序章 2節

 以来、幼い戦神を戴く天音あまね家は、飛ぶ鳥を落とす勢いで版図を拡大していった。

 負けていったミコトたちの名誉のために付記するが、彼らは決して弱かったわけではない。昔よりも決闘が行われず、実戦経験が損なわれていた、という理由もあるが、それは経験の浅い揺波と比べる際に持ち出す要素ではない。揺波ゆりな自身が、彼らより相対的に強かった。ただそれだけのことだ。

 手元に桜が増えれば増えるほど、決闘を取り付ける材料になる。真偽の定かでない強い新手のミコトの情報は十分に伝わりきっておらず、政は得手としていた父・時忠によって次々と桜花決闘おうかけっとうが成立し、天音の下へと桜が集まっていった。

「おぉ、揺波。こっちへ来なさい」

 ニコニコと上機嫌な時忠の様子を廊下から窺っていた彼女が、呼ばれるままに傍で膝を折る。

 手近な桜がなくなったために、揺波はしばしば遠征に繰り出すようになっていた。一方の父親は今までが嘘のような忙しさで政務に追われており、昨日凱旋したというのに声を掛ける機会を失っていたのだった。

 彼が私室で広げていたのは、この地の地図。

 天音家のある岩切地方は、ほぼ中央で左右に小さく広がるように位置しており、海路が発達するまでは東西南北どこへでも行ける要所であった。

「くく……聞いているぞ。今回もよくやった!」

「ありがとう、ございます」

 曖昧に礼を述べる揺波。

 戦場では怜悧な顔を見せる彼女も、刀がなければただの少女。戦うことにだけ全力を賭し、日々の鍛錬、そして決闘において十二分に力を注ぐために、それ以外の部分に注力することはない。名家の娘としては礼儀作法もいまいちであるが、それを補って余りある成果が今まさに生まれ続けているために、誰も注文をつけたりしない。元より、もはや天音家が彼女に与えられるのは、決闘に関する座学と決闘そのものの機会だけで、武の師も彼女自身とあっては口出しできるはずもない。

「まさか、生きているうちに十を超える桜を治める日が来るとは思わなかったよ。それもこれも、揺波のおかげだ」

「でも、儀礼が増えてちょっと大変です」

「仕方ない、嬉しい悲鳴というやつだな。がはは!」

 神座桜とその奉土の主であるためには、証である桜鈴さくらすずを譲渡してもらわなければならない。桜を守護するミコトとして揺波が表立って受け取ることになるが、裏では時忠も当主としてやらなければならないことが山積みになっているはずだった。けれど、彼は揺波の初陣からこちら、ずっとこの調子なのである。

 ただ、揺波にとって、譲渡の儀礼を手間としか思っていないのは本音であった。決闘の結果より先に興味がないのだ。

 勝利の結果として父親の気分がよくなったとしても、少し嬉しい程度のこと。

「…………」

 ろくに見方も覚えていない地図を、揺波は漠然と眺める。謀の分からない彼女が視線を注いでいるのは、父親が勢力拡大について――決闘について考えるのに、度々それを眺めていたから。

 揺波の関心は、ただ父親が用意してくれる次の決闘にしか向いていなかった。

「揺波。可愛い揺波。私は、揺波だったらなんだってやれると思っている。だからこうして、さらに前に進むために、天音をもっと興すために、未来のことを考えていたんだよ」

「誰と決闘するか、ですか?」

「そ、そうだとも。私は揺波の勝利を信じているから、おまえを戦わせているんだよ。……この辺りの連中はみーんな蹴散らした。これから行く場所にも名の通ったミコトはいない。間違いなく、おまえは勝つ」

 顔が、綻んだ。

 存在理由を認めてくれるその言葉だけが、揺波へ響く。

 戦うための存在として育てられてきた揺波にとって、家のための勝利をその手で実現する舞台たる桜花決闘は、まさしく生きる理由そのものだ。長らく父親の夢物語でしかなかったそれが、どんどん結実していく今、揺波は決闘の中にはっきりと己の生を見出していたのである。

