第8話 初依頼

 翌朝、僕は夜明けと共に起床していた。先生方もまだ寝ているみたいで、院内には静けさが漂っていた。

 僕はまだ薄暗い中、院内を歩いて裏庭まで来ていた。

 裏庭の一角に井戸があり、僕はその井戸から水を汲み上げ顔を洗った。季節は春と言うこともあり、まだ井戸の水も冷たい。


 顔を洗い、眠気もすっかり取れた所で今日の予定を考えた。

 昨晩、ポポから聞いた悪魔については情報がまだ少ないので、当面は様子見になるだろう。となると、とりあえず狩人小屋ハウスで依頼をこなしつつ、狩人ハンターから悪魔についての情報を集めよう。今日の予定が決まった所で、院内から人の気配を感じた。


 気配をたどり食堂に向かうと、先生方が朝食の準備に取り掛かろうとしていた。


「おはようございます。カディナ先生、ロアンナ先生。」

「おはようございます。ノアくんはもう起きていたんですね。」

「早いですね。あまり眠れませんでしたか?」

「いえ、昨晩はよく眠れましたよ。早起きなのは昔からです。」


 先生方に挨拶をする。

 この孤児院の先生は院長も合わせると3人いる。名前は昨日の夕食時に自己紹介があったので覚えていた。ちなみに院長はサマンサ院長だ。


「今から朝食の準備ですか?よければ手伝いますよ。」

「「是非!」」


 うん。昨日の夕食時と同じ反応が返ってきた。その反応を見て苦笑いしながら朝食の準備に取り掛かった。


 朝食を済ませて、サマンサ院長に狩人小屋ハウスに行く事を話した。


狩人小屋ハウスに行くのは構いませんが・・・よく狩人ハンター登録出来ましたね?」

「はい。狩人小屋ハウスにいた狩人ハンターの方が推薦してくれました。」

「そうですか。シュラフの狩人ハンターさんはいい方ばかりなので大丈夫だとは思いますが、くれぐれも気を付けて下さいね。」

「はい、わかってます!」


 サマンサ院長の許可も頂いた所で、早速狩人小屋ハウスへと向かう。


 狩人小屋ハウスに着くと早速、掲示板を見に行く。お使いや家事の手伝いから、害獣駆除まで様々な依頼が掲示されていた。

 中でも気になったのが、狩猟系の依頼だ。

 依頼に対しての報酬ももちろん出る上に、狩った動物の肉も手に入る。


 僕が目をつけたのが野うさぎ3羽の狩猟依頼だ。達成条件は野うさぎ3羽分の毛皮の納品で肉の方は別途買い取ってもらえるようだ。

 野うさぎの狩猟依頼を取ってカウンターに向かおうとした。


「ノアくん、その依頼受けたいの?」


 声を掛けてきたのは2人組の女狩人ハンターだった。昨日、声を掛けてくれたのを覚えている。一人は赤みがかった髪を後ろで束ねており、明るく活発な感じの女性で、背中にはやや小振りの弓矢を携えている。もう一人は短くまとめられた黒髪に切れ長の目をしており、先の女性とは逆にクールな印象を覚える。


「はい。野うさぎくらいなら僕でも獲れるかなと・・・」

「ふっふっふ。ノアくん甘いよ。野うさぎは危険こそ無いものの、警戒心が強くてなかなか捕まえられないことで有名な動物だよ。」

「それにノアくんの年齢だと、大人の狩人ハンターと一緒じゃないと受けられないと思うわよ?」


 なるほど、難易度としてはそこそこ高めの依頼だった様だ。後、子供一人での狩猟は狩人小屋ハウスの職員が認めてくれない様だ。


「だから、私達も一緒にその依頼を受けてあげるよ!」


 ドヤァと腰に手をあてて言ってきた。

 パーティーを組んで依頼をこなすと言う事だろう。もちろん断る理由もないし、この世界の狩人ハンターの生活についても知っていないといけない事もあるだろう。


「では、よろしくお願いします。えぇと・・・」

「私はルミエール、弓を扱う美少女狩人ハンターよ!」

「私はノエル。主に剣を使って戦います。」

「ルミエールさんにノエルさん。よろしくお願いします。」

「おい、ノア。コイツらに食われないように気を付けろよ!」

「うっさい!そんなことしないから!」

「・・・そんな事しないわ。」


 反論までに微妙な間があったノエルさんに違和感を覚えた。他の狩人ハンターにからかわれながら受付に向かうとカウンターから声が掛かった。


「あらノアくん。いらっしゃい。」


 昨日、僕の狩人ハンター登録をしてくれた受付嬢だった。


「あ、昨日はありがとうございました。」

「私はクレアよ。これからよろしくね。」

「あら、クレア。ノアくんをよろしくね。」

「ノアくん。ルミエールとノエルに酷い事されたらすぐに言うのよ!全力で守るから!」

「ちょっと、どういう意味よ!」

「どうもこうもありません。そのままの意味です。」

「何ですって!」

「ノアくんは心配しなくても大丈夫だからね。」


 バチバチと火花を散らす3人をまぁまぁとなだめながら依頼の受けつけを済ませる。

 どうやらこの3人はあまり仲が良くないみたいだ。いや、逆に仲がいいのか?

