13
鞠はピアノの曲とは少し違うけど、モーツアルトの『フィガロの結婚』のオペラが大好きだったことを思い出した。
だから鞠はそのことを隣を歩いている透に向かって話そうとした。(モーツアルトが好きな透とはその話で盛り上がれるような気がしたのだ)
……でも、その鞠の言葉はちゃんとした言葉にはならなかった。
なぜなら土手の反対側を歩いている小舟南と、……それから、『小学生のころから、鞠がずっと片思いをしてた男の子』、大橋綾くんの姿を、鞠はこのとき、目撃したからだった。
二人は鞠と透のことには、まだ気がついていないようだった。
南と綾はとても楽しそうに、お互いの手をつないで、土手の上を歩いていた。そんな二人の姿を見て、鞠の表情は氷のように一瞬で固まった。
……鞠は、南と綾が、二人だけで一緒にいるところを、……今日、始めて自分自身の目で目撃した。
鞠はずっと、なるべく二人の、二人だけの幸せな時間を見ないように、そう気をつけながら、南と綾が付き合ってから、中学校生活を送っていた。
……初めてる二人は、すごく、すごく幸せそうに見えた。(それに、二人は鞠が思っていた以上にお似合いだった)
すると、自然と、突然、鞠の目から、透明な涙が頬を伝って流れ落ちた。
鞠はびっくりした。
そして慌てて、自分の顔を透から隠すようにして、伏せた。
それから、鞠の胸の奥がすごく、ずきずきとして、……痛くなった。
「……先輩?」
鞠の隣で、透が言った。
なんでもない。
そう言いたかった。
でも、鞠は透になにも言葉を返せなかった。
言葉を話すことができなかったのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます