鉄影04

[chapter:13]


 四人は驚くほど簡単に、日本に上陸した。人影のまったくない、深夜の海岸だった。

 ザ・ジェリーフィッシュは海がホームグラウンドの怪人であり、他の三体は、宇宙空間でも生きられるロボットである(ちなみに、空を飛ぶことは出来ない)。彼らが海を渡るのに、到着時間さえ気にしなければ、飛行機も船も潜水艦も必要ない。日本の沿岸警備をごまかすことも、彼らにとってわけはなかった。

 後は「クラーケンゴッド」に、彼らがいなくなったということをどうごまかすかである。この件に関しては、ボルトツーがよくやってくれた。

 彼らは、海辺の別荘の若夫婦を追い出した。追い出された人々の「四人の怪人に襲われた」といううったえを、警察が取り合うことはない。日本には非公認ヒーローは何人かいるが、好き勝手に行動するヴィランの数はアメリカと比較してもずっと少ないからである。バイクヒーロー「サンダーロード」にしろ国際機関から派遣されてくる「フルフェイスソルジャーズ」にしろ、彼らの敵は組織だって行動するから、いきなり海辺に現れるということは少ないのだ。

「これから首相公邸へ行くぞ」

 奪った別荘に乗り付けてあったクルマに四人は乗り込み、ザ・ジェリーフィッシュは運転しているボルトワンに命令した。

「やれやれ、何日も泳ぎっぱなしで、休む暇もないのかねぇ」

 ボルトワンがぼやくと、「食事も睡眠も必要ない身体の持ち主が、何を言っている。後で快楽電気をやるから我慢しろ」と、後部座席のザ・ジェリーフィッシュがいらだたしげにたしなめた。

 「快楽電気」というのは、彼らが出会ったときにもらった、ロボットの身体でも快感を得られる、ザ・ジェリーフィッシュから発する電気のことである。

 総理公邸に乗り込むことも、実に簡単だった。日本の警備体制はザルだな、と四人は思った。

 四人は、田辺総理を叩き起こした。サーファーがそのまま精悍な老人になった、といった風情の田辺の顔は蒼白になった。その彼の額に、倒した警備員の血で「JKG」と書いた。

 総理はそれだけで震え上がった。

「ビデオカメラを持っていないか? 撮影したいことがあるんだ」

 監視カメラに自分たちの存在をアピールした後、それでも足りないと思ったのか、ザ・ジェリーフィッシュはおびえきっている田辺総理に聞く。彼は多忙のせいか、家に何があるかよくわかっていなかった。

「一人くらい、気絶させずに起こしておくべきでしたね」

 ボルトツーがあたりを見回して、言う。

「おお、あったぞ、これだ」

 ボルトスリーが、どこからか家庭用のビデオカメラを探し出してきた。

「これだこれだ」

「首相、一緒に映りましょう」

 ボルトワンが、田辺に英語で話しかける。総理をソファに座らせる。ボルトスリーが、なれなれしく総理の肩に腕を回す。ひんやり冷たく、どっしりした金属製の棒を肩に乗せられ、田辺総理の背筋は恐怖でそそけ立った。

「待て待て、真ん中はおれだ!」

 ザ・ジェリーフィッシュが二人を押しのけて、電気を消した部屋でも青白く発光する身体を割り込ませ、田辺総理の隣に座る。ちなみに、カメラマンはボルトツーである。

「きっ、きみたちはいったい何者なんだッ!? 英語で会話をしているところを見ると、日本人じゃないな? まさか、アメリカのクラーケンゴッドの……」

「総理、少し静かにしてもらえますか?」

 ビデオカメラをかまえたボルトツーが流暢な日本語で語りかける。田辺総理は一瞬、唖然とする。田辺以外の四人が、爆笑する。そのカンに触る声にも、気絶している警備員たちは、ピクリとも動かない。

