第7話 狩人登録と悪魔

 レイラさんに案内され孤児院に到着した僕は、院長に挨拶をして迎え入れてもらえたところでレイラさんと別れた。


 孤児院には僕を含め12人の子が暮らしていた。僕(今の)より2つ歳上のララと言う子が院内を色々と案内してくれた。

 お姉さん気質で他の子達のまとめ役らしい。左右にまとめられたお下げと鼻の周りにあるそばかすが愛らしい印象を与える。


『とりあえずの拠点が出来てよかったでございましゅ。早速、狩人ハンター登録されてはいかがでしゅか?』

『でも、こんな子供がそんな簡単に登録出来るものかな?』

『その点は大丈夫だと思いましゅよ』


 どう大丈夫なのかよく分からないのだが、狩人ハンター登録はしておきたい。折角だしララに聞いてみよう。


「あの、ララ・・・さん?」

「ララでいいよ。ノアくんは私よりも年下なのに、何故かそういう感じがしないんだよねぇ」


 内心ドキッとしてしまった。

 いや、恋愛的な意味ではなくてね。

 子供の感性はたまに確信を突くような事があるのだが、今が正にそうだった。もっとも本人には自覚は無いと思うけど。


「じゃあ、ララ。僕は狩人ハンターになりたいんだけど狩人小屋ハウスって言うのはどこら辺にあるの?」

狩人小屋ハウスなら街の南側にあるよ。大きな建物で赤色の旗が目印になってるから、たぶんすぐに分かると思うけど・・・って、どうしたの?」

「いや、狩人ハンターになる事を止めたりはしないの?」


 とりあえず、聞いてはみたものの、正直な所すんなりと教えてもらえるとは思ってもみなかった。


「お使いとか、お手伝いの依頼を探すんでしょ?ノアくんくらいの子でも狩人ハンター登録してる子は沢山いるよ。私も登録してるし。」

「お使いも狩人ハンターの仕事なの?」

「そうだよ。子供だとさすがに害獣駆除は出来ないし、大人の狩人ハンターさんと一緒に森で薬草や山菜を取りに行ったりする事が多いよ。」


 まぁ、当然と言えば当然か。子供1人で街の外に出ることなんてまずありえないよね。

 何はともあれ、狩人ハンター登録はしておくべきかな。


「ありがと、ララ。早速、狩人ハンター登録に行ってみるよ!」


 よし、とりあえず依頼をこなしてお金を稼がないとな。

 まぁ、子供に出来る依頼なんてたかが知れてるだろうけど、やるに越したことはないだろう。いざとなれば町を抜け出すのもアリかな。そして狩人小屋ハウスに向けて走り出した。


「あ!待って!・・・って行っちゃった。院長と一緒に行かなくちゃいけないのに、大丈夫かな?」



 ララに言われた通り、街の南に向かうと、大きな建物が見えた。建物には赤い旗がなびいていて、確かにすぐに分かった。と言うにはいささか大きすぎないかな?

 両開きの扉を開けて中に入ると、他の狩人ハンターの目がこちらに向く。

 殺伐とした狩人小屋ハウスの空気は前の世界の冒険者ギルドの様な雰囲気で懐かしく感じられた。やはりこういった場所は世界共通なんだなぁ。

 思ったよりも女性の人も多くいたのが驚きだった。


 カウンターも特に混んではいなかったので早速、受付の女性に話しかける。


「あの、狩人ハンター登録しに来たんですけど・・・」


 その時、後ろから声をかけられた。


「おうおう!ガキが1人で何しに来やがった?ここは遊び場じゃねぇぞ!」

「ガキはガキらしくお母さんの乳でも吸ってな!」


 声をかけてきたのは3人組の男達だった。ガハハと豪快な笑い声がハウスに響き、狩人小屋ハウス内の狩人ハンター達も一斉に笑っていた。そして僕も一緒に笑った。


「・・・何でお前も笑ってるんだよ!」

「え?だってみんな笑ってたし、笑わないといけないところかなと思って・・・」


 一応、空気を読んだつもりだったんだけど、間違えたかな?

『ノア様・・・』

 ポポも何故か呆れている様子。


「あのね坊や。狩人ハンターの登録はお父さんとか、大人の人の推薦がないと登録出来ないのよ。」


 見兼ねた受付嬢が声をかけてくれた。何と、そんな決まりがあったとは知らなかった。ポポも教えてくれればよかったのに。


『しゅみません、わたくしめもしりましぇんでした』

 ポポも知らなかったのか。ならしょうがないな。


「うーん、でも僕、もうお父さんもお母さんもいないし、この街にも知り合いなんていないしなぁ・・・」


 さっきまで笑い声が響いていた狩人小屋ハウス内が急に沈黙した。

 あれ?何か不味いこと言っちゃったかな?空気が一変してしまった事に焦りを隠せない


「あ、でも、ちゃんと働いて1人でも生きて行けるように頑張らないといけないから、だから狩人ハンターに登録したいと思って・・・」


 焦りのあまり言葉が辿々たどたどしくなってしまった。

 うん。相変わらずの沈黙が狩人小屋ハウスに流れていた。何だ!?何がいけないんだ!?この空気は耐えられない。早く狩人ハンター登録を済ませて、ここから立ち去りたい!だけど大人の推薦なんて・・・知ってる大人って言ったらレイラさんとか騎士の人達くらいしか思い浮かばないし、これ以上迷惑をかけたくない。

