「……今のは、聞かなかったことにする」

 鞠は言った。

 すると透はすごく悲しそうな顔をした。

「じゃあ、また。明日ね、吉木くん」

 鞠はもう一度、透にそう『さよなら』を言って、それから土手を早足で下りていくと、そのまま下にいた南たちと合流した。透は少しの間、そんな鞠の後ろ姿を土手の上から一人で見ていたようだったけど、そのうち、一人で土手の上を歩いて、自分の家に帰って行った。

 それから自分が南たちとどんな話をしたのか、そのあとで自分がなにを考えて行動していたのか、鞠はその日の夜、ベットの中でよく考えても、あまりうまく思い出すことができなかった。

 鞠が暗い夜の中で思い出すのは、あの悲しそうな吉木透くんの顔だけだった。


 次の日、お昼休みの時間に、三雲鞠は親友の小舟南に後輩の吉木透に告白されたことについて相談をした。

「どう思う?」

 鞠は学校の屋上で、青色の晴れた空を見ながら言った。

「うーん。どうって言われても、困る」

 と、南は本当に困ったような顔をして鞠に言った。

 南はいつものようにその美しくて綺麗な髪をポニーテールにしていた。その南のポニーテールの髪が、屋上に吹く風に吹かれて、ゆらゆらと小さく揺れている。

 鞠はそんな南の髪の毛の動きを、南の隣に立って、そこから時折、ちらちらと盗み見るようにして、見つめていた。

 南は相変わらず、とても美しい横顔をしている。

「鞠は、吉木くんのことどう思っているの?」

 鞠を見て、南は言った。

「可愛い後輩」

 ため息をついてから、鞠は言う。

「じゃあ、試しにお付き合いをしてみたらいいんじゃないの?」南は言う。

「……そんな無責任なこと、できないよ」鞠は言う。

 だって、吉木くんはたぶん、本気なんだもん、という言葉を鞠は言いかけて、やっぱりやめた。

 鞠の頭の中には、(昨日のとても暗くて静かな夜のときと同じように)昨日、鞠が透の告白を聞かなかったことにする、(つまりなかったことにする)と言ったときの、あの透のすごく寂しそうな顔が浮かんでいた。

 すると、鞠の胸はすごく、すごく、……透に申し訳ない気持ちになって、痛く、そして苦しくなった。

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