第3章 不思議な女性

外にでると、太陽の光が僕の目を眩ませた。少しの間視界が暗かったがしばらくすると目の前に広がるいつもの街があった。

老夫婦が買い物袋を持って家路を歩いている。長年一緒にいるであろう2人はなにやらクスクス笑いながら会話を楽しんでいる。他にも学校に向かう大学生がいたり、散歩をしている人もいる。いつもの日常だ。


僕は家の近くから少し離れた郊外にいくことにしていた。近くの駅から電車で普通列車に乗った。郊外に向かう電車ということもあって中はやんわり混んでいた。それでも席はところどころぽつんぽつんと空いていたので僕はその一つの席に座った。

向かいの窓に映る走馬灯のように通り過ぎていく景色を僕は何も考えずただぼーっと見ていた。すると向かい側に座る女性と目があった。僕は目が合わないように見る窓をその隣に変えた。

しかしその女性はまだ僕の方を見ているようであった。さっきのはたまたま目があったのだろう。しかし、なぜまだ僕のことを見るんだ。知り合いでもないだろうし、僕ははやく駅に着かないかなと思いながら目は窓を見ていた。

そして長く感じた2駅を通過し、目的の駅についたので僕はその女性を見ないようにしながらそそくさと電車を降りた。

後ろを見るとその女性も席を立ち、電車を降りていた。僕はそのまま見ていたがその女性は僕を過ぎてそのままどこかへといってしまった。

なんだかじろじろ女性をみてしまって、僕がストーカーみたいになってしまった。すぐ周りを見てみたが誰も僕のことを見ていなかったようなのでほっとした。

ストーカーなんてことで警察に連れていかれたらどうサキに無実を説明すればいいのか分からない。女性をじろじろ見てしまったのは本当であるし。僕はこれからは気をつけようと思いながら近くにあったカフェでモーニングを食べようと入った。



カフェに入ると僕はコーヒーとビーフが入ったサンドイッチを頼んだ。

僕は料理を待っている間、かばんに入れていた小説を無造作に取り出して、エンジェルの羽をモチーフにしてある金色の切り紙のようなしおりを挟んでいるページを開いた。


「事物を記述するとは、あるいは事物を説明するとは、名前ないし名称を組み合わせて作り出されるもの。概念も同様にそうである。


組み合わせられる言葉が多ければ多いほど個人による思考、性格が入る。

そしてその様な状態で人間はコミュニティを築く。そしてそれは時折新しい概念を構築しうる。」


僕の前にコトンとコーヒーとサンドイッチが置かれた。

店員は軽くお辞儀をして去っていった。

コーヒーの香りが辺りに立ち込める。少し遅いけれどやっとのモーニングだ。

僕はコーヒーを一口啜ってソーサー《受け皿》の上に戻し、片手を水分の多いレタスやトマト、そしてビーフがはみ出たサンドイッチに持っていく。

そして持ち上げた瞬間、目の前から声が聞こえた。

僕はサンドイッチに向いた目線を上に向けた。

そこには電車で見かけた髪の長い女性がいた。


彼女はためらいなく僕の前の席に座る。

やっぱりストーカーか。としてもカフェにまでくるなんて…今日が初めての出会いなのか?今までにも出会ったことがあるんだろうか。

しかし僕はバイトでは厨房で男だらけの場所で働いているし、特に最近女性と話した記憶はサキ以外にはない。僕は内心しどろもどろにながらも前に座る女性を見ていた。

その女性も僕の目をじっと見ている。

不穏な静寂がぽつぽつと流れた。

僕はずっとつかんだままのサンドイッチをとりあえず口に運んだ。

彼女はいつのまにか頼んでいたコーヒーを少しずつ一定の間隔をもって啜っていた。

なにも話さず、目線は下を向いていたがお互いただ椅子に座っていた。


僕はよく分からない時を破るように一言、あなたは誰ですか?と声が裏返らないように丁寧な音使いで聞いた。


彼女は珈琲を啜ると小さな口を開いた。

「あなたには口がないのかと思った。私、あなたのことが気になるわ。」

そう言って彼女はまた目線を僕の目に注ぐのだった。

「僕が聞きたいのは君が誰かってことだよ。急に気になると言われて僕は何をしたらいいんだい?」

彼女は目を細め目尻から流れるような線を無造作に並べ、にっこりと口を動かして言った。

「私は"あなたのことが気になる一人の女性"よ。それとも名前が知りたい?それともここに私がいる理由をしりたい?そんなことよりこれからどうするかが重要でしょ?」

僕はここにいて彼女と話していても意味がないと思い。席を立った。

彼女も立つかと思ったけれど椅子に座ったままであった。

「僕は君になにもできないよ。他の男の人でも探してくれ。」

そう言って二人分のお会計を済ませカフェを出た。

窓越しに店内にいる彼女を見るとまだコーヒーを啜っていた。


なんだかよく分からない女性。

娼婦しょうふか?それとも本当に僕のことを気になったのか?なににしてもこの辺も治安が悪くなったのかもな。


そんなことを思いながら時計を見るとまだ13時であった。

バイトまでは2時間ある。

雑貨や薬局なんかもあるしぶらぶらするかと、建物に見下されているような一本道を歩いた。

平日なので若い子は少ないがそれでも街は賑わっていた。

そんな中、若い女性が向かいからやってくると目が合った。

僕は嫌な感じにとらえられてしまったのではと思うほど、あからさまに目線を逸らしてしまった。

さっきのおかしな女性のせいで敏感になってしまったようだ。

僕はあの女性を思い出したことで嫌な気持ちになりながらも近くの薬局に入った。

するとバイトでの唯一の友達である達也がいた。


「達也、偶然だな。」

達也はシャンプーが欲しいようで裏に書いてある成分表示をあれやこれやと見ていた。しかし僕に呼びかけられるとすぐに振り返った。急に声をかけられたことで少しびっくりしている様子だ。

「あぁ、涼。今日もバイトか?ん、なんだか忌まわしい顔してるけど俺なんかしたか?」

僕は達也にそう言われ自分の眉間あたりをさわった。いつのまにか無意識的に眉間に険しく山型となった皮膚があった。一番に考えたこととは、あぁサキにはこんな顔見せられないな。ということであった。見せてしまったら驚き心配するだろう。僕の平凡ないつも変わらない顔しかサキは見ていないんだから。

達也は僕の返事などどうでもいいようにシャンプーをあさっていた。

「そんなにシャンプーで悩むことなんてあるかい?」

達也は目線を棚に向けたまま答える。

「シャンプーって同じように見えるけど沢山の種類があるんだ。美容成分が違っていたり、配合も全然違っていたり、それで自分の髪質なんかにあったものを探すんだよ。でもね、自分の髪質も変わるから結局正解なんてなくて全部が正解なんだよね。

いや、全部とまではいかないな。

よく使うもの、気になるもの、すきじゃないもの、があるからね。」

そういってやっと1つのシャンプーを手に取った。

「それはちなみになんなんだい?」

達也は目線を僕に向けて答える。

「これは、気になるものさ。今回は少し試してみるよ。」

そういって少し嬉しそうにレジの方へと行ってしまった。

僕は、前から買おうか悩んでいたシャンプーを、少し荒れた棚から1つ手に取った。

そして裏に書いてある成分表示を見てから、そのままレジへと向かった。

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