「そんなことはどうでもいいんですよ総理。これから私が話すところを映像に撮りますから、これを必ず『鉄影』に見せてくださいよ? いいですね?」

 青白く発光する怪人に英語で早口にわめき立てられ、田辺総理は震えながら、黙ってうなずくしかない。

 ビデオ撮影が開始される。

「いいか、『鉄影』!! おまえは日本公認のヒーローだそうだな。おれたちはたった今、この日本に上陸したばかりだ。おれたちはこれから日本を拠点に活動することにする。つまり『ジャパン・クラーケンゴッド』ってワケだ。だが、この国はおまえさんのテリトリーでもあるらしい。いいか『鉄影』。おまえを倒せば、日本にまともなヒーローはいない! いてもきわめて少数だ。サンダーロードとかな……。おれも知ってるんだよ、やつの名前くらいは……バイクのカッコいいやつだ。いやそんなことはどうでもいい。日本政府唯一の公認ヒーローであるおまえを倒し、おれたちは日本の闇社会に君臨する。これはおれたちの挑戦状だ。いいな、覚悟していろよ!」


「ビデオはここで終わりですか」

 鉄影とハルモ、そして水島駿平は、首相官邸にいた。鉄影は例の、日本海軍の搭乗兵のようなコスチュームを身に着けている。もちろん、デザインはアレンジされており、すべてが最先端の新素材でできている。背中には銀色に輝く二本の「テツカゲ・ロケット」を背負っている。超高速にも、微妙な遅さにも瞬時に脳波で調整できるロケットである。

 傍らのハルモは、あいかわらず外観は小六か中一にしか見えない。従兄弟の結婚式にでも出るかのような、少しおめかししたような格好をしている。見た目とは裏腹に、常に鋭い目つきで周囲に気を配っている。

 一方、鉄影のはからいで連れてこられた駿平は、挙動不審なことこのうえない。首相官邸に入り、総理に面会したのだから緊張して当然だろう。ICレコーダーを回すことも総理側から禁じられてしまったが、できるだけ記憶しておいて自分の書く記事に活かすつもりだった。

 四人は、全員立ったままでテレビの大型モニターを見つめていた。

 駿平のインタビューも佳境に入った頃、田辺総理じきじきの呼び出しがあったのだ。剣吾が肌身離さず付けているダイバーウォッチのようなものが、通信機だったのだ。

「なぜこれをいちばん最初に公表しなかったんです? せめてウルティメイトUSAを呼び出す前に公開していたら……いや、公開せずとも私とハルモに見せてくれたら、その後の捜査もぜんぜん違ってきたと思いますよ」

「出せるわけ、ないだろうがッ!! 公邸に踏み込まれただけでなく、一国の総理がヴィランと仲良くビデオ撮りなどと……。私だけじゃない、国民全体が笑い者だッ」

「だからせめて、私とハルモにだけでも」

「それもできなかった……。私のつまらないプライドだと思うのなら、そう思ってもらってかまわんッ」

 田辺は頭を抱えて、目を伏せた。

「まあいいじゃん、敵さんの顔が見えてきたんだからさ。ザ・ジェリーフィッシュとボルトクルーの三体。合わせて四人。アメリカじゃまだ売り出し中、ってところだったらしいけど、日本にやってくるとはね」

 ハルモが、プリントアウトされた紙を見ながら言う。彼女が見ているのは、JCDの正体がわかってから、アメリカから日本政府に送られてきたザ・ジェリーフィッシュとボルトクルーのデータである。

「なぜ今頃、ビデオを私たちに見せるんです?」

 鉄影は、ため息まじりにそう言った。今は田辺のプライドを追及するときではない。

「催促が……来たんだよ」

「ザ・ジェリーフィッシュから?」

「そうだ。本当に鉄影を使う気があるのか? とな。電話がかかってきた」

「でもそいつもそいつよね。なんで日本に上陸してから、すぐにでもあたしたちを襲わなかったのかな。総理でもなんでも脅して居所をつきとめてさ」

 田辺総理が、ハルモと目を合わせずに言う。

「拠点づくりと資金づくり、日本での土地勘を養うことを並行して続けていたらしい。やつらはバカなようで、慎重なんだ」

「どちらにしろ、ウルティメイトUSAとテレビ会議をする前に、我々を呼んですべての情報をくれるのがスジというものでしょう」

 鉄影の言葉に、恐い表情で田辺が向き直る。

「いいか鉄影。ハルモ。私は、おまえたちが嫌いなんだッ」

「ええ、わかってますよ」

 鉄影は涼しい顔で、答える。

[newpage]


[chapter:14]


 「私は、『美しい戦前日本』、『戦前日本の良さを現代に』をアピールして政治家になった人間だ。世間が左傾化していた六十年代、七十年代、ガキどもが消費に浮かれ騒いでいた八十年代、そしてバブル崩壊後から現在まで、ずっとその方針でやってきた。みんな、戦争に負けて悔しくないわけがない。私の考えは当たったよ。常に絶大なる支持が私にはあった。おまえたちは、本当はその『美しき戦前日本』の象徴となるべきだった。それですべてはうまくいったはずなんだ」

「それは『あなたにとって』でしょう。我々は政争の道具じゃありませんよ」

 鉄影の言葉に、田辺は方頬をつり上げて嘲笑する。

「聞いたふうな口をきくな。東京オリンピック以来、姿を消したおまえたちは、自身の責任を放棄したと言われても反論できないぞ」

「戦時中の人体実験による、我々の人権問題はどうなってるんです?」

 すかさず鉄影が反論する。

「うっ」

 それを言われると、田辺も言葉に詰まった。超人兵士の人権問題は、アメリカでもときどき浮上する、答えの出ない問題である。彼らは国がつくり出したのだから国のために戦うべきだが、彼らの戦いは一般の軍人のそれとは意味あいがまったく異なるからだ。

 鉄影が続ける。

「すでにご存知の通り、我々は七十年代、八十年代を通じて、日本に大きな災害が起こったときのサポート以外では、姿を現しませんでした。正式に捜査にまで踏み込んだのは……」

 鉄影の言葉を、田辺が受ける。

「八十年代後半の、連続幼女誘拐殺人事件だろう。言われなくてもわかっとる」

「ここにいる水島くんに聞かせたくて、昔話をしているんですよ」

 ここでハルモも、話し始める。

「いちおう言っとくけど、潜伏していた六十年代~八十年代に、あたしたちは何もやってこなかったわけじゃないからね。小さい事件はいっぱい解決してる。ま、記録にはいっさい残ってないけどね。とにかく、あたしたちは国の所有物じゃない、ってことをアピールしておきたかったし、政府とつかず離れずの関係にいたからこそ、あたしたちがある程度、世論の支持を受けてこれたという部分もあるわけよ。政府ベッタリだったら、自衛隊が合法か、みたいな問題が常にあたしたちも巻き込んだでしょうからね」

 鉄影は、前から言いたかったといった感じで次のようなことを話した。

「田辺総理、私も初めて会ったときから、あなたのことが嫌いだった。ハルモを誘拐した、とウソをついてまで私に会おうとしましたからね」

「当時、ただの学生だった私にはそうでもしなければ、おまえと会うことはできなかっただろう?」

 田辺は言い訳をした。

「あの頃は『鈴本』と言いましたか。大物政治家である田辺の入り婿になってから、急速に出世したようですね。あのときも言いましたが、終戦を迎えたとき、あなたはまだ十四歳です。十四歳の少年にはそれまでの日本が『理想化された社会』としてしか見えなかったのでしょう。でも、あなたは戦前の、本当にあったかどうかもわからない理想社会の中に、今でもずっと生き続けている。そして、敗戦後の世界は常に虚構であると思っている。ウソだと思っている。だから、いつも自分にしか興味がない。そんなふうに私は受け取っていますけどね。だからプライドが高い。プライドが、日本の存亡より優先しかねない。数十年ぶりにもう一度言いますが、日本はあなたのゲーム盤じゃないんですよ。もっとも、無人建機が暴れたとき、嬉々として自衛隊を出さなかっただけ、大人になったとも言えますか。それとも政治判断が身についてより手ごわくなったというべきか……」

「政治記者並みの分析、痛み入るね」

 田辺は、皮肉を言うにとどまった。

「で、我々にどうしろと?」

 鉄影も気分を変えて、田辺をうながす。

「率直に、ザ・ジェリーフィッシュたちと、戦ってほしい。やつが、やりたくなったら戦いのゴングを鳴らす、と言ったんだよ。……それでいつでもきみたちを呼び出せるようにしておけ、ということだった。ふざけた話だ。日本政府はプロレスのマネージャーじゃないんだぞ!?」

 田辺総理の顔は、本当に疲弊していた。

「なんで、必ず総理を1個はさんで連絡しようとするんですかね? そのヴィランは。鉄影さんと連絡を取る方法は、他にいくらでもあったんじゃないですか」

 そこで初めて、駿平が口を挟む。鉄影が答える。

「これは私闘ではない、というメッセージだろう。彼らが日本に拠点を置こうとしているのは、本気なんだろうな。その後、ウルティメイトUSAから連絡は?」

「ないね。今、彼は本家クラーケンゴッドと戦っている真っ最中だ。スマホの電源も切ってしまっているんじゃないか?」

 総理はやけくそまじりのジョークを飛ばして、一人で笑った。他の者は、だれも笑わなかった。

「クラーケンゴッドからの声明はないんですか?」

 今度は駿平が総理に訊ねる。

「そっちもない。彼らからみれば、ザ・ジェリーフィッシュは裏切り者なのかもしれないが、日本が獲れればそれはそれでラッキー、とでも考えているんじゃないかね。まったく頭が痛いよ……」

 田辺総理は言ったとおり、頭をかかえてしまった。どうやら、単なる比喩ではないらしい。いやな沈黙が、場を支配した。

 すると、激しいノックとともに血相変えた総理の秘書が部屋の中に入ってきた。身長が二メートルもある大男で、ボディガードもかねているらしい。彼は部屋に入るなり、叫んだ。

「大変です、MS電機の無人建機がまた暴走しています!」

 ハルモが勝手にテレビのチャンネルを変えると、以前と同じく、巨大な無人建機が暴れまわっている光景が映し出された。場所は以前、鉄影が建機を止めたのとほぼ同じ、再・再開発中の東京湾沿岸である。

「また暴走? ありえないだろ!」

 思わず総理が声をあげる。それとは対象的に、テレビニュースのアナウンサーは、整然と語っていた。

「また無人建機の暴走です。ビル解体を行っていた七台の建機が制御不可能になり、暴れています。ここは以前、『鉄影』が五台の建機を沈静化させた場所であり、メーカーであるMS電気も入念な見直しを行い作業を再開させましたが、また暴走を始めてしまったということです。なお、作業員と周辺住民の避難は、すべて完了しています」

 再・再開発最中の東京湾沿岸には、無人化した高層ビルがポツリ、ポツリと建っており、それらをすべて解体するのが当面の目標だった。テレビカメラは、外に向かって「脱走」しようとする建機数台をとらえている。最大時速四十キロで走る無人建機は、繁華街に現れたらその殺傷能力は、兵器と変わらない。

「コントローラーは……建機のコントローラーはどうなっているんだ?」

 総理は秘書にすがりついて叫んだ。

「コントローラーは、MS建機のトレーラーに内蔵されています。それは以前と同じです。ただ今回は、マスコミ報道は抑えていますが、スーパーヴィランがトレーラーを強奪し動かしている、というのが真相です」

 田辺の顔面は青から白に変わっていく。

「これが戦いのゴングという意味なのか……?」

 すでに機動隊が出動していたが、七台もの無人建機にはとでも歯が立っていないようだ。

 不意に田辺首相が床に手をついた。

「頼む! もうきみたちに頼るしかない。自衛隊を出動させるわけにはいかない。いや私の方針から言ったら出動させてもいいんだが……本当は私も出動させたい……いやそんなことをしたらやはり内閣の支持率が……」

 土下座しながら混乱する人間も珍しい。田辺はええいと首を振ると、気を取り直して叫んだ。

「そ、そうだ、自衛隊は、おそらく建機は封じ込めても、ザ・ジェリーフィッシュとボルトクルーには勝てないだろう。あそこが、あの再・再開発地が、やつらの用意したリングなんだ。頼む、あそこに行ってやつらを倒してくれ!」

 鉄影とハルモは顔を見合わせ、やれやれと苦笑した。海千山千の田辺総理は、結局、自分がどんなにヘタをうっても最終的には鉄影が動いてくれることを確信しているのだ。鉄影とハルモは、他の歴代の総理のときも、似たような命令を何度も受けて来たのだろう。

 鉄影、ハルモの二人としては田辺は昔から虫が好かない人物だが、だからといって出動しないわけにもいかない。

「今回、『テツカゲ・ロケット』は使用しますよ、いいですね?」

「ああ、何でも使ってくれ、頼む!」

 鉄影とハルモは、その言葉を聞くとドアに向かって歩き出した。

「よし、それでは鉄影、打出乃ハルモ、出動します!」

 駿平は、おろおろと二人の後をついていった。二人は、止めなかった。

[newpage]


