規模を拡大させながら進行しているようで、当初の倍以上も増えている。状況は最悪だ。


「5,000!?そんな馬鹿な・・・」

「私も嘘だと思いたいわ。」


 キールさんは頬に手を当てて大きなため息をついた。


「まあ、だからと言って諦められるほど物分かりがいい方ではないわ。貴女達もそうでしょ?」

「・・・まぁ、そうですね。」

「予定通り、作戦を決行します。各自合図があるまで持ち場にて待機!」

「「「はっ!」」」


 ーーー


「はぁー。何でったってこんな事になっちまったんだ?」


 アラン団長は現状を嘆いていた。予想外の害獣の群れの勢力拡大により状況は悪化してしまった。ただでさえギリギリ成功するかどうかの作戦だ、ここへ来てその可能性もかなり薄くなってしまった。だがそれと同時に僅かばかりの希望もあった。


「ノアがいればあるいは・・・」


 まだ出会って一月も経たないにも関わらず、ノアという少年には大きな期待を抱いていた。ノアがいればこの最悪の状況を打開出来るのではないか。根も葉もない期待だということはわかっているのだが、ノアの存在は不思議と自分に希望を与えてくれる。

 筋肉痛が治まった右手を見つめて、そして握り締めた。


「アラン団長、どうしますか?」

「ハッ!たかが害獣ごとき、いくら増えた所で大した問題じゃねぇだろ?俺達の後ろにはシュラフの町がある。一匹たりとも俺達の故郷には近づかせない!そうだろ?」

「はっ!」


アラン団長は立ち上がり、その場の皆に聞こえる様に声を張り上げた。


「皆、聞いてくれ!どうやら俺達の獲物が増えたらしいぞ!しばらくは食糧に困りそうにないな!」

「がははは!ちげーねぇ!」


 騎士団も狩人ハンター達も皆笑っていた。誰一人として諦めの表情をしているヤツはいない。相手は獣だ。いくら数が増えようがそんな事は知ったこっちゃねぇ、狩るのは俺達で狩られるのはお前らだ。


 ーーー


『ポポ、群れの様子は?』

『現状は何とも・・・精霊の知覚に障害が出ている為、詳しい事はわかりましぇんが、当初に比べるとやはり勢力が拡大しておりましゅ』

『やはり不確定の存在が原因だと考えるのが妥当だよね・・・精霊の知覚に影響を及ぼす魔物であれば、前の世界にもいたけど。』

『隠密系の魔法を使う種類でしゅね。』


 前の世界でも確かに気配探知や索敵に掛からない魔物がいたが、その可能性もある。世界が違うので過信出来ないが、可能性の1つとして考えている。


『まあ、実際に会ったらわかるか。』


 とりあえず考えすぎるのも良くない。今は害獣群殲滅作戦の遂行が最優先だ。不確定の存在についてはそのついで程度に考えておこう。


「あなた、ノアくんと言ったかしら?」


話しかけてきたのはキールさんという女性だった。面識はほとんど無い。


「はい、キールさんとお会いするのは2度目ですね。」


 キールさんと直接話をするのは初めてだ。前回は作戦の説明を受けた時なので話すことはなかった。しかしキールさんと話をするのには目のやり場に困る。

 年齢は恐らく20代後半位だろう。腰の辺りまで伸びる茶褐色の髪は緩やかにウェーブしている。鉄製の胸当てに長いロングスカートを履いている。問題は鉄製の胸当ての上からでもわかるほどの大きな2つの物体が圧倒的な存在感を放っていることだ。