 あ、大人からの推薦があればいいのか?なら


「ねえ、お姉さん。推薦する人って大人の人だったら誰でも大丈夫なの?」

「え、えぇ。狩人ハンター登録されている大人の方であれば大丈夫よ。」


「じゃあ、狩人ハンターのおじさん、僕の推薦人になってくれない?」

「え、お、オレがか?」


 話しかけてきたハンターの1人に頼んでみる。別に知ってる人でなくても推薦してくれる人がいればいいのなら別に誰でもいいし、何よりこのおじさん・・・


「ダメかな?おじさん、どことなくお父さんに似てるから、おじさんに推薦してもらえたら嬉しいなって思って。」


 もちろん嘘ではない。僕の父も前世界の王都の守護騎士の1人で戦いに秀でた人物だった。

 たくましい肉体と豪快な性格で母からはよく脳筋漢と言われていたからなぁ。でもそう言う人って大概いい人だと思う。

 この狩人ハンターのおじさんもその類いだろう。


 ・・・あれ?何か狩人小屋ハウス内の人達がすすり泣き始めた。受付嬢もハンカチを目にあてている。

 何でだ?何でこんな空気になったの!?

 何でも良いから、早く狩人ハンター登録をと、推薦をお願いしたおじさんを見ると完全に号泣していた。


「おい、おまえだぢ!今がらオレがごいづのずいぜんにんになる!もんぐあるがぁ!!?」


 推薦してくれるみたいでよかった。号泣しながら喋るから、聞き取りづらいけど、狩人小屋ハウス内は大いに盛り上がっていた。

 皆、酒だ何だと叫び始めたのでそそくさと手続きを始める。


 受付嬢のお姉さんが丁寧に登録手続きを進めてくれた。狩人ハンターになるにあたっての注意事項や狩人小屋ハウスの利用方法から依頼の受け方に至るまで、事細かに説明してくれた。


 一通り、狩人ハンター登録の手続きを終えて、推薦してくれたおじさんと狩人小屋ハウス内の狩人ハンター達にお礼を告げると、早速狩人ハンター達に囲まれる事となった。

 自己紹介から始まり、後は何処から調達したのかお酒や料理などが用意されて宴会が始まる。狩人小屋ハウスの職員たちも、一応の注意は入れるが、一緒に料理を食べたりしていた。


 何て自由な人達なんだろうと思いつつ、狩人小屋ハウスの暖かい雰囲気に居心地の良さも感じていた。

 途中で女性の狩人ハンター達に囲まれたり、養子の話を持ち出す人までいて対応に困ったりもしたけど、終始笑顔の絶えない時間が流れていた。


 しばらく宴会を楽しんだ後、狩人小屋ハウス内の人達に挨拶をして、その場を後にした。僕が出ていった後でも宴会はまだ続いていたみたいだ。


「この街の狩人ハンターさん達はみんないい人ばかりみたいで良かったよ。いつでも来いって言ってくれたし。」


『ノアしゃまは相変わらじゅ人の悪意に鈍感と言うか何と言うか。いや、ノアしゃまのカリスマ性があっての事でしゅか・・・』

 ポポがよく分からない独り言を言っているのを無視しつつ、孤児院へと向かった。


 ちなみに、僕を推薦してくれた狩人ハンターのおじさんはガダルと言って、この町の狩人ハンターの中でもかなり有名人らしい。


 狩人小屋ハウスの受付嬢からもらった狩人ハンターの証である木製のプレートを首にかけて満足感に浸っていると、通りの向こうからこちらへ向かうレイラさんの姿が目に止まった。