 故に揺波は、野心を溢れさせている父親が、決闘の場をまた用意してくれるという事実にただただ喜んでいた。

「さあ、次はここだ。北の地は、これで天音のもの……揺波、できるな?」

「はいっ!」

 時忠が指したのは、この大地の北端とその一帯。南部には龍ノ宮たつのみや家や瑞泉ずいせん家、西には古鷹こだか家や詳細の知れない忍の里など、強力な大家や集団が控えている中、有力者の少ない北へと侵攻していった彼の判断はある意味的確だったと言える。

 そして、彼の描いた版図拡大の道筋は、いよいよ果てへと手が届こうとしていた。

 北限への玄関口・御冬みふゆの里へと。



「道端のほうは滑りにくいですよ、ほらほら!」

 雪道で、年相応にはしゃぐ少女の姿は微笑ましいものでしかない。

 雪中の行軍であり、しかも馬があるというのに、わざわざ履物を雪で濡らすような真似に、伴った世話係が呆れ顔を返す。

 踏み固められていない道の端を興味深そうに駆け回る揺波の足袋は、もうずぶ濡れであった。雲の影すら見受けられない快晴とあっては、あっという間にそうなってしまうのは道理である。

 ただ、替えの足袋の心配をする二名の世話係は、天音揺波というミコトのことを理解していなかった。彼女は遊んでいるわけではなく、経験したことのない酷い雪の上での足運びを確かめている……そんな真実には気づかない。

 揺波の初陣から、およそ三ヶ月が経とうとしていた。

 一切苦戦することなく、思惑通りに桜を手に入れていった揺波は、長い旅程の終わりに、予定通り雪国に足を踏み入れていた。

 年中雪に覆われるこの御冬の里は、この地における北の果ての集落である。本当はさらに北に土地が存在するが、そこは氷雪を象徴するメガミ・コルヌが住まう極寒の地であり、人の営みは存在しない。故に、この里が事実上の北端に相当する。

 昨日より里に入っていた一行は、一泊の後、決闘の舞台たる神座桜の下へと辿り着く。

 小高い丘の上、雪の中にあって桜は毅然とそびえており、結晶の花びらに雪が白く積もっていようとも枝がしなだれることはない。雪解けの水滴の中で桜花結晶の淡い光が乱れ散り、目を焼くような雪景色にあってさえ、力を示すようにそこにあった。

「きれい……」

 戦いしか頭にない揺波であっても、メガミ、そして桜と親しいミコトとしての本能を呼び覚まされたのか、しばし惚けるように見とれていた。

 けれど、後から追いついてきた天音の者たちの足音で現実に引き戻されると、今度は研ぎ澄まされた揺波の感性が、桜の下にいた『彼女』を捉えた。

 たった一人、揺波たちを待つ者。

氷雨ひさめ細音さいね……と申します」

 舞台に皆出揃ったと見るや、雪のような冷たさを孕んだ声で、その少女はそう名乗った。

 身の丈は揺波よりも一回りか二回りほど高いといったところ。袴の上からでも分かる痩身と相まって大人びて見えるが、その顔にはややあどけなさが残り、年の頃はそう変わらない印象を受ける。

 凛とした居住まいは、まるで氷でできた抜き身の細剣のよう。そして彼女の両の手には、ミコトの証たる結晶が煌めいている。

 しかし、最も揺波たちを驚かせたのは、その瞳が光を映していなかったこと。

 そう、細音は盲目のミコトであった。

「あなたが、今日のわたしの相手ですか……?」

 訊ねる揺波に、細音は驚いたように向き直った。

「……! ひょっとして、あなたがミコトなの?」

「そうですよ。天音揺波です」

 その答えに、僅かにだが頬を緩ませる細音。

 天音の世話係たちは、この盲目の少女が相手であるという事実に動揺していた。揺波を含め、事前に相手と目されるミコトの情報を教えられていたものの、細音は聞いたどのミコトとも違う身なりである。そもそも、同じような年嵩のミコトが現れるなど、天音当代も予想していなかった。

