鉄影05
[chapter:17]
「本当に、ハルモさんは帰っちゃったんですか?」
「らしいな。自分の役割は半分は終わった、とか言っていたじゃないか」
総理が腕を組み、いまいましげに言う。
「無責任ですよね。そこへ行くと総理の行動力は……」
秘書は運転しながら、バックミラー越しに総理の顔色をうかがう。
「おべんちゃらはいいから、さっさと現場に行ってくれ」
水谷駿平と田辺総理は、秘書の運転する車で、東京再・再開発地域に向かっていた。
後部座席に、駿平と総理が並んで座っている。
総理は、ザ・ジェリーフィッシュと自分が映ったビデオを隠していたことの罪悪感を抑えきれなくなったのか、すぐにでも現場に行きたい、と言い出したのだ。
「現場に行く代わりに、全景が見渡せるかなり遠くで止めますよ」
「何でもいいから、やってくれ」
総理がせかす。
「でもいいんですか? 官邸に詰めていなくて……」
駿平が心配して言う。すると田辺総理は怖い顔になった。
「キミは、有事の際、我々がどんな体勢を取っておくべきか、完璧に知っているのか?」
「い、いえ……」
「ならば黙っているといい。私も、キミが思っているほど衝動的に行動しているわけではないんだよ」
「はい……」
駿平は、うなだれてしまった。
田辺総理は、黙って窓の外を見た。この男、兵隊になってお国のために尽くすんだ、と信じて疑わなかった状況が日本の敗戦によって一変。その後の日本社会をすべて虚構だと思っているフシがある。そんな認識で、今まで勝手気ままに生きてきたとしか駿平には思えないが、鉄影の身を案じる気持ちくらいはあるらしい。
子ども時代に憧れた超人的兵士を、鉄影が体現していることが本当はうらやましいのだろう。そう、駿平は思った。
「着きました、あそこですね」
車の中から秘書の指さす方向を見ると、鉄影は飛びかかっては離れ、飛びかかっては離れ、という敵の攻撃の繰り返しに手を焼いているようだった。戦っているのは、ボルトワンだった。胸の数字で、すぐわかる。
田辺、秘書、駿平は次々と、戦闘が見やすいように車の外に出る。
「おれは、空は飛べないがジャンプ力とパワーは他の二人より自慢でね。おまえの怪力に捕まらなければ、負けるはずがないんだよ!」
どうやらボルトワンは、ボルトスリーよりよほどジャンプ力があるようで、ゆうに二十メートルは飛ぶことができた。鉄影の投げる手裏剣は、当たっても跳ね返されるだけだ。そうなると、空を飛べる鉄影は敵の着地の瞬間を狙うのがいちばんいいのだが、地面すれすれに飛行しようとすると、建機や建物の影からボルトツーが飛び出してきてジャンプ、攻撃してくる。そのジャンプ力はボルトワンと同程度だった。このままだと、タイミングによっては、ボルトワンとボルトツーの二体に、上空と地上で挟み撃ちになりかねない。
かといって、地上戦に移行させようにも、一台の建機がさっきの一台と同じように、壊さなくていい高層ビルを危険な方法で破壊しようとしていた。それを急いで止める必要があるため、戦いの場所を移動することができない。
さらに他の二台の無人建機は、じりじりと鉄影を取り囲むように動きつつあった。どこかでザ・ジェリーフィッシュが建機をコントロールしていることは間違いない。二台の無人建機は、空が飛べる鉄影を完全にキャッチすることはできないが、金属製のアームを振り回せば、ボルトワン、ボルトツーの防御にはなる。それなりの連係プレーだった。
「どうですか、私の考えた作戦は」
ジャンプしながら、ボルトツーが誇らしげに言う。
「ボルトスリーのやつは、バカだからか、私の言うことをまったく理解できませんでね。好き勝手に動いてもらったが、やはり失敗してしまったようです!」
ロボット二体の攻撃は鉄影にはキツかった。下からのジャンプ力を利用した彼らのパンチやキックは、太い鉄の棒で連続して突かれているようなものだ。鉄影の回復力はもちろん超人的なものだが、回復力を上回る攻撃を連続して受けたら、危ないかもしれない。
その攻撃は、彼ら自身が思ったよりも効果をあげた。空中でボルトツーの左フックをもろに浴びた鉄影は、一瞬気が遠くなった。背中のテツカゲ・ロケットは、鉄影の脳波コントロールがなくてもある程度は自律できるのだが、それでも一瞬、フラフラと酔っ払いのような飛行をした。ほんの数秒のことである。
ボルトワンは、その隙を見逃さなかった。パンチを放ったボルトツーが落下するその入れ替わりに、フルパワーで鉄影に向かってジャンプし、体全体を弾丸のように鉄影に叩きつけた。
「ぐぬうっ」
腹部に直接攻撃を食らった鉄影は、背後にある解体中の高層ビル「第七ハマホビル」の壁面に一気に叩きつけられた。
「あっ!」
遠くで見ていた駿平、田辺総理、秘書の三人は同時に声をあげた。車中のラジオから聞こえてくるアナウンサーの中継も、似たような叫び声をあげていた。
鉄影は、ボルトワンの強い力で押され、窓ガラスを突き破ってビルの内部に入り込んでしまう……かと思ったが、ビルの壁面に張り付いたままの状態となった。体当たりしたボトルワンは、鉄影を残して地面に飛び降り、着地する。
そして、ビルの壁面で、強力な電流が鉄影を襲った。
「ぐおーーーーーーっ!」
ビルの壁に張り付けのようになった鉄影が、電気の力で青白く光ってゆく。
「あそこだ! あそこにザ・ジェリーフィッシュがいるんだ!」
駿平が叫んだ。そのとおりだった。強力な電流を浴びている鉄影の周囲に、ぐじゅぐじゅとゼリーのような半透明の物質が大量に湧き出していた。ぜりー状の物質は、鉄影の口当てをひきはがし、口の中に入り込もうとしている。
「やつに体内に入り込まれたら、もう終わりだぞ! ああ、やはり自衛隊を出動させておけばよかった……」
田辺総理が、ヘナヘナと膝から崩れ落ちる。
「それより、あのゼリー状の物体が『テツカゲ・ロケット』の噴射口の中に入り込まれたら、場合によっては爆発しますよ!」
駿平も叫ぶ。
「いえ、爆発を起こしたらザ・ジェリーフィッシュも一緒に吹き飛んでしまいます。おそらく、噴射口の中から自分のゼリー状の体を入り込ませ、エンジンと燃料部分は爆発しないようコーティングしてから、ゆっくりと鉄影を窒息死させる気でしょう」
秘書がえらく冷静な口調で言う。
「そんなことはどうでいいからさあ! だれか鉄影を救える人はいないんですか!?」
どうでもよくないわけがないのだが、混乱して駿平が大声を出す。
現在、駿平、田辺総理、秘書の三人がいるところからは、鉄影のいるビルのところまで、走っていってもとても間に合わない。もちろん、今からでは自衛隊も間に合わない。
「ぐわあーーーーーっ、ごぼっ、ごぼっ」
口の中にどんどん、ゼリー状の物質が入り込んでいる鉄影の顔の左側に、ザ・ジェリーフィッシュの顔だけが浮かび上がった。
「鉄影、直接話すのは初めてだが、おれたちの勝ちだな! おまえが死んだら、せいぜい日本をいい国にしてやるよ」
ザ・ジェリーフィッシュは、強力な電気を発し、白く発光しながら勝利の笑い声をあげた。口の中に、火花が見えた。
解体中のビルの鉄影が「張り付け」になっている窓の階のフロア。
その中には、何もなかった。ただ、ひらべったくなって窓ガラスに張り付いているザ・ジェリーフィッシュの体の一部から、数本の透明な触手が伸びていた。それらは、何もないフロアにポツンと置かれている、何らかの機械に取りついてレバーを動かしボタンを操作している。
「なんだ、トレーラーからコントローラーをとりはずし、ここに持ち込んで建機を動かしていたのか……」
「だれだっ」
ザ・ジェリーフィッシュは、フロア内部に顔を現出させて、怒鳴った。
フロアの出入り口から顔を出したのは、ボルトスリーだった。首と胴体がきちんとくっついておらず、グラグラしている。
「おまえ、動けるのか?」
「なんとかね……ヘヘヘ。ただ胴体の上にちぎれた頭を乗っけてるだけだから、後できちんと直さないと戦闘には参加できないが、こうして様子を見に来たんです。ジャンプなんかしたら頭がすっとんでしまうもんで、階段を上がってきたら時間がかかっちまった。……もうそこに張りついている鉄影は死んでるんでしょうね?」