「レイラさん!狩人小屋ハウスに行かれるんですか?」

「おぉ、ノアか。そうだが・・・ノアは狩人小屋ハウスに行ってきたのか?」

「はい。無事に狩人ハンターになれましたよ。」

「ついさっき来たばかりだと言うのに、行動が早いな。」


 レイラさんは驚きながら、首にかけているプレートを見ていた。

 確かに、孤児院からすぐに狩人小屋ハウスに向かったから時間としてはそれほど経ってないだろう。


狩人小屋ハウスに向かうって事は、盗賊団の件ですか?」

「まぁな。サルサ村の調査もあるし、狩人小屋ハウスのマスターにも話を通しておく必要があってな。明日の朝にでもサルサ村に向けて出る事になるだろうな。」


 盗賊団の事もあるから、恐らく人数も増やしたりするのだろう。なるほど、明日か。


「そうですか。気を付けて行ってきて下さい!」

「まさか、ノアに心配されるとはなぁ。まぁ、頑張って来るさ。」


 そうしてレイラさんと別れて、僕は孤児院へと向かった。


 孤児院につくと、門の前でララと院長が仁王立ちしていた。雰囲気から察するに、2人ともかなりお怒りのご様子だ。


『僕、何かしたかな?』

『さすがに院長の断り無しで院を出たのがいけなかったのではごじゃいませんか?』

『・・・あ~』


 コレは確かに僕が悪い。

 大人しく、お2人の説教を受けることにします。

 案の定、院長とララからこっぴどく怒こられてしまった。罰として、夕食の手伝いを言い渡され、厨房へと連れて行かれた。


 厨房は主に院長と他3人の先生でまかなわれていて、子供達も当番制でそのお手伝いをする決まりになっているらしい。

 まぁ、料理をするのも嫌いじゃないからいいか。


 おもむろに近くにあった野菜と包丁を取り、皮剥きをはじめた。


「ノアくん!?包丁何か使ったら危な・・・上手に使いますね?料理したことがあるの?」

「はい、仲・・・お母さんの料理を手伝っていたので、料理も割と得意ですよ。」


 そう言いながら、手際よく具材を切り分けいく。

 前の世界で冒険者をしていた僕にとっては大人数で囲める料理は得意だったりもする。


 やがて鍋でひと煮立ちさせたスープに調味料を加えて、味を整える。

 調味料も前の世界とほとんど同じだったので特に苦戦する事なく一品完成させた。


 院長に味見をしてもらうと無言で固まっていた。

 自分もちゃんと味見して確認したから大丈夫だと思ったが、口に合わなかったかな?

 他の先生方も同じく味見をして無言で固まっていたので、ますます不安になったが


「「「美味しすぎる!」」」


 どうやら杞憂に終わった様でよかった。

 サラダなども手際よく作り、夕食の準備を進めた。


 夕食の時間になり、食道には院の子供達と先生が集まった。配膳を終えて席につくと、院長から紹介を受けて挨拶をし、全員で夕食を食べ始めると、皆一心不乱に食べ始めた。


「「「おいしー!」」」


 他の院の子供達の口にも合ったようで、すぐになくなってしまった。

 また子供達だけでなく、先生方も頬をほころばせながら料理を食べている。


「・・・こんなに喜んでもらえるなら、また作ってもいいかな」

「「「是非!」」」


 聞こえない様に呟いたつもりだったが、近くにいた先生方に聞かれていたようで、その表情は鬼気迫るものだった。適当に笑って誤魔化しておこう。


ーーーーーーーーーーー


 その日の夜、部屋の準備が間に合わなかったため、来客用の部屋で一晩過ごすこととなった。


狩人ハンターの人達もそうだけど、皆好い人ばかりで安心したよ。思ったよりずっといい世界みたいだね。」

「・・・ノアしゃまにお伝えしたい事がごじゃいましゅ。」

「何?改まって?」

「この世界はたしかに戦争などの人間どうしの争いは、前の世界に比べてかなり少ないでごじゃいましゅ。」


 なるほど、神の介入が無いと言うだけで人間同士の争いはかなり減らすことが出来るらしい。この街には来たばかりなのだが、街の雰囲気を見ても前の世界に比べて平和なのが分かる。


「しかしながら、数年に1度の頻度で悪魔とよばれる存在があらわれて、町や村をおそい人々に甚大じんだいな被害をおよぼしておりましゅ。」

「悪魔・・・神が定めた人類共通の敵か。」


 前の世界でも冒険者として対峙することは多々あった。

 実のところ人間同士の争いが激化していた裏で僕は悪魔や魔族、魔王などの存在を相手に戦っていたのだが、それはまた別の話だ。


「悪魔か。しかし神々の介入が無いこの世界でどうして悪魔が生まれたの?」

「初めてこの世界で悪魔の存在が確認されたのが今からおよそ100年ほど前になりましゅ。それまで1500年の間に悪魔の存在は確認されておりましぇん。」

「つまり、ここ100年のあいだに悪魔がこの世界に現れる様になったって事?」

「そうでごじゃいましゅ。わたくしめも色々と調べてはみたのでしゅが、悪魔がこの世界にあらわれるようになった理由などはわかりましぇんでした。」 

「悪魔は何処から現れるのかはわからないの?」

「はい。突然どこからともなくあらわれて人々をおそい、しばらくするといつの間にかいなくなると言うのが今まで悪魔について調べて得られた情報でごじゃいましゅ。」


 ポポの情報収集能力については前の世界から知っているし、信頼している。そのポポが調べてわからなかったのだ。この世界における悪魔についての情報は今のところ、これ以上得られないだろう。

 しかしこれは何かしらの対策を取らなければならない。


「そうか。わかった。ポポは引き続き、悪魔について色々と調べてみて。」

「かしこまりました。」


 悪魔かぁ。この世界での生活が平和なものになりそうだと喜んでいた矢先にこれだ。何事も簡単には行かないようだ。


 これからのこの世界での生活への期待と不安が入り交じった感情にため息をこぼしつつ、ベッドに倒れるのであった。

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