苦艾たまき

第1話

カーテンを閉め切った暗い病室で、少女は三角錐と円錐の素描をする。


濃淡のコントラストがぼやけた仕上がりに不満を感じ、円錐の右端に消しパンを置こうとする。


『見たままを描くように』


靄のような姿で浮かぶ教師ーー顔もはっきり思い出せないそれの、鮮明な声だけが脳裏に浮かび、少女は現実の濃淡をつけるべく光源を調整しようとカーテンの端を掴み、少し、引いた。


滑空する沢山の燕達が目に入る。


「ああ、もうそんな時期」


少女は青空に舞う小さな黒い影の群れを見て、思わず声を漏らし深くため息をつく。


「あの時も空は青くて、燕が飛んでいて、雛達が巣の中で鳴いていた」


あの時、少女の友人は泣いていた。雛は鳴いている。家の玄関にはひしゃげた毛の無い雛が潰れいる。巣から滑落したのだ。


雛はまだ息があった。


友人は泣きながら門扉まで出て、専門知識があるとか言う知り合いに電話を始め、彼女は茫と雛を見降ろす。


彼女の細い指は自然と雛の細首を摘んでいた。そしてその日、少女も自宅マンションから滑落した。


見おろすと、腕には無数の赤い糸のような蚯蚓腫れと青黒い注射痕。潰れた顔とひしゃげた体を無理に人の形にして包帯を巻いた化け物は、目を覚まして見た鏡で確認し、以来会っていない。


祟られたのだと友人が言い、激怒した両親が彼女を痛罵し、教師が親と友人の仲裁に入る茶番劇を虚ろな目で眺めていたのもその日。


【私は飛びたかっただけなんだけど】


口蓋が潰れていたので茶番に入れないまま、少女は彼らをただ見ていた。


少女はまた空を見上げる。


「あなた達は滑落した雛を助けたりしないよね」


空言は届かない。



どこからか大きい指が自分の首を捻りとどめを刺してくれないかを願っても、少女の願望は果たされない。それこそが呪いかもと脳裏に掠めたが、自力で行動することさえだいぶ前に喪った少女には最早どうでもいい事だった。


今日も少女は言われたままの作業で残りどれくらいあるかわからない膨大な時間を潰し、燕達は子を育てる住処を探して悲鳴に近い声を上げながら今日も飛んでいる。

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苦艾たまき @a_absintium

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