「いや、まだだ。日本の超人兵士にどこまでいろいろなことの耐性があるかわからないからな。電流攻撃と窒息攻撃で完全に息の根を止めるまで攻めているところだ。もう詰んでいる、少し待て」
ザ・ジェリーフィッシュがいらだたしげに言う。全体作戦に参加することもできず、しかも敗北したボルトスリーを、内心バカにしているのだろう。
「いや、待てないね」
ボトルスリーの頭部の右わきの部分から、突然弾丸が発射された。その弾丸は、ザ・ジェリーフィッシュが触手を使って建機を操っているコントローラーを粉砕してしまう。触手はビクッとして、コントローラーからするすると離れ、窓に張り付いているザ・ジェリーフィッシュと一体化する。
「何をする!?」
ボルトスリーの頭の右側から、拳銃を握った小さな白い手が出てきた。それと同時に、ボルトスリーの黒い金属製の顔がゴワゴワと震えだし、十二歳くらいの女の子の顔に変わった。
「きさまは……だれだ!?」
「うふふ、超人兵士・鉄影の相棒、打出乃ハルモとはあたしのことよ!」
「スーパーヒーローは重火器を嫌うと聞いていたが……」
ザ・ジェリーフィッシュが悔しそうに言う。
「確かにヒーローはね。でもあたしは違うから。鉄影のサポート役を買って出ているだけだから」
ハルモは、何のタメもなく右手に持ったマカロフPMの引き金をもう一度引いた。今度はザ・ジェリーフィッシュの頭部を撃ち抜いた。
「ギャアッ」
ザ・ジェリーフィッシュの身体の構造の謎として、いったい脳や心臓はどうなっているのかということがある。「本体」と言われるような部分はない、というのが大方の見解だったが、仮にも頭部のかたちをしたところへの攻撃には、やはりダメージが大きかったようだ。
鉄影を覆っていた電流は一瞬のうちに消え、彼の口の中に入ろうとしていたゼリー物質も消失し、彼をビルの壁面に張り付けにしていたゼリーもまた、力を失った。
「なんだ、来てたのかハルモ!」
一瞬落下しそうになるも、すぐさま空中で体勢を立て直した鉄影は、ビルの窓ガラスを粉砕してフロア内に入っていき、ハルモに呼びかけた。
「敵を欺くにはまずなんとやら、ってね。総理の秘書の運転する車のトランクに隠れてたの。うじゃうじゃ面倒くさいのよあいつら。立場的にも、能力的にもね。巻き込むのも面倒だったんで、単独行動を取らせてもらったってわけ。それにしてもボルトクルーの身体はすごいね。頭がなくても、ちょっと力を入れるだけでフラフラ自走するんだよ。おかげで顔の部分だけ『変装』して、ここまで上がってこれたんだ」
ハルモは、顔はかわいい少女、身体はいかつく黒いロボットというおかしな外見だったが、おぶさっていたボルトスリーの身体から一気に飛び降りた。そのいきおいで、ボルトスリーの身体はガシャン! と前方に転倒した。
「もういいから、おとなしくしていろ」
「もちろん。もうあたしにできることはないからね」
ハルモは、瞬時に階下へ降りる階段の方へ姿を消した。
[newpage]
[chapter:18]
フロアの宙空には、拳銃の衝撃でいったん消失したゼリー状の物体が、人型に集結しつつあった。やはり、ザ・ジェリーフィッシュは拳銃の弾丸ごときでは死なないのだ。
「ボルトワン、ボルトツー!!」
ザ・ジェリーフィッシュの呼びかけによって、地表からジャンプした二人は割れた窓ガラスから入ってきて、フロアに降り立った。コントローラーの破壊によって地上の建機はすべて止まっているし、これで彼らの戦いによけいな邪魔は入らなくなった。
「やっぱりおれはスーパーヒーローは嫌いだよ。欺瞞的だ。さっきのお嬢ちゃんみたいに、平気で自分のルールを自分で破る」
鉄影は、外人風に肩をすくめる。
「あの子は、もともとスーパーヒーローの美学に興味がないんだよ。むしろ人を出し抜くことだけが快感だから、あんたらとメンタリティは近いんじゃないかな」
「うるさい! 三対一で勝ってから、軽口は叩いてもらおう。アメリカのクールでいけすかないスーパーヒーローのようにな!」
ザ・ジェリーフィッシュとボルトワンとボルトツーは、同時に動いた。
