28日 金曜日
僕は仮病を使い、仕事を休んだ。
そして僕はシャワーを浴び、昨日から来ている服から新しい服に着替える。
思った通り、家にサキは帰ってきていなかった。
家を出る準備をした僕は咲歩にメールで“今から行くね”とだけ連絡をして、家を出た。
家を出るとアスファルトの上は雨が降ったのか、水が張り巡らされていて太陽の光できらきらと反射していた。しかし、空は依然として快晴であった。
今日がもし、昨日だったらまた違う状態になっていたのか。
もちろん違う状態とはサキとの関係のことだ。
サキは今どこにいるのだろうか。
そんなことを考えながら僕はいつもの喫茶店に向かっていた。
喫茶店の近くまで来ると、咲歩の姿が車道をまたいで見えた。
咲歩はこっちに来るようだったので少し信号下の歩道で待つことにした。
信号がちかちかとして赤になってしまった。
向かいの歩道の信号下にまで来た咲歩は僕の姿に気づいたようだ。
僕は手を少し上げて挨拶をする。
咲歩も同じく手を少し上げた。
信号が青になるとヒールをはいた彼女はこつこつと音を立てながら近づいてくる。
そして僕の前までくると彼女は僕の手を掴んだ。
僕は昨日のこともあり、手を払うべきなのかとも思ったが彼女の手を離すことは出来なかった。
手を離したら彼女まで失う気がしたからだ。
「じゃあ、喫茶店に向かうね。」
僕は彼女の手を引っ張り喫茶店に向かった。
“チャリン”
扉についた鈴の音を鳴らし、中に入る。
以前まで無精髭をはやしたおじさんは髭をすべて剃り、とてもきれいな顔になっていた。
「おじさん、なんか変わりましたね。」
「あぁ、やはり身だしなみは大切だと思ってね。」
と言って、おじさんはわははと笑って席に案内してくれた。
僕は“大切か…”と昨日のサキとのことを考えていた。
咲歩は僕の異変に気付いたのか“大丈夫?”と尋ねてきたので僕は我に返り“大丈夫だよ”と返事をした。
「で、今日はどういった事情で会いたいって思ったの。」
咲歩は冷静に僕の話を聞く体制に持ってきた。
「君との関係を改めたくてね。世間的な浮気としての君じゃなくて…」
彼女は口を閉じたままだった。
「つまり、君のことがもっと知りたいんだよ。」
彼女は少し溜息をついて、口を開いた。
「私と付き合う時、あなたは彼女がいても罪悪感なく私と付き合えると言ったわ。」
僕はその時のことは鮮明に覚えていた。
「あぁそうだね。」
「でも今は罪悪感を感じていて、私か彼女かどちらかを選ぶということかしら。」
僕は何とも言えなかった。
「彼女とはそんなにも格の高いものかしら。」
僕はその質問にはすぐに答えることができた。
「いいや、そんなことはないよ。」
「じゃあいいじゃない。今のままで。」
僕は昨日あったことを話すことにした。
「実は、サキに君のことがばれてしまっていたようなんだ。それで、もうサキには会えないかもしれない。」
彼女は僕とサキの現状を知っても、依然と平然な様子だった。
「そっか。じゃあこの際結婚しちゃう?」
僕は彼女の突発的な言葉にイスを後ろにのけぞらせてしまった。
イスの足の鈍い音が店内に響く。
「それは、冗談かい?」
「いいえ、私はいつだって真面目よ。」
彼女の表情は変化が少なく何を考えているか分からない。
「僕は君とサキの違いについて知りたいんだ。結婚はその後だよ。」
彼女はふふっと笑った。今日初めての表情の変化だった。
「なにがおかしいんだい。」
「おかしくはないわ。私は分かるわよ。私とサキさんの違い。」
僕は彼女の目を見つめた。僕が分からなかったことを咲歩は教えてくれるんだと望みを持てたからだ。
「聞かせてくれ、咲歩。」
咲歩は笑っていた口を閉じ、話し始めた。
「私が思うにね、私とサキさんの断然的な違いはまずあなたといる期間よ。
私とあなたはまだあってからそんなにたたないわ。でも、サキさんとあなたはそうじゃないでしょ。ってことは同時に2人の思い出もたくさんあるし、約束事だってあるはずよ。
そうするとどうなる?
あなたはきっとサキさんとの生活に慣れてくるはずよ。
約束事によって軽い束縛状態にもなる。
そしてサキさんは必然的にあなたの生活の一部になるのよ。もちろんサキさんにある魅力的違い、性格の違いもあるでしょうけど、あなたがまだ分かっていないのは“慣れ”の部分じゃないかしら。」
僕の分からなかったことはサキへの“慣れ”なのか。しかし、まだ僕は納得がいっていなかった。
サキは大学時代、“守る”という生きる活力をくれた大事な人だ。それ以来僕とサキは1つだったのだ。それを容易く崩してしまうことは大事な心のダイヤを壊してしまうことと同じなのではと感じていたからだ。サキを守ることは単なる約束ではなく、僕の生きる活力であり、任務なのではないか。
僕は咲歩に尋ねてみたくなった。
「咲歩、1つ質問していいかな。」
「えぇいいわよ。」
「咲歩が生きている理由はなにかな。」
彼女は僕を見ながら少しの間考え、口を開けた。
「私が生きている理由は知らないわ。今を楽しむために生きているのよ。
だから、あなたといるのも生きている理由かな。」
彼女の言葉を聞き、あぁ僕はサキとの過去の約束にとらわれていたんだなと感じた。
もちろん、サキといる時間は楽しかった。しかし、約束にとらわれていた自分がいけなかった。
そんなものは関係なく、サキと自由に楽しめばよかったのだ。
「涼、今あなたが楽しいって思えるのはどんな時?」
ただ、彼女のその質問には答えることができなかった。やはり、今、大切なのはサキであり咲歩は一緒にいたい人だ。その間に何の違いがあるのかは分からないがそれが正しいのだと僕の脳内は認めていた。
しかし、今、一緒にいたい人は…
「咲歩、結婚しようか。」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます