最終章 生活
咲歩と僕は結婚をした。
それは婚姻届を役所に届けるというあっけないものだったけれど1つきちんとした道に僕は進むことができたのだと感じることができた。
咲歩も同じ気持ちなのか、婚姻届を届けてすぐに仕事であった風俗を辞めた。
そして僕と彼女が住むアパートをすぐに探し始めた。
もちろん僕の収入ではあまりいい部屋には住めないのでせめて手洗いとお風呂が別にある部屋をと、少し駅から離れた2DKの部屋を借りた。
彼女は専業主婦となり、僕のあまり多くない収入の中きちんとやりくりしてくれていた。
仕事を辞め、ほとんどは家で過ごすようになった彼女だが、それでもたまに彼女は僕に何も言わずに出かけることがあった。
プライベートなことに詮索を入れては、ただでさえ家の中での主婦仕事で大変なのに窮屈に感じるだろうと思い、気になることもあったが何も彼女には詮索をしなかった。
「咲歩、何か不満に思うことはないかい?」
僕は休日の昼間、せっせとベランダにある洗濯物を取り込む咲歩に話しかけた。
「そうね、かばんとかヒールとか新しいものを買いたいわね。まぁ今の収入じゃ所詮安物のヒールとかばんだね。」
彼女は僕に痛いとこをいつもと変わらずついてくる。
「ごめんな、咲歩。」
「そんな貧乏で不幸せみたいな言い方はやめてよね。私の頭はまだ貧乏思考じゃないわ。戦闘的思考でいなくちゃお金は逃げていくわよ。」
そういって持っている洗濯物を力いっぱい僕の方にはたいてきた。
「やめろよ、痛いじゃないか。」
彼女はふふっと僕の方をみて笑った。
僕もその笑顔につられて笑った。
それから5年後。
咲歩は急な心臓発作で亡くなった。
僕が仕事から家に帰ってくると彼女はキッチンで倒れていた。
周りは荒れている様子はなく、
僕は彼女のいたずらか、それとも余程疲れていたのだろうとその光景をみて思い込ませたが
彼女に恐る恐る寄っていき、彼女の手の脈を触るとその血管は何のリズムも刻んではいなかった。
僕は何度も強く脈の部分を握ったが反応はなく
ただ、元に戻らない、僕のにぎった跡だけが彼女の手首についていた。
僕は泣くこともなく、表情とは何かを忘れてしまったかのように何も動かなかった。
ただ、床にへたりこみ彼女の動かない姿を見ていた。
カーテンから彼女に差し込む夕日は、彼女を僕から天界にさらっていくように思えた。
それから、少しして僕は彼女の遺品整理を始めた。
少しでも彼女の面影を見たくて、何かないかと探すためだった。
しかし、このアパートに引っ越して彼女が持ってきたのは数枚の服やかばん、靴など衣服類だけでこれといったものはなかった。
服も思い出の1つというが、買い替えることが多い咲歩の服にはあまりこれといった思い出もなく、1度も来たことがないんじゃないかと思えるくらい見覚えのあるものは少なかった。
咲歩の衣服類については置いておいても仕方なかったので用意していた透明のごみ袋に詰め込んでいった。
箪笥の中にどんどん隙間ができてくる。
そして咲歩の服を全部袋に入れると、箪笥の中はほとんど何もなくなり、僕の薄いティーシャツなどの服が自由に倒れているだけだった。
「この箪笥も処分しなきゃな。」
靴箱もヒールで埋め尽くされていたが僕のたった2足の靴だけになってしまった。
咲歩の物はあまりなかったので、部屋全体として見れば、あまり変わった所はなかった。
咲歩と暮らしていた、たった5年の生活が今にもこの家に照らせそうだったが僕は思い出そうとはしなかった。
整理にも一息ついたので、僕はカップラーメンを食べることにした。
キッチンに立ち、お湯を沸かそうとする。
するとキッチンにあるちょっとした物置にスマホが置かれていた。
そのスマホは咲歩のものだった。
僕はお湯を沸かすのを止め、スマホをとった。
物置にあった調味料を流し台に落としたがそんなことよりも咲歩のスマホの中が見たかった。
スマホの中を見ると、たくさんの連絡先や僕と出かけた際の写真、アプリなどがあったが僕は手にスマホを握ったまま彼女の行動を思い出していた。
彼女が僕に何も言わず出かけて帰ってきた際によく使っていた。木製の小さい引き出しがいくつもある物入れ。あそこには何があるんだろう。
僕は持っていたスマホを床に落とし、寝室に走った。
寝室の引き戸を開け、部屋の端にある物入れの引き出しを乱雑に開けた、そこには何かのメモや化粧品などがあったがそんなものはどうでもよかった。
そしてある引き出しの中に少し大きめの缶があった。
その缶は古いものなのか、昔やっていたアニメのキャラクター達が幸せそうに羽を広げて飛び回っている絵が全面に描かれていた。
僕はその缶に望みをかけて開いてみる。
そこには一台のスマホが入っていた。
それ以外には何もない。
僕はそのスマホを缶から取り出し、スマホの中を見る。
その中身は以前に見たことがあった。
連絡先はない、アプリにもデータはない、ただ…
ぼくは写真フォルダを開く。
そこにはたくさんの咲歩の姿があった。
「あぁ彼女の面影があった。」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます