第10話 フレーベル侯爵


 レイラはシュラフにあるフレーベル侯爵の屋敷に訪れていた。理由はもちろん、サルサ村の調査について報告だ。


「して、サルサ村での調査結果を報告してもらおうか。」

「はっ!前回の調査の際に盗賊の一味がサルサ村に潜伏しているとの情報を受け、今回は騎士25名を率いて調査に向かいました。」


 前回は大蜥蜴についての調査で向かったが、それとは別件の誘拐事件に出くわしていた。

 今回は大蜥蜴の調査と並行して誘拐事件についての調査も行う手筈となっていた。

 盗賊がサルサ村に潜伏しているとの情報を得ていたため調査と言うよりも盗賊団の捕縛が主体になっていた。


「サルサ村に到着した際に外壁が崩れており、襲撃を受けたものと判断。村に突入しました。」

「・・・ふむ。続けてくれ。」

「サルサ村の中で、盗賊団の一員と思われる6名を捕縛、負傷していたため手当を行いました。サルサ村で捕虜の手当てのために5名の騎士を残し、残る20名で村の周囲を捜索。そしてその際に大蜥蜴と遭遇し交戦しました。」


 村を調べた段階で、盗賊団がほぼ壊滅している事が分かった。

 状況から察するに大蜥蜴に襲われたのだろう。戦闘の痕跡が有るにも関わらず、盗賊の遺体はほとんど残っていなかった。


「我が騎士隊は陣形を組み大蜥蜴の討伐を試みましたが、背後からもう一匹の大蜥蜴の奇襲を受けてしまい、討伐困難と判断し騎士の1人を応援要請のためシュラフに向かわせました。」

「撤退は?」

「・・・奇襲を受けた事で騎士の数名が負傷していたため、撤退は困難だと判断致しました。」


 私の行動は間違っていただろう。本来であれば奇襲を受けて体勢が崩れた段階で撤退を指示しなければならなかった。

 だが、仲間を見捨てる事がどうしても出来なかった。その判断は騎士団を預かる隊長としては失格だ。


「・・・申し訳ございません。」

「何故謝る?」

「本来であれば、奇襲を受けた段階で一度撤退し、シュラフにて部隊を整えた上で再度討伐に挑むべきでした。」

「だが、君はそうしなかった。その理由は?」

「はっ。どうしても騎士団の仲間を捨て置く事が出来ませんでした。」


 私の判断は一歩間違えれば、部隊を壊滅させていただろう。結果的には1人の犠牲も出すことなく誘拐事件と大蜥蜴の討伐の2つの案件を解決した事になるが、それは結果論だ。


「・・・はぁ。報告を続けてくれ。」

「はっ!大蜥蜴二匹による襲撃を受けて窮地に陥っていたのですが、何者かの救援により大蜥蜴二匹の討伐に成功致しました。」

「救援?」

「その人物については現在調査中でありますが、この者は大蜥蜴の一匹を自分の元に誘導し、これを単独で撃破しております。我々騎士団も残りの大蜥蜴に対処し討伐に成功致しました。」

「大蜥蜴を単独撃破!?この者に心当たりはあるか?」

「いえ、今のところは何とも・・・ですが、恐らくは狩人ハンターの誰かではないかとんでいます。特定には今しばらくお時間を。」

「わかった、任せよう。所で大蜥蜴が複数で行動する事など今まであったかい?」

「いいえ、私が知る限りその様な事は今までありませんでした。」

「本来、単独行動のはずの大蜥蜴が複数で行動していた、か。気になるな。」

「そちらも狩人小屋ハウスに掛け合い、調査しております。報告は以上です。」


 報告は終了した。今回の調査については結果だけ見れば成功に思えるが、私の判断は隊長としては咎められて当然だろう。

 それ相応の処罰は受け入れなければならない。その覚悟は出来ている。


「報告ご苦労様。君は戻りたまえ。」

「・・・?」

「ん?どうした?」

「いえ、私の処罰がまだ・・・」

「処罰?あぁ、撤退しなかった事か。それについてはもういい。」

「で、ですが・・・」

「確かに、君の判断は一歩間違えれば部隊を壊滅させていただろうし、間違っていたと思う。」


 その通りだ。私自身でもそう思っているのだから領主様も当然分かっているのだろう。


「でもね、君は仲間を見捨てなかった。私は自分の命欲しさに仲間を簡単に見捨てる人間よりも、仲間の為に死を覚悟で立ち向かう人間の方が評価されるべきだと思う。まぁ、個人的な意見ではあるがね。」


 その様な返答が返ってくるとは思っても見なかった為、しばし呆けてしまっていた。


「・・・それとも何かな。君は私の判断が間違っているとでも思っているのかな?」

「!いいえ!滅相も御座いません!」

「ははは、なら良い。僕はまだ仕事が残っているから、君はしばらく休んでおきなさい。」

「はっ!ありがとうございます。」


 領主様の慈悲深さに心から感謝しながら、領主様の屋敷を後にした。ーーー


 屋敷を後にする騎士団隊長を窓から眺めていた。


「大蜥蜴を単独撃破する狩人ハンターか。」


 以前大蜥蜴の調査を狩人ハンター達が行った際に、名のあるパーティーが討伐に向かい全滅していた。

 そのパーティーはシュラフでも有名な腕利きの狩人ハンターパーティーとして有名で人望も厚かった。そんな彼らでも大蜥蜴に太刀打ち出来なかった。

 もちろん、一匹であったならば討伐出来ていたのかもしれないが、失敗は失敗だ。言い訳しようにも死んでしまっては取り返しがつかない。


「本当に。死んでしまっては意味がないではないか。」


 フレーベルはかつて友と呼び合った者達を思い出して静かに呟いた。


「アン、話は聞いていたね?」

「はい。」


部屋の隅で待機していたメイドの女性に声を掛けた。


「今回、サルサ村にて大蜥蜴を単独撃破した狩人ハンターについて独自で調査してくれ。」

「はっ。」


 部屋を後にするアンの姿を見送りながら自分の友人達を死に追いやった存在を単独で撃破した狩人ハンターについて考えながら椅子に腰を下ろした。


酒のボトルを取り、グラスに注ぐと一気に飲み干した。そして深く息を吐き、ゆっくりと目を閉じた。


ーーーーーーーーーー


 今日も僕は狩人小屋ハウスに訪れていた。もちろん、依頼を受ける為でもあったのだが、


「こんにちは、クレアさん。」

「あらノアくん、こんにちは。今日も依頼を受けに来たの?」

「それもあるんですが、サルサ村の調査がどうなったのか知りたくて。」


 今日の目的はサルサ村について聞くためだ。

 先日レイラさん達が大蜥蜴を討伐した事で、今まで避難生活をしていた村の人達の動向を知っておきたかった。


「ああ、サルサ村ですね。先日騎士団の方々が大蜥蜴を討伐してくれたので、すぐに避難勧告が解除されると思うわよ。」

「それは良かったです。」

「でも大蜥蜴のせいで村の中が壊されちゃったみたいで、建物の修繕には時間が掛かっちゃうでしょうね。」


 サルサ村の外壁もかなり壊されていたみたいだし、村の建て直しにはまだ時間が掛かりそうだ。

 服を借りた手前、サルサ村には恩義も感じているので、何とかしてあげたいなと思っている。


「それと、騎士団の方から人探しの依頼も来ててね。何でも、大蜥蜴討伐の時に狩人ハンターの方が騎士団を助けてくれたらしくて、その人を探しているみたいね。」


 ギクッ!それ絶対僕の事だ。

 まさか僕を特定するために狩人小屋ハウスにまで依頼を出すとは思ってなかった。

 あまり目立つ様な行動はすべきではないだろうし、特定されないように気を付けよう。


「そうなんですね!スゴい狩人ハンターの方がいたものですね?」

「そうなのよ。騎士団の方から聞いた話だと、大蜥蜴を単独撃破するほどの手練れの狩人ハンターらしいのよ。」


 ーっ!何で僕が単独撃破したって分かるの!?視界に入らないように気を付けていたのに!


『ノアしゃま、あのときのノアしゃまの台詞を思い出してくだしゃい。』


 あの時?ーーーー


『一匹は引き受けます!そちらはもう一匹をお願いします!』


 ーあ!

 完全に自爆しちゃってた。


『ノアしゃま・・・』


 でも、まあこれから言動に気を付ければ大丈夫だよ。特定されるような決め手は騎士団にも狩人小屋ハウス側にも無いはずだし。

 ーうん。大丈夫だ!


「あ!ノアくん!今日も狩りに行くの?」

「ーチッ。」


 クレアさんがあからさまに不機嫌になり嫌そうにルミエールさんとノエルさんを睨んでいた。


「ルミエールさんにノエルさん、こんにちは。はい、今日も野うさぎを狩りに行こうと思います!」

「そっかぁ、私達も一緒に行ってもいい?」

「はい、もちろんです!」

「じゃあ、パーティー申請お願いね、ク・レ・アさん」

「ーチッ。」


 クレアさんは嫌そうにしながらも手続きをしてくれた。何だかんだ言って、クレアさんは仕事に対して真面目だからなぁ。思わず笑ってしまった。


「ノアくん!?何で笑うの!?」

「あ、いえ。クレアさんが真面目な人で良かったなって思って。これからもクレアさんが受付してくれると嬉しいです。」

「~っ!」


 さっきまでの真面目な表情から一変して、何故か顔を赤らめてクネクネし始めた。

 すると今度はノエルさんが鬼のような形相でクレアさんを睨みつけていた。


「ん、んん。あーー。ノアくん。ノアくんはもう少し自分の発言に責任を持った方が良いよ。」

「えっ!?」


 何故かルミエールさんに怒られてしまった。何か変な事言ったっけ?自分の発言を思い起こしてみるが、何がいけなかったのかサッパリ分からなかった。

 その様子にルミエールさんが大きな溜め息を漏らした。







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