「本日は、この桜の所有者代理として、私がお相手を務めさせていただきます」

 そう言って細音が代理の証明として掲げた桜鈴は、確かにこの桜のものだ。

 桜花決闘は当事者同士の問題解決手段として用いられる以上、互いの家のミコトを差し向けるのが一般的だ。しかしそうしなければならない決まりはなく、彼女のような決闘代行は、身内のミコトが戦えない状態や不在、ひいては力不足と判断された場合にしばしば登場する。

「支度もあるでしょうから、いかほどから始めましょうか」

 見えているかのように、保護者と目した世話係たちに向かって細音は問う。

 だが、それに即答したのは揺波だった。

「いや、要りません」

「え……」

「すぐにやりましょう。わたしなら、大丈夫ですから」

 自信に満ちているようでもなく、さも当然と言わんばかりの返答に、細音は頷く他なかった。

 旅の疲れの色が濃い世話係たちは心配そうだったが、揺波はどの遠征でもおよそこのような調子であった。桜の下においてミコトの気力体力は桜花結晶の力に支えられるため、空元気だというわけではなく、事実に裏打ちされた提案である。とはいえ、元来の活力の凄まじさがあってこそだ。

 神座桜を挟み、両者は対峙する。

 そんな中、細音は唐突に、

「南のほうで暴れ始めた者が攻めてくる」

「……?」

「依頼人はそう言って、桜の命運を私に託しました」

 対抗できるだけの役者としてここに立っている。揺波が諸侯に明確な脅威としてあたられた、これが最初の出来事だった。

「酔狂な者がいるものだと、そのときはそう思ったのですが……メガミと桜に感謝しなければなりません。決闘代行を始めてそれなりに経ちましたが、日々の糧よりも貴重な出会いが今、ここにあるのですから」

「わたしも、あなたが相手でよかったです。せっかくこんな所まで来たんですから」

 お互い、心に熱は持てど、声色は徐々に冷えていく。

 そして始まりの宣誓が、告げられる。

「氷雨細音、我らがヲウカに決闘を」

「天音揺波、我らがヲウカに決闘を」

 桜花結晶を身に宿し、纏い、メガミの力を勧請する。

 使い慣れた刀を抜き払う揺波に対し、その細身に並ぶようにして構えられた細音の得物は薙刀。彼女が宿した水と氷の力の気配は微塵も感じない、質素にして特別なところはなにもない、けれど使い込まれた一本だ。

 盲目であってもはっきりと伝わるだろう揺波が宿す力を前に、しかし細音は一切の恐れも躊躇もなく、刃を天に向けた。

 八相。護りを犠牲に相手を断つ、薙刀で最も攻撃的な構え。

 互いの得物を確かめ合う二人の間に、静寂が降りる。

「……っ!」

 そんな氷のように止まった空間は、地を蹴る音によって動き出した。何を合図にしたわけでもなく、二人は示し合わせたかのように同時に踏み出し、前へ出る。

 雪国の激闘が、ここに幕を開けた。



 一歩、ないしは二歩分の距離。それが、刀と薙刀の間合いの差である。

 手を伸ばせばすぐに縮まるであろうその距離は、刃ひしめき合う決闘の舞台においては絶対的なものとなる。

「はッ!」

 懐へ入ろうとする揺波の動きに、薙刀が振り下ろされる。

 予めそこに置いてあったかのように放たれた斬撃に、揺波の前進は拒絶される。思わず足踏みをしてしまい、そこを狙う次の一撃を察知して、一歩だけ下がる。

 少しだけ、揺波の眉がひそめられる。

 盲目であることが嘘のように、迎撃は的確であった。

 美しく迷いのない太刀筋は、揺波が今まで相手にしてきたどの相手のものよりも正確だ。打ち合うことすら必要なく、たった一度振り下ろされた刃を見ただけで、この戦いが今まで通りにいかないだろうと彼女の直感が告げていた。