[chapter:15]


 空が、青い。

 鉄影とハルモは、首相官邸の屋上に立っていた。後ろから、遠慮がちに駿平、田辺総理、秘書の順番でついてきた。

 鉄影が飛行帽の両耳の下にあるボタンを押すと、金属製の口当てが左右から半分ずつ出てきて、顔の真ん中でカチャッとぶつかり、完成する。

 高速で飛ぶときの風圧避けだ。ゴーグルとこの口当てで、鉄影の顔は完全に隠れることになる。

「それじゃあな。あたしの役割はもう半分は終わってる。後はあんた次第だ。しっかりやれよ!」

 背の低いハルモが、下から鉄影にハイタッチする。

「あ、あの、ちょっと質問なんですが……」

 遠慮がちに駿平が手を上げる。

「何だよッ、こんな大事なときに」

 ハルモが駿平を睨みつける。だが駿平はかまわず、「あの、今回、ハルモさんはとくに何もやっていないのでは……」と訊いた。

 それを聞くと、ハルモは「あっはっはっはっ! 言い忘れてた!」と嬉しそうに笑った。

「鉄影のコスチュームとテツカゲ・ロケットの開発、整備、飽くなき新機能の研究などは、すべてあたしの役割なのよ。あたしの能力のひとつとして、『基本的にオールマイティな天才』と言ったのはそのこと。『テツカゲ・ロケット』も、彼が着ている防護服も、みんなあたしが開発したの。鉄影が日本政府のメンテナンスを必要としない理由のひとつは、そういうところにもあるわけ。サイドキックを面接で選んでるウルティメイトUSAなどとは、そこが違うってわけよ」

 ハルモは、発明家、技術者でもあったのだ。本当に恐ろしいのは、鉄影よりはハルモなのかもしれない、と駿平は思った。

「じゃ、がんばってね!」

 鉄影は、ハルモの声に軽くうなずくと、駿平たちの方を見もせずに腰を少し落とし、舌で奥歯のスイッチを入れた。

 ドドドドドドド

 轟音とともに、鉄影が背負った二本のロケットから火と煙が噴き出し、鉄影は大空に飛び立っていった。

「サンダー、バードー!」

 ハルモは機嫌よく歌を歌いながら、手を振っている。

 水谷駿平は、本物のロケットのように飛んでいく鉄影を見ながら、ビデオカメラを持ってくればよかったと後悔したが、どうせ官邸の入り口で没収されていただろう、と思い直した。

「ナンマンダブ、ナンマンダブ……」

 田辺総理は、ひざまずいて念仏を唱えている。もう保身と野心と恐怖でわけがわからなくなっているのだろう。隣の秘書は、それを黙って見守るのみだ。

 ハルモを除いて、三人の男たちはただ茫然とした表情で青空を眺めていた。

[newpage]


[chapter:16]


 空中を斬る弾丸と化した「鉄影」は、すぐさま東京湾再・再開発地域の上空に来た。

 上空から広くちらばった七体の無人建機と、大破した高層ビル群数棟が見える。遠くを取り巻いている機動隊と、マスコミの車も見えていた。しかし、建機のコントローラーを搭載しているというトレーラーだけが見当たらない。

 「鉄影」は、まず外に向かって移動しようとしている三台の建機を止めることにした。上空から急降下し、そのまま低空を飛んで、三台の足の部分に次々と体当たりして足をへし折っていく。無人建機は二足歩行だから、ひざの関節さえ破壊してしまえばそれ以上、移動することはできない。

 片ひざを破壊された建機は、次々と大きな音を立てて倒れていく。残りは四台。

 この残りの無人建機は、解体すべきビルを勝手気ままに破壊しているように見えた。これが、ザ・ジェリーフィッシュのコントロールで意図的に動かされているのか、それともただメチャクチャに動いているのかは鉄影にはわからない。しかし、ビルの解体にも手順があり、ただメチャクチャにやってしまったら、隣接する、倒すべきではないビルにも影響が及ぶ。