「あら、見た目以上におませさんなのかしら?」


 僕が目のやり場に困っていると、キールさんが悪戯っぽく笑った。


「すみません。」

「ふふ。・・・あなたから不思議な気配を感じたのだけど、気のせいだったかしら?」


 恐らくキールさんはポポの気配を感じたのだろう。精霊との親和性が高い人はそういったものを感じ取る事が良くある。


「キールさんは精霊と言う存在をご存知ですか?」

「精霊?聞いたことがあるような無いような・・・」


 やはり精霊については知らないか。


「貴方は不思議ね。状態は最悪だと言うのに一つも恐怖を感じていない。いいえ、それどころか何処か希望を見出だしてくれるような・・・そんな気さえしますね。」

「・・・買い被り過ぎですよ。」

「あら、そうかしら?」


 キールさんはフフフと笑うと、僕の目をじっと見つめて来た。


「なるほど。皆が何故、貴方を慕うのか何となくわかった気がします。妹が貴方を気に入ったのも当然ね。」

「何の話です?」

「フフフ、内緒よ。」


 人差し指を唇に添えて、ウィンクする。その妖艶な美しさを向けられれば、世の中の男性は簡単に手込めにされるだろう。子供で良かったと思いたい。


「キールマスター、作戦会議のお時間です。」

「あらあら。もうそんな時間ですか、わかりました。」


 そう言うとキールさんは「またね。」と一言僕に告げてテントに戻って行った。


「まったく、あの人は相変わらずだな。ノアくんもキールマスターには気を付けた方がいいぞ。」

「ノエルさん、そのマスターって何ですか?」

「・・・知らなかったのか?キールマスターはシュラフの狩人ハンターのトップで狩人小屋ハウスの責任者でもある。狩人小屋ハウスの責任者の事をマスターと呼ぶんだ。」


 キールさんが地位的に高い人物であることは何となく察していたが、どうやらシュラフの狩人ハンターのトップであったようだ。


「キールマスターは実力こそ申し分無いのだが性格的に問題があってな。あまり信用しない方がいい。」

「そうなんですか?好い人そうなのに・・・」

「!?ノアくん!キールマスターの美貌に騙されてはいけないぞ!」


 ノエルさんの表情が険しくなった。どうやらキールマスターは色恋沙汰に問題があるようだ。確かに美人だし、言い寄る男も少なく無いだろうけど・・・


「確かにキールさんは美人ですが、それを言うならノエルさんも十分に美人だと思いますよ?もちろん、ルミエールさんも。」

「!!やはりノアくんは人を見る目は確かなようだな!疑ってすまない。」


 明かにテンションの上がっているノエルさんだったが、表情も柔らかくなったのでこれでよかったのだと思っておこう。


「今回の作戦は厳しくなりそうですね。」

「ああ、思っていた以上にな。」


 話題を切り替えるとすぐにノエルさんの表情が引き締まった。


「ノアくん、君は自分の身の安全を最優先にして欲しい。」


 ノエルさんは僕の戦力を十分に理解していた。そして僕の戦力が軍事利用される可能性があると思ってくれるくらいには高く評価してくれていた。それでもノエルさんは自分の事よりも僕の事を考えてくれている。


「わかりました。ダメだと思ったら、すぐにシュラフに戻ります。」

「ああ、そうしてくれ。」


 ノエルさんは僕の答えに心底安心した様に頷いていた。もちろん嘘だ。この人をここで死なせる訳にはいかない。

 この作戦、何としても成功させる。


「あー!こんなトコにいた!探したんだよ!もー。」


 ルミエールさんが頬を膨らませながらやって来た。どうやらノエルさんと僕の事を探しに来てくれていた様だ。


「ごめんなさいね、ノアくんがキールマスターに捕まって危ないところだったから。」

「ノアくん、大丈夫だった!?」


 ルミエールさんの反応に苦笑した。

 その後僕はレイラさんの元に戻り、部隊の人達と焚き火を囲いながらその時を待った。レイラさんを含め、部隊の人達の表情はやはり暗い。特に会話もなくただただ時間だけが過ぎてゆき、明け方にキールマスターの号令が響いた。


「北より害獣の群れが接近中!各自戦闘準備!」


 崖の上の部隊はすぐに装備を整えると、配置についた。崖の下も整列し、部隊を整えている。 


 地響きの様な害獣の群れの足音が響く。バキバキと音を立てながら森の中を進行している。徐々に地響きが大きくなり、ついに森から害獣達が姿を現した。


 それが作戦開始の合図だった。






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