「てやァッ!」

「……っ!」

 追撃として大きく横薙ぎに振るわれた薙刀を、辛うじて刀で受け止める。

 だが、揺波のやるべきことは変わらない。

 ただ勝つために、前に出るのみだ。

「ふッ!」

 合わせた刀に力を込め、薙刀の軌道を無理やり明後日の方向へと逸らす。そうして僅かに空いた隙間へ揺波が身を躍らせ、小さく刀を振り上げる。

 細音もそれは想定の範囲内だったようで、急速に引き戻された刃が揺波の肩を捉えた。

 そこにあるのは、揺波を護る結晶たちだ。

「おぉッ!」

 砕け散る盾を見送って、細音の胴を斬りつける。

 しかし、細音もまた同じミコト。桜花結晶は等しく彼女たちの力となる。

 揺波の刃は、自分がまたそうしたように、細音の結晶を砕くだけに終わった。

 後手となった彼女に訪れるのは、隙だ。

「やッ、はぁッ!」

「ぐ……」

 下がりながら、それでいて鋭い細音の連撃が、打ち合わせようとした刀を尽く避け、揺波の身体から結晶の成れの果てを吐き出させていく。その精緻さは、一太刀ごとに彼女が集中力を高めていっているようでもある。

 細音が捉えたものは全て断ち切られる、不可視の領域。

 立ち入れば、なます切りにされた上で追い出される、細音の支配圏。

 初陣で相手にしたミコトのように、後の先を得意とする者は何度か相手にしたことがあった。けれど、彼らの最も大きな圧力は腕力だ。障害を乗り越えた先に、暴力が待っている――そんな戦法を前にして、揺波は一度その身で攻撃を受けた上で、さらに前に出る解決を図っていた。

 細音の圧力は、技だ。

 一度受けきってしまえば、撹乱する揺波を捉えきれない腕力だけのミコトとは違い、受けられてもなお臨機応変に斬撃を繰り出してくる細音が相手では、払う犠牲が多くなりすぎる。

 細音自身もまた、それを理解した上で、後の先を戦術の中核に据えているはずだった。

 だからこそ、

「……!?」

 それでもなお飛び込んでいく揺波に、細音の顔に動揺の色が浮かぶ。

 揺波は斬撃の雨に怯むことなく、その身体から護りを吹き散らしながら、噛み付くように刀を振り下ろした。

「あぁッ!」

「っ……」

 一閃された胸元から溢れる桜吹雪は、揺波の払った代償に比べたら小さなものだ。

 そのまま揺波は、細音が力の入らない至近で振るった薙刀と鍔迫り合いを演じながら、ぐいぐいと彼女を押していく。

 一瞬、互いの息遣いだけが場に響く。

 揺波が睨め上げる細音の瞳は、やはり揺波を映すことはない。けれど、意思は確かに交差しているのだと、微かに歪んだ口端が示していた。

「ぐぅっ……!」

「……!」

 膠着状態を破ったのは揺波だ。薙刀を払い除け、大上段に刀を振り上げる。

 しかし、刀が振るえる位置というのは、薙刀を振り落とせる位置ということでもある。短く持ったそれを盾に使っても構わない。揺波が望んで組み合ったにもかかわらず、離れるときには一方的に不利であった。

 細音が選んだのは、護りの少なくなってきた揺波の頭に刃を叩き込むこと。

 一拍にも満たない間に下された両者の決断。

 分は、揺波にあった。

「な……!」

 彼女は刀を振り上げたまま、一寸足らずの距離で細音の刃をやり過ごした。

 相打ちする覚悟などではなく、細音がきちんと隙に合わせて打ち込んでくれると信じ、即座に攻撃に移らなかったのである。

「やあぁッ!」

 肩口からの、大胆な袈裟斬り。盾を取り戻さずにいた細音がまともにそれを受ける。

 続いての二撃目は、引き戻した薙刀の柄で防がれてしまうものの、さらに手首を返しての細かな一刀が相手の腕を傷つけた。

「ぐぅ……!」

 たまらず薙ぎ払ってきた細音に、揺波もこれ以上の連撃は不可能と判断したのか、刀を盾としながら細音が後退していく様を見送っていた。

 一気呵成に勝負を決めてしまうには、結晶が心許ない。猛烈な攻めは、猛烈な返しを相手にしては慎重にならざるを得ない。必要経費を支払って傷を与えてきたのだとしても、勝負を決めるために経費を払って先に結晶が尽きてしまったら元も子もない。