 僕はルミエールさんとノエルさんの2人と共に町の近くにある森へと向かった。


「そういえば、ノアくんは弓も剣も持ってないみたいだけど、どうやって野うさぎを捕まえるつもりだったの?」

「え?走って追いかけて?」


 もちろん冗談で言ってる訳ではない。それで捕まえられると思っていたからこその発言だった。そして2人に思いっきり笑われた。


「2人とも酷いです!僕でもちゃんと捕まえられますよ!」

「あははは、ごめんごめん。いやぁ、ノアくんはやっぱり可愛いなぁ」

「えぇ、可愛いわ!」


 ルミエールさんとノエルさんが笑いながらからかってくる。可愛いと言われるのは嫌ではないが、からかわれるのはやっぱり嫌だ!

 よし、ここは野うさぎを捕まえて2人を見返してやろう。

 頬を膨らませながら、そんな事を考えていると背筋がゾクッとした。

 振り返るとノエルさんが鋭い眼光でこちらを見ていた。完全に捕食者のソレだ。うん。何も見なかった事にしよう。

 気を取り直して森を進んで行く。


「ルミエールさん、右手の草陰に野うさぎがいます。」

「え?あ、ホントだ!」


 そう言って弓を構える。野うさぎはこちらに気づいていないらしく、木の実を食べていた。ルミエールさんが矢を射ると、見事に野うさぎを仕留めた。


「ノアくん、よく気づいたね?」

「小さい時からお父さんに連れられて狩りをしてましたから。」

「へぇ。今も十分、子供小さいけどね。」


 今の僕は7歳くらいの年齢だ。ルミエールさんとノエルさんが17歳らしいので一回りほどの年齢差がある。彼女達からすれば十分子供に入るだろう。

 すると今度は野うさぎよりも大きめの気配が近づいて来た。


「あ、ノエルさん。左から猪が来ます!」

「!?猪?」


 ガサガサと草むらが揺れて、猪が勢いよく飛び出した。ノエルさんは横に避けながら、首元に剣を突き立てた。

 一撃で急所を突かれた猪はすぐに倒れて動かなくなった。ルミエールさんにしてもノエルさんにしても、狩人ハンターとしての腕前は中々だ。


「・・・ホントに猪が来たよ。」

「・・・えぇ、ビックリね。」


 ルミエールさんとノエルさんが僕が言った通りに猪が出てきた事に驚いていた。

 ふふん、これで僕もある程度認めてもらえたんじゃないだろうか?


 その後もしばらく3人で狩りを続けて、野うさぎを追加で2羽と山菜や薬草も手に入れた。


「日暮れまでまだ時間はあるけど、依頼も達成出来たし、街に戻って猪と野うさぎの買い取りをしてもらいましょう。」

「そうね、ノアくんのお陰で大物が仕留められたし、少し早いけど戻りましょうか。」

「依頼書だと野うさぎの毛皮の納品なんですが、ここで解体した方がいいですか?」

「いいえ、狩人小屋ハウスに解体出来る場所が設けてあるから、そこでしましょう。森の中だと血の匂いで他の害獣が寄って来ちゃうしね。」

「そうなんですね。わかりました。」


 狩人ハンター初の依頼も無事に達成出来た事だし、成果としては十分かな。

 昨日の今日で早速依頼をこなしたことをレイラさんに教えたら、きっと驚くだろう。


 ・・・そういえば、レイラさんは今日、サルサ村に行くって言ってたっけ?大丈夫かな?ふと、胸騒ぎがした。


「あの・・・少し用事があるので、お2人は先に戻っていて下さい。」

「それなら私達も手伝うわよ?」

「あ、いえ、用事と言うのがその・・・トイレを我慢していたもので。その・・・」

「あぁ、なるほどね。じゃあ、ゆっくり街に向かっているから途中で合流しましょう。」


 苦し紛れの一言であったが、何とかルミエールさんとノエルさんから距離を置くことが出来た。を伝えた際にノエルさんがまた鋭い眼光を向けて来たのも気づかなかった事にして、サルサ村に足を走らせた。