鉄影は、ボルトスリーとの戦いからボルトクルーのスペックはおおまかに理解し、ザ・ジェリーフィッシュにとらわれたときに、彼の能力もおおまかに理解していた。
彼は奥歯のスイッチを入れた。
背後のテツカゲ・ロケットが瞬時に点火される。
テツカゲ・ロケットはただの飛行用ロケットではない。鉄影の脳波の変化によって、彼の身体能力を最大限にサポートする。とくに、地上での動きに関しては。
ロケットの噴射と同時に、鉄影はダッシュする。背後のロケットは鉄影の超人的な脚力を、極限まで追い込むことによって倍増させる。それと同時に、鉄影の体内でも恐ろしい強さのエネルギーが燃焼、爆発した。テツカゲ・ロケットは、鉄影の潜在能力を目覚めさせる起爆剤でもあるのだ。
猛スピードでダッシュした鉄影の手刀は、まずボルトワンの胸部を一瞬で破壊した。ボルトワンは胸の部分からぶっちぎれ、体内から部品をバラまいた。ボルトツーは背後から、テツカゲ・ロケットの片方の噴射口に片足を突っ込んだ。自分の足を犠牲にして、ロケットを破壊しようと考えたらしい。だがロケットが噴射する高熱でボルトツーの足は瞬時に溶け去り、バランスを崩した彼の腹に鉄影は思い切り回し蹴りを食らわせた。
ボルトツーの腹も一瞬で砕け散り、フロアに部品をバラまいた。内蔵されたエンジンから放射能混じりの熱風を放射したが、鉄影はそれを、顔を手で軽く覆うだけで防いでしまった。
ザ・ジェリーフィッシュのスピードだけが謎だった。鉄影が彼に目をやったとき、すでに彼は腰を落として身構え、自身の身体を霧に変えようとしていた。一瞬、彼の青白い身体がぶれて、広がったように見えた。気体になってまた体内に入り込まれたら、鉄影も終わりである。
鉄影は、意外な行動に出た。背中のロケットの片方をはずし、くるりと前に回して、バズーカ砲のように肩にかついだのだ。
そうすると、ザ・ジェリーフィッシュとこの「バズーカ砲」の間は、わずか数十センチしかなかった。
「平和を乱すものは、だれであろうと許しはしない!」
脳波により、鉄影は「引き金」を引いた。
「ボンッ!!」という音とともに、ハルモの開発した超瞬間冷却材がロケットの噴射口から発射された。
気体として四散する寸前、超瞬間冷却材を浴びたザ・ジェリーフィッシュは、瞬時に凍りついた。
人型の氷となった彼は、ゴロン、とフロアに転がった。
「ヒーローは……基本的に重火器を嫌うのではないのか……」
完全に凍りつく前に、ザ・ジェリーフィッシュはうめきながらやっとそれだけを、言った。
「超瞬間冷却材は、火器に入らん。それと、あくまで『基本的に』だ」
鉄影は、堂々と言ってのけた。ハルモがもしもそばにいたら、イヒヒヒ、と楽しそうに笑っていただろう。
これで終わりだった。
鉄影は、左腕に取りつけたダイバーウォッチ型の通信機に向かって、連絡した。
「ザ・ジェリーフィッシュ、ボルトクルー、すべて倒しました。スーパーヴィラン捕獲班は、ただちに第七ハマホビルに急行してください」
鉄影に、前回の無人建機と戦ったときのようなダメージは少なかった。常にベストを尽くすだけだが、それにしたって戦いがいはないよりあった方がいい。日本進出を目論んだクラーケンゴッドの一員を倒せたことは、鉄影に充実感をもたらした。体内から湧き出てくるエネルギーを、彼は否定することはできなかった。
鉄影が、ハルモにさえ言えない心情だった。
[newpage]
[chapter:19]
「鉄影さん、ハルモさん、その後の事件の行方は見ましたかっ?」
事件の二週間後、午後9時頃。駿平がバー「ジャック・M」を訪ねたところ、そこは別の名前の店になっていて、曽我剣吾も、打出乃ハルモもいなかった。店のマスターに訊ねても、以前の店の主人のことはいっさい知らないという。
こうしてまた、日本唯一の公認ヒーロー、鉄影とハルモは姿を消した。
アメリカでは「公認なのに特異な日本のヒーロー、テツカゲ」などと、テレビや新聞で小さな特集が組まれた。しかし、日本文化に理解が出てきた欧米諸国でさえ、「テツカゲ」のファンは少ない。やはり太平洋戦争の印象を残すものは、敬遠されがちなのだ。
