僕と咲歩 1ー2

僕は仕事を終え、サキに少し遅くなることを連絡してから咲歩に会った。

「おまたせ。待ったかな。」

咲歩は待ち合わせ場所に先に着いていたようだ。

「いいえ。早くどこかでゆっくりしましょ。」

そういって僕たちはホテルにいくことにした。

ホテルに入ると彼女は決まってシャワーにいつの間にか入ってしまう。

「たまには一緒に入るのはだめなのかい。」

彼女は少しためらい嫌だと言って入ってしまった。

僕はなぜだろうと考えながら部屋にあるテレビをつけ、適当にお笑いなんかを見て待っていた。

「お待たせ。涼も入ってきなよ。」

そういってふわりとしたローブを纏った彼女はベッドに沈むように座った。

僕はそんな彼女の横に歩み、抱きしめる。

「シャワーに入らないの?」

僕は何も答えず彼女を抱きしめた。

そうすると彼女は少しずつ僕を抱きしめてきた。

なぜだかこうしているとおちつく。

1日の疲れがすべてなくなり浄化されるような気持ちだ。

「咲歩は不思議な力を持っているね。」

「不思議な力ってなによ。」

「僕を柔らかい場所に連れていってくれる魔法かな。」

「いつからそんなメルヘンな男になったのよ。」

彼女は僕の頭を“とん”とたたいた。

「今日はこれだけでいいよ。このままいよう。」

そういって僕と彼女は横になって、ただ抱きしめあった。

それだけで僕にとっては十分だったのだ。




そうして時間がゆっくりと流れていった。

時間を見られるものは手に届く範囲に置いていなかったので、僕たちは時間の流れを知らずにただその空間で感情のみを頼りに呼吸をしていた。

「私達ってどういう関係なんだろうね。」

咲歩は静かな声でそうささやいた。

「君がそんなことをいうとは思わなかったな。僕は大切な彼女だと思っているよ。」

彼女は少し間を置いた。

「なんだか、あなたと付き合っている間に私、人間になったのかもしれない。」

そうして彼女は僕のシャツを強くつかむ。

「君は出会った頃から人間じゃないか。最初こそ変わってはいたけれどね。」

「そうかな。」

彼女は少し嬉しそうに下を向いてはにかんだ。


それから彼女とは会話を楽しんだ。

最近の仕事での不満や愚痴、変わったご飯屋が近くにできたことなどたわいもない話をただ、

彼女とこのまま離れるのが嫌で話し続けた。

もちろん彼女にそんなことは言わず、彼女が楽しくなるように機転も上手く働かせながら話す。

彼女は僕の話に合わせるようにいろいろな表情に変容させてくる。

その表情はより僕に、彼女を離すことを許さないように締め付ける。

その“締め付け”が妙に気持ちが良い。

「そうなんだよ。あ、少しトイレに行ってくるね。」

僕は話に区切りをつけてトイレに行った。

“今日は仕事仲間と飲みに行っていたら終電を逃してしまったよ。帰れそうにないから気にせず寝ていてね。おやすみ。”

僕はメールでサキに連絡をした。

このまま出て行っては不自然なのでトイレの流しボタンを押す。

水の流れと共に僕の頭の中はサキから咲歩に切り替わる。

トイレを出ると彼女は前を向いて何かを考えているのかじっとベッドに座っていた。

「おまたせ。元気ないのかい。」

「そんなことないよ、ただ考えていただけよ。」

そういって立っている僕を抱きしめる。

僕の腰あたりにいる彼女はなんだかいつも見る彼女とは違い、か弱く見える。

なぜか抱きしめ返そうとは思えず彼女の手を優しく払い、そのままベッドに入り横になった。



「どうかしたの。」

僕は特に何も言わずそのまま眠りについた。

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