 ノエルさんには申し訳ないが、ノエルさんの視線には時々恐怖を感じるので、正直苦手だった。


 ここからサルサ村まではかなり距離があるものの移動魔法を使えば一瞬だ。サルサ村の景色をイメージしながら魔力を練り上げる。移動魔法を使うと体が吸い寄せられ、吐き出される様な感覚を覚えるので成功したことがすぐにわかった。

 サルサ村に到着するとすぐに胸騒ぎが意味していた事を理解した。村を囲っていた壁が所々崩れていた。盗賊の物と思われる血の付いた武器や防具などが落ちており、周囲に血だまりが出来ていた。


 街の外の方で大きな物音が聞こえる。

 まだ使えそうな弓と矢を拾い、急ぎそちらに向かうと、二匹の大蜥蜴に対峙するレイラさんの姿があった。

 数人の騎士と思われる人達が倒れており、レイラさんを含めて8人の騎士が剣を構えて立っていた。かなり不味い状況だ。

 倒れている騎士を庇いながら大蜥蜴二匹と戦わなければならない。立っている騎士達の中には怪我を負っている人もいて、二匹の大蜥蜴相手に立ち回れるほどの余裕はなさそうだ。威圧しようにも大蜥蜴の近くにいる騎士にも当たり兼ねないので使えない。


 ならばと僕は弓を構えて、魔力を込める。

 一匹でもこちらに引き付ける事が出来ればいい。


 矢を放つと、大蜥蜴の一匹の眼に深々と突き刺さった。大きな奇声を上げながら大蜥蜴がのたうち回る。

 弓は僕が放った矢の反動に耐えきれず、真ん中からポッキリと折れてしまった。どうやら力を入れ過ぎてしまったみたいだ。


「一匹は僕が引き受けます!そちらはもう一匹をお願いします!」


 こちらに気づいた大蜥蜴が巨大をうねらせながらこちらに走って来た。こちらの気配を辿り易い様に魔力で矢の痕跡をわざと残していた。

 レイラさんも声に気づいた様だが、対峙する大蜥蜴から目を外さないところはさすがだ。


 僕は突進してくる大蜥蜴を跳んでかわすと、大蜥蜴の頭部に狙いを定めて落下する。

 大蜥蜴は僕の姿を見失った様で、辺りをキョロキョロと見回していた。

 僕は体内の魔力を右手に集めて拳をつくる。かなりの量の魔力を集めたことで魔力同士がぶつかり、キィンという高音が漏れ出す。それに気づいた大蜥蜴がこちらを見るが、遅い。


 ズドン!!


 と鈍い音と共に大蜥蜴の巨大が地面に叩きつけられ、その衝撃でクレーターが出来た。


 しばらくレイラさん達も大蜥蜴と戦っていたが、相手が一匹になったと言う事もあり、大蜥蜴の攻撃をかわしては確実に傷を与えていった。

 僕も騎士の人達が危ない時に近くに落ちている石を投げつけ攻撃に参加していた。魔力を通した石は驚異的な速度で放たれ、大蜥蜴に小さくないダメージを与える。

 たぶん本気でやったら大蜥蜴に風穴が空くだろうな、などと思いながら石を投げつけていると大蜥蜴が倒れた。


 僕が参戦してから程無く、無事に大蜥蜴の討伐に成功した。


 僕はその様子を見届け、ルミエールさんとノエルさんの元に戻った。

 戻る途中に野うさぎがいたので、とりあえず仕留めておいた。


 ーーーーーーーーーーーーー


「盗賊の生き残りはいたか?」

「はい、4名ほど息がある者がいました。」

「よし、応急処置を施した後に、縄で縛っておけ!」

「はっ!」

「騎士達の様子はどうだ?」

「こちらの被害は負傷者15名、内、重症者が4名です!」

「隊長、こちらにもう一匹の大蜥蜴の死体があります!」


 あの声の主は誰だったのだろうか?

 確かに聞き覚えのある声ではあったのだが、その人物が思い浮かばなかった。

 レイラは記憶を頼りに狩人ハンターの顔を思い浮かべるが、どれも当てはまらないでいた。


「何者だったのでしょうか?」

「さあな。だが、あの状況で助かったのは其奴のお陰だ。その人物が特定出来れば、相応の礼はせねばなるまい。」

「そうですね。しかし、どうすればこの様になるのでしょうか?」


 レイラは目の前には巨大なクレーターとその中央で息絶えた、頭部の無い大蜥蜴の姿を見ていた。

 まるで隕石でも落下したかの様な有り様に、言い知れぬ不安と助かった事への安堵の相反する感情に悩まされた。


「はぁ。領主様にどう報告したものか・・・」


 そう呟きながら天を見上げた。




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