「南は、どうなの?」

「どうって、なにが?」と、南は言う。

「大橋くんのこと」

 鞠は言う。

 その言葉を聞いて、南はちょっとだけ、体の動きを止める。

「うまくいってるの?」

「……うん。まあ」南は言う。

 それから二人は少しの間、無言になって、二人で一緒に優しい風の吹く屋上の上で、黄緑色のフェンスに寄り掛かりながら、青色の空をぼんやりと眺めていた。

「うまくいっているんだ」

「うん」

 南は鞠を見る。

「そっか。よかったね」

 そう言って鞠はにっこりと笑った。それは、嘘の笑顔ではない。本当に自分の親友の幸せを願った、(鞠なりの精一杯の)曇りのない笑顔だった。

 南は無言のままだった。


 それからお昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴って、二人は屋上をあとにした。

「放課後、部活で吉木くんと会うんでしょ?」

 階段のところで南が言った。

「うん。会う」

 後ろを振り返らずに鞠は言う。

「どうするの? 返事」

「……わかんない」

 正直に鞠は答える。

 この言葉はまさしく、鞠の本心だった。

 鞠は本当に、このあと、透の思いに自分がどう答えたらいいのか、またどんな選択を自分がして、どんなな風に自分が透の前で振る舞えばいいのか、……本当になにもわからない状態だった。

(自分が透のことを本当に好きなのかどうかも、よくわからなかった)

 鞠はまるで自分が霧の深い森の中にでもさ迷い込んでしまった迷子の小鳥のような気持ちになった。(そんな心象風景を描いた曲を、昔、鞠は演奏したことがあった)

 もう二度と、この霧の深い森の中から、自分が外に出ることはできないのではないか、私は一生、この霧深い森の中で迷い続けるのではないか、とすら思った。

「……はぁー」

 校舎の三階の廊下を歩きながら鞠は深いため息をついた。

「大きなため息。そんなことしていると、幸せが逃げちゃうよ」

 と、鞠と、それから南と同じクラスの大橋綾くん(とてもかっこいい男の子だ)と最近付き合い始めて、今まさに幸せ絶好調な親友の小舟南が、いつものような、能天気な笑顔でそう言った。

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