 鉄影は、すぐさま最も危ない動きをしながらビルを解体しようとしている建機に向かって飛んでいく。

 常道どおり、足を破壊しようと狙いを定めたとき、建機のものかげから黒い物体が飛び出してきた。

 黒い物体は空から飛んできた鉄影と、地上三メートルくらいのところで衝突し、そのまま地面にぶつかった。

「ぬうっ」

 黒い何かに抱きつかれたまま、鉄影は地面に落下し、なんどか跳ね返ってゴロゴロと路上に転がった。

 飛びかかってきたのは、ボルトスリーだった。胸に「3」と書いてある。

 空が飛べないボルトクルーの一人、ボルトスリーも、三メートルくらいの跳躍力はあるらしい。その力を利用して、鉄影にぶつかっていったのである。

 「ボルトスリーか!」

 瞬時に理解した鉄影は、そのまま地面の上でボルトスリーとくんずほぐれつ、寝技の応酬を行うことになった。

 柔道の技をプログラミングをされたロボットのボルトスリーと、超人化してから七十年間、鍛錬を行ったことのない鉄影のグラウンドでの戦いは、高速での関節技のかけあいだった。

 だが鉄影は、寝技のみに集中しているわけにもいかない。他の三人の攻撃がどこから来るかわからないからだ。

 しかも、鉄影が倒そうとした建機は、ボルトスリーの邪魔が入ったのでまだ動き続けている。踏みつぶされでもしたら、大変だ。

 黒い特殊金属でできているボルトクルーの手足で繰り出される関節技は、それだけでも痛い。鉄影はそれらの技を逃れつつ、自分でも技を仕掛けてゆく。

「ジュードーで、おれに勝てると思うのか? 最初におれがきさまを倒して、JCGのボスになってやる」

 上になったボルトスリーが、英語で憎まれ口を叩く。下になった鉄影は、ベルトのホルスターに入れた十字手裏剣を投げずに指と指の間に挟んだまま、ボルトスリーの背後に突き刺そうとする。

「何をやっているんだ、くすぐったいぞ」

 せせら笑うボルトスリー。実際、渾身の力を込めて突き立てた手裏剣の刃は、クニャリと曲がってしまった。

 鉄影は今度は上になり、うつ伏せになったボルトスリーの襟首をつかもうとした。柔道着を着た人間ならそれができるが、金属の鎧に包まれたボルトスリーには、そんなことはできない。

 ボルトスリーもそれを予測済みだったようだが、彼にとっては意外なことが起こった。首のすぐ下の部分にズブリと、鉄影の親指以外の、四本の指が突き刺さったのだ。

「!?」

 痛みを感じないボルトスリーも、自分の背後に感じた異常には気付いた。必死で抜け出そうとするが、一度突き刺さった四本の指はまったく抜ける様子がない。手裏剣が刺さらなかったのに、生身の指は突き刺さるのか? ボルトスリーの脳内でかすかなパニックが起こる。

「私のスーパーパワーは、精神状態によって大きく変わる。アメリカから回ってきたデータに記載されていたおまえのクズっぷりに、私の力も高まるってものだ!」

「くそっ」

 焦って体制を崩そうとしたボルトスリーは、思わず体を力まかせに起こそうとした。

 彼の頭部と地面の間に、五十センチほどの隙間ができる。すると、ためらいなく鉄影はボルトスリーの頭部に向かって、左のひざ蹴りを炸裂させた。

 ボルトスリーの頭は、さまざまな燃料パイプなどを数十センチつないだまま、見事にちぎれ飛んで宙を舞い、まだ暴れている建機に激突し、落下する。

「げえっ!!」

 人間っぽい声だけがリアルで不快だったが、落下したボルトスリーの頭部はコロコロと転がって、やがて止まった。

「何しやがるてめえ! 近づいて来い、ブッ殺してやる!」

 頭だけになったボルトスリーは金属の口をパクパクさせてまだ威勢がよかったが、戦闘能力はないようだった。

 鉄影は立ち上がり、近づいて行って、罵声を浴びせてくるボルトスリーの頭を拾い上げ、ちぎれた胴体と離れたところにポトリと置いた。胴体の動きは、すでに止まっている。

「一人目!」

 鉄影は、まだ動いている建機の右ひざ関節を回し蹴りで破壊し、これの動きも止めた。これで、動いている建機は残り三台。

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