27日 木曜日ー2
僕達は大学を卒業してから初めてこの海を訪れた。
海にはあの頃と変わらず人はいなかった。
「変わらないね、この海」
僕は海を眺めながらサキに言った。
「そうだね、綺麗だね。」
そして砂場にサキが持ってきてくれた茣蓙を敷いて座った。
まだ昼間の海は、人間が泳ぎたくなるように光をキラキラと反射させていたが
この海は石がごつごつしていて泳ぐことはできない。
「サキ、どうして急にこの海に来ようと思ったんだい。」
サキは海をぼーと見ていた。
「サキ、聞いているかい。なにか考えていることがあるのかい?」
サキは海を見ながら口を開いた。
「久しぶりにお互いのこと話したいと思ってさ。最近どう?新しい仕事とか。」
「そうだね。仕事は順調だよ。単調な仕事だから疲れは出るけどね。」
そういって僕は苦笑いをした。
「そっか。大変だね。私も頑張らなきゃだね。」
そういうサキの目はなんだか元気がないようだった。
「サキ、他に言いたいことがあるんじゃないか。」
サキは僕の方を向いた。
「私、あなたに守られているかな。」
僕は彼女の目を見てすぐに返した。
「僕はサキを今もできるだけ守っているつもりだし、これからもずっと守るつもりだよ。」
サキの目は元気がないままだった。
「私はなんだか守られている気がしないわ。」
海からの風が僕とサキの間を通っていく。
「それはなぜだい。」
「あなたが、他の女性に気を寄せているからかな。」
サキが僕の浮気に気づいているとは思っていなかったがその言葉を聞いてもあまり驚くことはなかった。
なぜなら僕はサキが大好きだからだ。
「サキ、たしかに僕は他の女性と会ってはいたけれど君以上に大切だと思う人はいないよ。」
普通ならここで怒られたり泣かれたりするものだがサキはにこやかに僕の方を見た。
「涼ならそう言ってくれると思った。でもね、私を守ってくれる人は私との思い出だけで十分なはずでしょ。」
僕はサキの顔をじっと見たまま話しを聞いた。
「私はね、涼と過ごす何もない日常が楽しいのよ。決して恋愛物語のような展開やなにかがあるわけではないけれどもただ涼のそばにいる女性でありたかった。」
サキは悲しそうな顔をして僕の方を見る。
「あなたの生きている意味は?」
僕は声がつまった。僕はサキと付き合ってからサキを守るために生きていたのに
そこらの人間と同じように私利私欲のまま知らぬ間に生きてしまっていたからだ。
「僕は・・・
僕のために生きているのかもしれない。」
僕はそう声に出してから口をぐっとつぐんだ。
自分の不格好な生き方にサキへの申し訳なさと自分自身に恥じらいを感じたからだ。
僕は目を見開いて彼女がなんと言ってくれるのか次の言葉を待った。
「君はただの男になってしまったのね。」
そういってサキは立ち上がった。
「サキ、僕は自分の欲を見てしまったよ。でも、僕の大切な人はサキだけだ。
それだけは分かってほしい。」
「私はいったい君にとっての何?」
僕はその言葉には何も答えることができなかった。
サキは海へ向かうように歩いていく。
僕はただその後ろ姿を見ていた。
海と彼女が写るその景色は
大学時代に見た幸せの輝きはなく、ただ波の音も聞こえないような静寂の中の暗闇が広がっていた。
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