逆に、アメリカでもバイクヒーローの「サンダーロード」が人気を集めていたりする。もっとも、非公認であり、だれも素性を知らず、なおかつ「スリラー」という「クラーケンゴッド」とは別の組織と戦い続けている彼が、そのことを知ってもどうでもいいと思うかもしれないが。
日本のネット上では、鉄影を称える者、よく思わない者、それなりにいたが、「鉄影に隣国を攻めてほしい、占領してほしい」というような過激な意見が増えたのが、ご時世だなと駿平は顔をしかめていた。
ナチスと戦い、冷戦時代に共産主義諸国を牽制した役割を持ったウルティメイトUSAと違い、鉄影は何十年間もの間、「戦前日本の鬼っ子」として存在してきた。しかし、最近では若者ほど「鉄影待望論」を持っているという。駿平は、そのことについても鉄影に質問をしていた。「あまりいい気持ちはしないね」という単純な答えだけが返ってきていた。
駿平も決していい風潮だとは思っていなかったから、鉄影とハルモについてのインタビューと、その戦いのレポートは、その思いを込めて書くつもりだ。
「すいませんね、お客さん、お目当ての店じゃなくって」
マスターの言葉に、駿平は我に返った。
「いえいえ、せっかくだから、一杯飲んでいきますよ」
[newpage]
[chapter:20]
日本は、アメリカの後追いではあるものの、スーパーヴィランの収容施設を持っている。
絶海の孤島にある、通称「怪人収容所」である。
「絶海の孤島」などと言うととんでもなく寂しいところのように思えるが、実際は活気に満ちている。
ありとあらゆる能力を持った怪人を集め、外に出さないようにしなければならないため、それだけ常にさまざまなジャンルの専門家が出入りしているからだ。
鉄影との戦いが終わった後、ザ・ジェリーフィッシュとボルトクルーの合計四人は、この「怪人収容所」に運ばれてきた。ザ・ジェリーフィッシュは、冷凍にされたまま。ボルトクルーの三体は破壊されたまま連れてこられた。ここで、その身体は研究されるはずだ。
ザ・ジェリーフィッシュは、収容所に着いてから、一辺が五メートルほどの透明の立方体の中にいた。
立方体の中には、椅子、ベッド、簡単な日用品などがある。天井部分には、換気のためのパイプが数本、付いている。彼が気体となって逃げないように、内側から気体がパイプを通って出ようとすれば、自動的に強い空気が噴射され、立方体の中から出られない仕組みになっている。
透明の立方体の材質は、アメリカの怪人収容所が開発したもので、ちょっとやそっとの力では破壊することはできないし、いかなる熱、冷気、その他の方法をもってしても破ることはむずかしい。
ザ・ジェリーフィッシュのような不定形な怪人は閉じ込めておくのが困難なのだが、迅速な調査・研究の末、ここに落ち着いたのだ。
さらに、彼の食料はある種のプランクトンであることがわかった。というより、彼が自分からそう言ったのだ。それらは収容所のスタッフにより集められ、食料として支給された。
彼は、とくに不満を漏らすでもなく、無言のまま日々を過ごした。
ある日、サーファーがそのまま精悍な老人になったような人物が、身長二メートルくらいの巨漢を連れて、彼に面会に来た。
田辺総理と、その秘書だった。
「わざわざ総理大臣のお出ましか。例のビデオの件で、嫌味のひとつも言いにきたってわけか?」
ガラス越しに、ザ・ジェリーフィッシュは皮肉を言った。
「表面上はこの収容所の視察ということになっているが、本当の目的はきみとの面会であることは事実だ。だが、こんな離島に嫌味を言いに来るほど私はヒマではない。きみの犯行動機を読んでね。興味を持ったんだよ」
田辺総理は、すべての会話が聞かれていることを承知の上で、そう言った。
「犯行動機? どうでもいいじゃないかそんなことは」
ザ・ジェリーフィッシュは、鼻で笑った。ただ、やりたいようにやり、言いたいことを言っただけだから、それに何ほどの価値も感じてはいない。
