第16話 害獣の群れ

 孤児院の厨房で朝食の支度をしていた。


「ノアくん、サラダの盛り付けはOKだよ!」


 最近、僕が厨房に入るとララが率先して手伝ってくれるようになった。ララ自身もまだ出来る事は少ないが、少しずつ料理を覚え始めていた。


「ありがと。このスープの味してみてくれる?」


 ララが小さい皿でスープの味見をする。


「うん!今日もスゴく美味しい!」


 スープの出来はいいようだ。にしてもララの距離感が最近になって異常に近くなった気がする。嫌ではないが、花を摘みにナフタの森を訪れて以来、ララと接する機会が増えた。何かしたかと思い起こすも心当たりは見つからない。


「じゃあ、食堂に運ぼうか?」

「うん。」


 食堂の方にはもう既に全員がスタンバイしていた。子供達はもちろん、サマンサ院長にカディナ先生とロアンナ先生。眠たそうにするシンシア先生と、全員揃っていた。


「では皆さん、今日もノアくんとララさんに感謝しながら、頂きましょう。」

「「「いただきます!」」」


 院長の挨拶で朝食が始まる。食事の合図の前置きに僕への感謝を入れるのは止めてほしいと言っているが聞いちゃくれない。

 まぁ、皆楽しそうに食べてるからいいんだけどね。


 朝食が終わり食器の後片付けをしているとララが手伝いに来てくれた。


「今日も狩人小屋ハウスに行くの?」

「うん。ルミエールさんとノエルさんにも約束してるし。」

「・・・ノアくんって、ルミエールさんとノエルさんが好きなの?」

「そりゃ好きだよ。狩りについてきてもらってるし、いろいろ為になる話もしてくれる。」

「その・・・ノアくんは、恋人になるの?」

「ほへ?」


 予想外の質問に変な声が出てしまった。確かにルミエールさんとノエルさんの事は好きだが、恋愛感情としてのそれではなかった。今の僕の年齢では恋愛どうこうの話じゃないと思う。


「いや、恋人は違うかな。どちらかと言うと2人とも、お姉さんって感じだし。」

「そっかぁ!そうだよね?」


 ララは花が咲きそうな笑顔を見せて、鼻唄を唄いながら食器を洗っていく。それにしても恋愛かぁ。前の世界でもそうだが、僕にはそういった経験が皆無だった。自分で言うのも何だが全くと言っていいほどモテなかった。横で食器を洗うララを他所に、一人意気消沈していく僕だった。


 ーーー


 狩人小屋ハウスにつくとルミエールさんとノエルさんが待っていた。


「ノアくん、待ってたよ!」


 2人共、いつになく気合いが入っている。


「どうしたんですか?張り切って。」 

「ふふん!今日はノアくんと狩りに行くって事で気合いを入れて来たのよ!ね?」

「えぇ。今日はナフタの森を狩り尽くすわ。」


 狩り尽くしたらダメでしょ。普段クールなノエルさんも張り切っている。


「じゃあ、早速依頼を探しましょう!」


 僕達は掲示板で依頼を探す。掲示板には所狭しと依頼が張り出されている。いつになく狩りの依頼が多い。


「狩猟系の依頼が多いですね?」

「最近、害獣の動きが活発になっているらしいのよ。」

「へぇー。そう言えばこの前も熊とかいましたしね。」

「あれは例外よ!」


 そうそう、話は別になるが、先日の熊は無事に解体されて売却された。値段は何と大銀貨4枚!大金だ。ルミエールさんとノエルさんにも分けると言ったが、頑なに断られてしまった。大金を持ち歩くのも良くないので、今は狩人小屋ハウスに預けてある。狩人ハンターのプレートで預金が可能だそうで、熊の報酬が入った時にクレアさんが教えてくれた。もっとも、狩人ハンターはその日暮らしの人が多いため、預金をする人は少ないらしい。ルミエールさんもその一人だった。


「じゃあ、野うさぎか鹿の狩猟依頼にしましょうか?」

「そうね、猪でもいいのだけれど、遭遇率は低いから。」

「私もそれでいいと思うわ。」


 とりあえず、僕達は鹿の狩猟依頼を受けてナフタの森に向かう事になった。ナフタの森を進んで行くと騎士が複数名森の中でウロウロしている姿があった。


「騎士さん、お疲れ様です。何かあったんですか?」

「おお、お前さん達は狩人ハンターか?森の奥が立ち入り禁止になってな。狩人ハンターが奥に行かない様に見廻ってるんだ。」

「立ち入り禁止ですか?」

「あぁ。何でも数日前に原因不明の爆発があったらしく、一面の木々がなぎ倒されちまってんだ。更には狼の死骸が転がってて、なかには木に突き刺さって死んでたヤツもいたらしい。気味が悪いよな?」

「「「・・・」」」

「まぁ、森の奥に行かなけりゃ大丈夫だ。見廻りしてても見つかるのは野うさぎや鹿位だしな。」


 そう言って笑う騎士の男に僕達は引きつった笑みで返すしか出来なかった。完全に忘れていた。以前、この3人で狼の群れと対峙した際に、僕とポポで放った魔法で一部にポッカリと木々がなぎ倒された場所が出来てしまっていた。


「そ、それでは騎士のおじさんも見廻り頑張って下さい。」

「おう!お前達も気を付けてな。」


 半分逃げるようにその場を後にして、鹿を探して森の中を歩いた。その後、無事に鹿を仕留めた僕達は足早にナフタの森を後にしたのであった。


 ーーーーーーーーーーー


 日が明けて翌日、同じメンバーで狩りに行った後、訓練場でアラン団長に稽古をつけにやって来ていた。


「お前の言った事がよくわかったよ・・・」


 やはりと言うべきか、昨日アラン団長は右手が筋肉痛で大変な事になっていたらしい。何でもペンも握れない程で、執務にも支障が出たらしい。


「力を意識して使うっていうのはそう言う事ですよ。右手はもう大丈夫ですか?」

「なるほどな。右手は・・・まだ痛むな。」

「では今日は左手にしましょう!」

「鬼か!?」


 今日の稽古は先日と同じ様に体の一部に身体強化を掛けるというもの。今日もみっちりと稽古をこなしてぶっ倒れたアラン団長の横に座っていた。


「はぁはぁ、何となくコツが掴めて来たぞ!」

「さすがですね、2回の稽古である程度感覚が掴めて来るとは驚きですよ。」


 2回目の稽古にして早くも身体強化魔法を効率的に行える様になってきていた。と言ってもまだまだ改善の余地はあるけど。


「そうだ!この後、俺と一緒にフレーベル侯爵様のお屋敷に行くぞ!」

「フレーベル侯爵様の?」

「あぁ。この前、フレーベル侯爵様の使いの者が訪ねて来てな。お前と俺とで一緒に来いだとさ。」

「それはまた、急ですね。行かなきゃダメですか?」

「さずがに侯爵様のお誘いだ。無下には出来んだろう。サマンサ院長には伝えておいた。」


 何て根回しの早い。まあ確かに断るのも何だし、行くしかないかな。渋々了承して、騎士団の馬車に乗りフレーベル侯爵様の屋敷へと向かった。


 ーーー


 フレーベル侯爵様の屋敷はかなりの大きさだった。孤児院もかなり大きいが、それよりも2回りは大きい。


「お待ちしておりました。」


 馬車を降りると執事らしき男性が出迎えてくれた。アラン団長は明らかに礼装に着替えていたが、僕には替えの服がほとんどない。自身では気にしていないが、端からは質素な服に見られるだろう。身なりを気にしていると、執事が「お気になさらず。」と言ってくれた。

 執事に案内されたのが大きなテーブルが置かれた部屋で、テーブルには料理が置かれていた。席につき、しばらくすると部屋の扉が開き一人の男性が入ってきた。


「お待たせしてすまない。」


 恐らくこの人がフレーベル侯爵様だろう。


「ノアくんは初めましてだね。私がフレーベル=ラ=シュラフ。このシュラフの町の領主をさせてもらっている。」

「お初にお目にかかります。私はノアと申します。本日はお招き頂きありがとうございます。」

「ふむ。では自己紹介も済んだ所で、早速食事にしよう。」


 特にこれといった会話もなく、静かなまま食事を終えて、紅茶が入ったカップが前に置かれる。アラン団長は利き腕の右手が筋肉痛のため、料理を食べるのに苦戦していた。


「フレーベル侯爵様、本日お招き頂いたのはどの様なご用向きでしょうか?」


 沈黙を破ったのはアラン団長だった。


「ああ。今日はノアくんに会ってみたくて呼んだんだ。模擬戦で破れたと言う君も交えてね。」

「やはり、ご存じでしたか。」

「耳はいい方でね。」


 そう言ってニヤリと笑いこちらを見る。


「さてノアくんはまだ成人もしていないようだけど、どこでその様な強さを身に付けたんだい?」

「すみません侯爵様。説明出来ればよろしかったのですが、残念な事に私には記憶がございません。」

「・・・そうか。記憶喪失と言うのは本当みたいだね。」


 そう言いつつ侯爵は紅茶に口をつけた。


「今日、この屋敷にノアくんを呼んだのは他でもない。ノアくんにはこのシュラフの騎士団に席を置いてもらいたくてね。」

「侯爵様!ノアはまだ8歳です。いくらなんでも入団には早すぎます。」

「落ち着け、アラン。何も正式に入団させるわけではない。」

「・・・と、言いますと?」

「そうだね。まずは君達にはこのシュラフの緊急事態について説明して置かないといけないね。」

「緊急事態ですか?」


 僕は思わず侯爵に聞いてしまった。アラン団長はと言うと緊急事態と言う言葉で眉間に皺を寄せて表情を険しくさせていた。


「ハーバルゲニア王国国王から手紙が届いた。このシュラフの町に向けて害獣の群れが進行中だそうだ。」

「害獣の群れ・・・」

「ああ。アランの耳には入っていたかもしれないが、つい先程事実確認が取れた。害獣の数は約2,000体。中には高ランクの害獣も数体いるらしい。」


 早速もって話が急展開を迎えていた。僕は頭の中で必死に情報整理をしていた。


「シュラフにいる騎士団と狩人ハンター達を総動員すれば、少なくとも1万人は確保出来るだろう。我々は害獣の群れを殲滅し、シュラフを守る。」

「王都からの援軍はどうですか?」

「害獣の群れがシュラフに到達するのは4日後、王都から援軍が来るにしても最低で5日はかかる。」

「やはりシュラフにいる人員で対処しなければなりませんか・・・」


 アラン団長は腕を組み、真剣な表情で思案しているようだった。そこでポポが話し掛けてきた。


『ノアしゃま、話の内容は事実にごじゃいましゅ。害獣はシュラフの町に真っ直ぐ向かっており、4日後にはシュラフに到達いたしましゅ。』

『まぁ、害獣の2,000程度であれば何とかなるんじゃないかな。さすがに5倍の戦力差があれば大丈夫でしょ。』

『いえ、それがでしゅね、害獣の群れの中に、私めの索敵を掻い潜る存在も確認しておりましゅ。私めにもそれ以上の情報は掴めておりましぇん。』

『・・・それは不味いね。ポポの索敵を掻い潜るとなるとかなり厄介だ。騎士団で事の対処に当たることは可能?』

『難しいと思いましゅ。害獣の群れの殲滅で手一杯でしょう。その上、戦力が未知数の存在かいるとなると戦況は不利でしゅ。』


 予想以上に事態は深刻なようだ。今の話からすると、その存在についての情報は侯爵様も持っていないだろう。確かに害獣の群れだけであれば対処出来るだろうけど。顎に手をおき思案する。


「して、ノアくんはどう見る?」

「・・・そうですね。戦力適に見ればギリギリとしか言い様がありませんね。何とか害獣を殲滅出来たとしても、相応の被害は出るでしょう。」


 不確定要素である存在を除けばの話であるが、ここでその話を出せば変に混乱を招く事になるだろうし、安全な場所へ町民を避難させるにしても数万人規模の町だ。時間が足りない。


「私としては少しでも多く、戦力を確保したい。」

「だから、一時的にでも僕を騎士団に入れたいと言うことですね。」

「察しがよくて助かるよ。アラン団長が見込んだ者であれば尚更心強い。・・・もちろん無理にとは言わないよ。」

「いえ、大丈夫です。一時的に騎士団に入らせて頂きます。」

「申し訳ないが、シュラフの町の為に一緒に戦おう。」

「はい。」

「もっとゆっくり話したい所ではあるのだけど、事態は急を有する。これで食事会は終了とする。」

「そうですね、悠長に事を構えている場合ではなさそうです。」

「それでは私は早速狩人小屋ハウス側に掛け合ってみるよ。」


 僕は侯爵様と握手をし、アラン団長と共に屋敷を後にした。今となってはフレーベル侯爵様の思惑通りに話が進んだなと思いつつ馬車に乗る。


「本当によかったのか?」

「大丈夫ですよ。僕もそこそこ強いですしね。」


 いたずらっぽく笑って見せると、アラン団長が「違いない。」と肩をすくめて笑った。


 ーーー


「侯爵様、少年はいかがでしたか?」

「アンか。予想以上だよ。」

「それほどですか?」

「ああ。テーブルマナーもそうだが、目上の者に怖じない胆力はとても8歳とは思えないな。」


 冷めた紅茶を飲みながらそう告げた。また実際に戦っている姿を見たわけではないのだが、あのアランに勝ったという事を不思議と納得していた。敵対戦力を冷静に分析し、勝利への道筋を模索する姿は戦いに身を投じている者のそれであった。

 本来であれば成人していない少年を戦場に送るのは問題なのだが、ノアならば大丈夫だろうと思えた。


「やることは多い。早速狩人小屋ハウスのキールに話をつけてみよう。キールの方も情報は掴んでいるだろうし、スムーズに進むだろう。」

「では馬車を準備いたします。」

「頼む。」


 シュラフでの戦いの時が刻一刻と迫っていた。


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