 しかし、それでいて細音には依然近寄り難い。揺波の間合いに再び入るまで、同じような打ち合いが行われたとしたら、敗北するのは揺波であった。

 このままでは、勝つことができない。

 自分の存在意義を、果たせない。

「さあ……どうしますか?」

 純粋に、揺波の出方が楽しみといったように、細音は問う。

 それに揺波は、細音を見据えたまま、深く息を吐く。迷いが、白い吐息となって銀世界に消えていくようだ。

 その直後だ。

 揺波は、前に一歩踏み出すと同時、空いた手を袖に突っ込んだ。

 目の見えない細音にその様子は判然としないようで、次の行動にもまた、疑念を呈するのみだ。

「何を――」

 ぱらぱら、と。

 雪と混じり合った地面に、指先大ほどの黒くて丸い何かがばら撒かれる。

 揺波の手から放たれたそれは、メガミの力を借りたものでもなんでもない。近づかれたくないのは揺波のほうである以上、撒菱もありえない。

 ……故に、細音は一切身構えることができなかったのである。

 八相に構え、迎撃態勢を整えた細音に対し、揺波は自分で撒いたそれの上を、刀を下段に構えたまま躊躇なく走り抜けようとする。

 そして、彼女の足が、それを踏み潰した。

 パァン! と。

 桜の下に、破裂音が鳴り響いた。

「あ、が……!」

 突然のことに立会人たちもどよめくが、一番狼狽えることになったのは細音だ。決闘中にもかかわらず、思わず片手で耳を押さえているほどだ。

 そんな彼女めがけて揺波が足を動かすたびに、心臓が飛び上がるような音が連続する。

 癇癪玉。

 およそ刀と薙刀の真剣勝負には似つかわしくない破裂音は、揺波の奥の手によってもたらされたものであった。

 盲人は、代わりに他の感覚を――特に、聴覚を鋭敏とする者が多い。

 揺波の一挙手一投足に集中していた細音にとって、この大きな音は毒そのものだ。

「たあぁぁぁ――」

 刃を閃かせる揺波は、好機とばかりに勢いを強める。

 頭をかき乱された細音は、満足に応じることもできないのだから。

「やあッ!」

 乱れ打った斬撃は、勝利のそのときまで続いた。

 彼女が彼女であるために。



 こうして、無敗を誇った揺波によって、北部地域は天音家に統べられていくこととなる。

 氷雨細音は、快進撃の道中にあって、唯一と言っていいほどに苦戦した相手となる。父親の采配があったにせよ、もはや勢いをつけた揺波を止められる者はいなかった。

 没落した家の下剋上。

 これが、歴史を紐解けばいくらも見つかるような、そんな話で終われば、あるいは英雄を必要とするような動乱が幕を開けることはなかっただろう。

 氷雨細音との決闘は、起こりだ。

 この時点で、既に火はつき始めている。結末に至るいくつもの導火線のうち、これは最も太いものの一つ。縮れた縄の端が燃え始めただけであっても、確かにこの時点でもう火はついていた。

 全ては、戦神が幼く、強かであったため。

 だが、この地が桜降る代に至るまでに――天音揺波が武神たるメガミ・ユリナに至るまでに、必ず辿らなければならない縁の糸だった。

 百戦無敗と渾名される日は想像できても、今の揺波には、全土を巻き込んだ騒乱の未来など予想できようはずもない。

 勝利の先にあるものを、少女はまだ、知らない。


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【書籍試し読み】桜降る代に決闘を 桜降る代の神語り 1 五十嵐月夜/原作・監修:BakaFire/DRAGON NOVELS @dragon-novels

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