「私が注目したのは、きみが感じていたという空虚感だ。きみはスーパーヴィランとなって、束の間自由を手に入れたとき、空虚を感じた。違うか?」
「まあ、そういうことだが」
ザ・ジェリーフィッシュは、こいつ何が言いたいんだ、という顔になった。
「私と同じだ。私は終戦を迎えた日、さまざまなことから自由になったはずだが、私の理想の日本は消えてしまった。それからだ、私が自己実現に積極的になりはじめたのは」
「どういうことだ?」
「考えが同じなら、いずれ私ときみとで何か仕事ができるかもしれないということだ」
ザ・ジェリーフィッシュは、かすかに驚きの表情を浮かべた。
「どういう意味だ?」
「いずれわかるだろう。また会おう」
「ふん、政治談議がしたければ、いつでも来るといい」
ザ・ジェリーフィッシュは、田辺の目的が何か考えたが、わからなかった。
だが、この謎を解くだけでも退屈がまぎれるとは感じていた。
田辺は通りいっぺんの視察を済ませると、秘書とともに専用機で東京に帰った。
[newpage]
[chapter:21]
街灯の少ない、暗い夜道を、男がたった一人で歩いている。
彼の歩いてきた道にも、これから歩く道にも、ほとんど何もない。夜風が冷たい。
「ださいな、なんだよその帽子とコート。それに、背中に背負った、ずだ袋」
かたわらから、不意に十二歳くらいの女の子の声がした。ひょこっと後ろから顔を出す。打出乃ハルモだった。
「『あしたのジョー』の矢吹ジョーをイメージしたんだがな。似合わないか?」
男が白い歯を見せて笑う。彼の名は曽我剣吾、またの名を「鉄影」という。バー「ジャック・M」を引き払って、別の土地に向かう途中だった。
「『我々は、明日のジョーである』なんて、冗談じゃない。シャレにならない。政治的に誤解を招くようなコスプレは、やめた方がいいよ。っていうか、一緒にされたくない」
ハルモは、剣吾の服装をバッサリと批評した。
「そんなことを覚えてるやつ、もうほとんどいないよ。そんなことより、手ぶらみたいだが、テツカゲ・ロケットはどこへやったんだ?」
「そこはあたしを信用しなさいよ。しかるべきところに隠してある。あたしは、それが専門なんだからぬかりはないよ」
ハルモは何の苦労もない、といったふうに、そう言った。
「そう言えば、駿平はどうしたのかな。きちんとおれたちのことを書いて雑誌にでも載せてくれたのかな?」
「ああ、これね」
ハルモは週刊誌を取り出した。そこには水谷駿平による、鉄影とハルモのインタビューが掲載されていた。ちょうど、鉄影とザ・ジェリーフィッシュとの戦いが特集として組まれているので、その中にピタリとおさまっている。というか、これがなければ画竜点睛を欠く、というポジションの記事になっていた。確実に話題になるだろう。
「映画やなんかだと、あいつの役どころはあたしたちの取材を通して、もっともっと危ない目に遭って、最初は売名のためだけについてきたところを、あたしたちの心情を理解して反省する……みたいなくだりがあると思うんだけど、なんだか、この記事を読むとおいしいとこどりじゃん」
「また私たちが出動するときは、彼を呼べばいい。そうすれば、おまえの思ったとおりになるよ。彼も、いつまでも無傷ではいられまい」
「ハハハッ」
ハルモが笑ってから、少し沈黙が続く。先に口を開いたのは、ハルモの方だった。
「なあ……今でもあの光が見えるのか? 小さいけど決して消えない、あの光が?」
剣吾は即答した。
「見えるよ。おまえにはときどき見えなくなる、あの光がな。小さいけど、しっかりと見える」
「どんなに誤解されても? 政争の道具に利用されかかっても?」
「ああ、見える。それがスーパーヒーローだからな」
「尊敬するよ、本当。いや、冗談じゃなくね」
そう言うと、ハルモは再び、黙り込んだ。ハルモには、ときどき見えなくなるその光が、今夜はいちだんと輝いて見えた。
(了)
ロケット超人・鉄影、自由に向かって跳べ 新田五郎 @nittagoro
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