……それ、理由になってます?

 

「……ゴキブリポーカー?」


 日曜日、大学は休み。

 時刻は二十二時とスマホの画面が表示していた。


 朝早くから自身の生活費と学費を稼ぐため、バイトをフルタイムで働いた僕の体は、油分が多い汚泥のようなストレスに塗れていて、キリキリと、胃がストレス性神経胃炎にでもなったのだろうかと痛みだしている……と言っても僕は一度もストレス性神経胃炎になったことはないからそれがどれくらい痛いのかはわからない。

 しかし、ストレスのせいで胃が痛いのは間違いはなかった。


「そうです。今日はゴキブリポーカーをしませんか? きっと楽しいですよ」


 バーカウンターに座りブラッディマリーを飲んでいる僕に向け、ゴキブリポーカーという全然店の趣向と似合わないものに誘おうと生首の少女が笑う。

 ……語弊があったので補足をするが、彼女は身長が低い。

 だからカウンターと高さが合わず、まるで生首が接客してるかと思わせてしまうのだ。

 だから決して、この目の前にいる少女はお化けでもなんでもない。ただの人間である。


「パス」


 そして僕は、考えることもなく不参加と彼女に告げカクテルを飲んだ。


「えー、なんでですか! 悪いことはしませんって!」


 悪いことって……。誘拐犯みたいな発言をやめてくれませんかね。

 目の前で頬を膨らませ、プンスカと死語じみた昭和の怒り方をする彼女に僕はため息を漏らす。


「僕ここに来るまでにさ、めちゃくちゃ怖い地下通路通ってきたんだよ。ゴキブリとかわんさかいるんじゃないかって思うくらいの」


 シャッターが壁代わりになり、電灯は橙色に薄暗く点る地下通路を通ってきた。

 まるで通り魔が潜んでいるかのような空間で、歩くたびに自分の靴の足音が響く。さらにいうと僕以外の人間は誰一人もいなかった。

 その空気に慣れていない僕は、その地下通路を早足で進んできたのだ。


「なんかさ、スプーンとフォークを打ち鳴らすとその怪物の鳴き声によく似ているみたいなモンスターパニック映画を見てしまってな。それのせいで地下通路が怖く感じてしまったんだ……」

「……それ理由になってます?」


 しれっと彼女は返事をした。


「とにかくだ。僕はそのゲーム、パスで」

「もしかして先輩ってお化け屋敷とか無理な人ですか?」

「そんな事言ってないだろう。話を逸らすな」


 だけど、お化け屋敷は無理なタイプだったりする。

 昔、親父とはぐれてお化け屋敷に一人取り残された時から、お化け屋敷などの驚かす系は全て無理だった。

 あぁ、なんで昨日パニック映画を見てしまったのだろう。と後悔をした。


「でも、今現在プレイヤーが私を含めて三人しかいなくて……もし、先輩が参加してくださったらハイボールサービスしますよ?」

「……ハイボールかぁ」


 ハイボールは唐揚げなどといただくものであって単品で飲むものじゃない。ましてやバーで飲むものではないと思う。

 うーんと考えていると彼女は言葉を付け足す。


「ハイボールがダメなら、カクテルとかでも」

「じゃあ、マティーニで」

「ぷぷぷ、さっきからブラッディマリーとか、マンハッタンとか、ジンフィズとか、マティーニとか、先輩かっこつけるのかっこ悪いですよ」


 今時マティーニとか、誰も注文しませんって。と彼女は笑う。

 たしかにマティーニとか、ジンフィズとか、マンハッタンとか、男性が好むカクテルを頼んでいる男性をこのバーで見たことも聞いたこともない。

 頼むものが場違いだったのだろうか。

 しかし、モテるカクテルはそういうやつだと聞いていたのだが。おかしいな。

 クスクスと笑う彼女に僕は顔をしかめた。


「そもそも、お前。僕を先輩というなよ」

「先輩、話を流すのやめません? あと下手くそですよ?」

「お前がいうな。お前が」


 僕が言ったことをそのまま流用してくるところが小憎たらしいと思った。


「なんでですか。一応先輩は大学の元先輩ですよ?」


 そうだけど、その……恥ずかしいというか。もう大学の先輩と後輩じゃないというか……。

 僕がゴニョゴニョと独り言を呟いていると、彼女はため息をついた。


「はいはい。先輩のくだらない意地に付き合ってあげますよ。タケルさん」

「……それでいいよ」


 彼女が呼ぶ僕の名前、『タケル』はハンドルネームだ。

 この場所ではそれぞれの名前を明かさず、ハンドルネームと呼ばれる仮名で呼ぶように決められている。

 それはどんな名前でもいい。

 SNSの名前でも、ネットゲームの名前でも、スマホゲームの名前でも、誕生石とか、小説のペンネームとか、制限はない。

 つまり、僕のこの名前、『タケル』は仮名である。


「じゃあ、タケルさんもしっかりしてくださいよ? 後輩だから、お前とか言わないでくれませんか? 一応私このバーのマスターなんですから!」


 えっへんとない胸を張る。


「あぁ、そうだったな。すまなかったよ。マスター」

「マスターじゃないです! 私にもちゃんとハンドルネームあるのわかってるでしょ! どこの聖杯戦争ですか! サーバントですか!」

「なんだって!?」

「白々しぃ!」


 声を荒だてて僕の発言にツッコミを入れる彼女に僕は息を吐き出す。


「はいはい。すいませんでした。マオさんや」

「なんで日本昔ばなしみたいな口調なんですか? まぁ、別にいいですけど……」


 ブツブツと文句を言いながら彼女は後ろを向いた。

 彼女の名前は『マオ』。身長百四十五センチ、アホ毛も深めて日本人女性の平均身長の百四十八センチになる体の小さいの少女は僕が通っていた大学の後輩で……。


 この店、ボードゲームバー……略してゲームバー『ゲーマーズ・スタジオ』のマスターだ。

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