最終章 生活-2

私は新しい生活を始めた。

数日の間は友達の家に泊まったり、ビジネスホテルで過ごしていたが1か月ほどして以前住んでいた場所より電車で2駅ほど離れた場所にアパートを借りることができた。

今考えると涼との関係はただの私の自己満足であったのかもしれないと感じる。

過去の約束に彼を束縛させてしまっていたのかもしれない。

涼からの連絡は1か月もたつとなくなっていた。もちろん私は涼からくるメールや電話に反応をしたことはない。

だけれど、連絡がこなくなると寂しく感じてくる。

涼と別れたあの日の海。

涼が帰ってから、私は海の波が少しかかる浜辺をただ歩いた。

海の方を眺めながら、このまま私の足が海の方へ向かえばいいなと思った。

しかし、私の足は浜とも海ともつかない場所を歩いていた。

私も涼がすべてじゃない、涼がいなくなってもこうして死ぬことなんてできないのだ。

そう考えがつき、濡れた足のまま真っ暗な道を歩いて駅へと向かった。

「サキ、これよろしくね。」

ぼーとしていた私に会社の同僚が資料を置いていく。

「あぁ、ありがとう。」

私は仕事に自分を戻した。

「サキ、元気だしなよ。今度は遊びで泊りに来ていいからね。」

私の状態に気づいて優しく声をかけてくれる。

菜穂なほは1か月前の家のない私をよく家に泊めてくれた大事な友達だ。

「うん、ありがとう。今度はこっちに来てよ。何かごちそうするよ。」

そう言うと菜穂は驚いた顔を見せてから嬉しそうに笑った。

「じゃあ、今度たくさんごちそうしてもらうね。」

そういってうきうきした顔で自分の仕事場に戻っていった。



仕事が終わり、家路の電車でスマホを見ると涼の友達、達也から電話が来ていたようだった。

家前の駅につくと達也に折り返しの電話をした。

涼の友達ということで何度か話したことはあったが、いったい何の用だろうか。

「もしもし、達也くん?」

「あぁ、サキさん。急に申し訳ないね。少し、今から会えたりしないかな。」

「涼に関係することかな。」

「うん。少し話を聞きたくて。あと伝えたいこともあって。」

私は別れた元彼の話など聞きたくない、と言いたかったがまだ心に残るもやもやとしたものをなくしたくて、私は達也と会うことにした。


私の家に近い喫茶店まで来てくれるようなので、私はそこで珈琲を飲みながら待った。

そういえば涼、珈琲好きだったな。

なにかと話をするときはいつも喫茶店に入りお互いのことをよく話し合っていた。

もう、あの頃の涼と私は"過去"なんだな。

「お久しぶりです。サキさん。」

達也はいつのまにか私の前に来ていた。

「お久しぶりです。達也くん。ちょっと考え事をしていて気づかなかった。」

達也は笑って“気にしないで下さい”と言った。

そして達也も珈琲を頼む。

「それで、一応聞かせていただくんですけど涼とは別れたんですよね。」

「えぇ1か月ほど前に別れましたよ。」

達也の頼んだ珈琲がテーブルに置かれる。

私は置かれるのと同時に珈琲を啜り、気持ちを整えた。

「それから涼とは連絡をとられてないんですか。」

「そうですね、連絡は来ていたんですけど返事は別れてから一度もしていません。」

達也は下を向きながらうなずいた。

そして顔を上げ、私の目を見る。

「じゃあ、涼が結婚した話も知らないですよね。」

結婚?あの涼が?

私は無職の彼を支えてきたのに結婚は別の人だっていうの?

「結婚相手は誰なんですか?」

私は動揺するのを抑えて達也の話を聞いた。

「サキさん、本当にごめんなさい。一度サキさんと付き合っている涼を風俗に連れて行ったことがあったんですよ。その時なにか、失敗だった…って言っていて。たぶん相手はその時の風俗の女っぽいんですよね。」

「ぽいって達也くんは知らないの。」

「えぇ、最近あまり連絡がとれなくて。でも、僕のせいでサキさんと涼の仲を壊したんだとしたらこのままにしておけませんし、自分で涼の結婚相手のこと調べたんですよ。そしたらその時の女かもしれないってことが分かって。」

私は達也くんの行動に嬉しさを感じた。私と涼のためにわざわざ調べてくれたことが嬉しかったのだ。

「達也くんありがとう。もう、調べなくていいよ。浮気のことは知っていた。話を切り出したのも私だし、私と涼は別れたのよ。今さらどうこうないよ。」

達也は私をじっと見た。

「サキさん。こんなお話してすいませんでした。僕はまだもう少し涼のこと見ておきます。」

そう言って達也は会計を済ませ、喫茶店を出ていった。

“涼のことを見ておく”というのは友達としてだろうか

それとも私に対する罪悪感からだろうか。

私には分からなかった。

けれど、達也くんの話が聞けて、達也くんの行動を聞いて私の心は少し、すっきりした気がした。

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