12
三雲鞠と吉木透は、昨日と同じように二人で一緒にいつもの帰り道を歩いて、三津坂西中学校から下校した。
だけど、昨日とは違って、二人はずっと無言のままだった。
(……鞠も、それから透も、二人ともすごく恥ずかしくて、昨日の告白についての話はしなかった)
鞠は一個年上の先輩として、一個年下の後輩の(それも自分に好きです、と告白をしてくれた)男の子に対して、なにか話をしなければならないと思ったのだけど、結局、なにも言葉を話すことはできなかった。
鞠はそんな情けない先輩だった。
そのまま大きな川沿いの土手のところまできたところで(そこは昨日、鞠が南を見つけて通るから逃げ出した場所だった)、「先輩はクラシック音楽はよく聞くんですか?」と透が久しぶりに鞠にそう言った。
「クラシック?」
鞠は言う。
「はい。バッハとか、ベートベンとか、モーツアルトとかです」小さく笑って、透は言う。透はクラシック音楽、とくにモーツアルトが大好きな男の子だった。そのことを鞠は事前に知っていた。
「うん。一応、聞くよ」
自分の顎に指を当てながら、にっこりと笑って、鞠は言う。
「でも、どうして?」
「ピアノの練習とかで、聞いたり、あとは実際に弾いたりしているのかな? と思って」透は言う。
「練習では確かによく弾くね」
鞠は言う。
それは並木先生の指導だった。
「好きな曲とかありますか?」透は言う。
なんだか透はいつもの自分を取り戻そうとして、そんな会話を無理に私にしているように鞠には思えた。
もしかしたら、この会話は、ある意味では二人の音楽のセッション、あるいは合唱のような行為なのかもしれない。そんなことを鞠は思った。
「あるよ」
にっこりと笑って鞠は言う。
鞠はその笑顔の中に、自分の(それから透との二人の)会話のリズムを求めていた。
「どんな曲ですか?」透は言う。
「ベートベンのピアノソナタ」
鞠は言う。
「いい曲ですよね」透は言う。
「うん」
「でも、ちょっと悲しい曲ですよね」
「……うん」
透の意見に鞠は賛同する。
「あとは?」
「うーん。……そうだな」
鞠は考える。
しかし、久しぶりに考えてみると、なんだか自分がどんな音楽が好きだったのか、すぐには思いつくことができなかった。(それがちょっとだけ不思議な体験だった。自分の好きな音楽をすぐに思い出すことができないなんてことは、今まで一度も鞠は経験したことがなかった)
さて、自分はいったい、どんな音楽が好きなんだっけ? 記憶を探り、自分の、純粋に音楽が大好きだったころの、そんな子供のころのことを鞠は思い出そうとする。
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