第2話 少年の家族

「ささ、どうぞ入って」


 孫の再婚相手という人は、とても物腰柔らかで、顔に咲く笑みが明るい人だった。その言葉に促されて、家の門を潜る。都市郊外の住宅街とだけあって、モデルハウスのように家も広く、街が整然と区画されている。

 

「ありがとうございます」


 そういって、家の中に入った。玄関の表札を見ると、岩本と書かれていた。


「あの、なんて呼べばいいんでしょうか」


 妹に似た面影を感じるこの女性が尋ねた。この女性が、そうか……。


「僕はまだ、子供ですから、その……実の子供のように扱ってくれると嬉しいです」


「わ、わかりました」


「大丈夫、僕たちもそのつもりですから」


 にこっと笑う旦那さんに、連れられて僕も苦笑に近い笑みを浮かべる。


「あ、ちなみに僕は徹と言って、こっちが妻の葉摘はづみ、そして」


 階段を慌ただしく下る音が聞こえて、早くも年の近い子と対面しなければいけないのか。


「誰、その人?」


「あいつが、僕の娘のしずくです。妻とは、血は繋がっていないので、要するに再婚ということになりますが」

 

 振り返り、僕を「誰」と言った人を認識する。


「雫、前に言ってただろ、琴子おばあさんのお兄さんだ」


「マジで?へえ、こんな人だったんだ」


「よろしく――」


「え、名前なんていうの?これ、なにか知ってる?スマホって言うんだよww」


「ああ、快っていいます。それについては、一応病院で聞きました。便利ですね」


「雫!」


 母親である葉摘さんが、牽制する。


「お母さん、でも同い年でしょ?17?」


「ああ、今年で17に」


「でも……」


「僕は、そう接してくれると有り難いですよ」


「そ、そうなの?」


「はい」


 この世界で、自分と対等に話が出来るのは、彼女ぐらいしかいないだろう。それだけで嬉しい。


「家族紹介も終ったことだし」


 パン、と手を打って、話を切る徹さんに、他三人の視線が集まる。


「次は、家の中を紹介していこうか」



「部屋、私の隣か~」


 家のルールや物の場所など、簡単な説明を終えて、夕食を囲んだ。

 テーブルには、ちゃんと四人分の椅子が置いてあり、その椅子の一つは真新しく、色も若干違う。それに僕は、座っている。


「雫、明後日は快君に学校ちゃんと教えてやってな」


「あ、う……うん」


 徹さんの一言に、僕は今まで学校という存在を忘れていた。

 学校を聞いて反応が鈍った彼女は、どこか気まずそうにしている。


「ごちそうさま」


 言い終えて、箸を置いた彼女はすぐに階段を上っていってしまった。


「じゃあ、あの……僕も」


 気まずくなって、その数分後に食べ終えた僕は、彼女と同じように、与えられた部屋に戻った。



 電気を点ける。はあ、と大きく溜息をつく。ここは、どう見てもストレスを感じるものが多い。いや、もうどこに居たって、同じだ。


 ベッドに寝転がり、天井を見つめた。人の家の天井。目を開けたときに見た、病院の天井。とてもじゃないけど、抱えている問題が大きすぎる。


 不意なドアをノックする音で、ここが自分の家ではないことを思い出す。


「快君、お風呂沸いたよ」


「ああ、はい。わかりました」


 とベッドから起き上がり、部屋を出る。すると、廊下に立っていた、葉摘さんが、


「お風呂、入ったらあの子に言ってあげて」


「え、いいんですか?僕が先で」


「いいのよ。あの子が入るのは、日付を回ってからだし。土曜の今日なんかとくにね」


「わかりました。それと、もう一つお願いがあるのですが……」



「雫さん、お風呂入ったよ」


「うわっ、ビクった!」

 

部屋をノックしても返事がないためドアを開けると、ゲームをしていたのかヘッドホンを外した彼女がこっちを見ていた。


「お風呂、雫さんの番」


「あ、ああ。ありがとう」


「おやすみなさい」


「お、おやすみ~」


 十秒ほどの会話を終えて、部屋に戻って、寝た。


 朝の八時に起こされたのは、アラームを付け忘れていたのもあるが、葉摘さんに言っといた件が通ったからだったみたいだ。









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