最初で最後の恋でした。

@PEN_Niko_PUS

1話完結

彼女に出会ったのは中学1年生の頃だった。同じ学校でも、近くに住んでる訳でも無い。当時僕は、吹奏楽部に所属していた。地元では名の知れた学校だ。

大会になると各学校の吹部生がひとつのホールに集結し、演奏を聴く。そして僕の隣の席に彼女はいた。

最初はどんな感じだったか覚えていない。思い出さないようにしているのかもしれない。ただ、そこからよく話をするようになった。大会では2人で2階席に座り雑談をしたり、土日は名古屋の楽器店まで遊びに行く事もあった。そんなこんなで1年が経ち、僕は次第に惹かれていった。

しかし、その日は突然訪れた。夏の夜だった。「私、癌なの。ステージⅢ」彼女はいつも帰りに立寄る家の近くの公園でそう呟いた。僕は何を言っているのか分からなかった。分かろうとしなかった。次の日から彼女の病室での1年間に及ぶ闘病生活が始まった。

最初に病院へ行ったのは入院1週間目ぐらいだったか。彼女は病人に思えないほど元気だった。「全然来てくれないじゃん」などとほざいている。彼女は持って行ったアイスを口いっぱいに含めて頬を弛めた。

学校は長期休暇に入り、部活はあったものの十分に休みがあった。予定がない日はほぼ毎日彼女の元へ行き、世間話や最近の出来事を話し合った。このまま病気なんて治るんじゃないかと思うほどに彼女は常に明るかった。

しかし、現実は残酷だった。彼女の癌は他の臓器へと転移し、彼女の体を確実に蝕んでいた。ステージⅣだと医師から告げられたのは冬だった。

その日は強烈な寒波が日本列島を襲い、各地で大雪が観測された。僕らが住む地域も例外ではなかった。いつものように練習を終え、帰ろうとした時、学校へ1本の電話が入った。

「咲良さんが倒れました。」

僕は気が気では無くなり、急いで病院へ向かった。扉を開けると、彼女は元気に迎えてくれた。この日の記憶は残らなかった。しかし、最初に会った時より明らかに痩せ、バッグにしまってあった大量の薬は彼女の状態が良くない事を知るのには十分すぎる材料だった。

年が明け、桜が咲き始めた。

僕も中学3年になり、進学のことを考え始めた。彼女とは、いつもの病室で、何気ない会話を繰り返した。ある日、彼女は言った。「春は好き!またサクラを目で見てみたい!」確かに、彼女がいる病室からは桜は挑めなかった。医師には余命1年だと言われた。しかし、もう外に出られないほど彼女の体はボロボロで、僕を気遣っ言ってくれている事は明白だった。

8/19

いつものように暑い日だった。

いつものように練習を終える。

いつものように病院へ行く。

いつものように彼女は出迎えてくれる。

いつものように雑談をする。

彼女は「何のために生きているのか」と哲学的な事をベッドに寝ながら語るが、結局その日あった事を楽しそうに話していた。彼女は「赤が好き」と言った。僕は「白が好きだ」と言った。

彼女と喋っていると時間が経つのが早く、すぐに夕方になる。いつものように帰る⋯はずだった。ここで、いつもと違う事が起きる。彼女は席を立とうとする僕へ「行かないで」と弱気に言った。僕は「また来るね」と手を振って言った。

8/20

その日は突然やって来た。激しい吐き気と頭痛に見舞われながら、僕は学校を後にした。

走った走った走った走った「止まった」

何もかもが静止した。景色も、呼吸も、音さえ消えてなくなった。

その中で自分の心臓だけが少し早い時を刻んでいた。

視界は黒へと一瞬にして変わった。

そして再び光が入ると、世界がぐにゃぐにゃに歪んでいた。


彼女がいなくなってから半年、僕は無事高校へ進学をし、写真に出会った。写真は、みるみるうちに僕を虜にした。写真があれば彼女に今を伝えられるかもしれない。と思い、夏休みに彼女へ贈る写真集を作り、お寺の方へ無理を言って供養してもらった。

再び季節はめぐり、春が訪れた。彼女はサクラを見たいと言っていた。

今度は桜をメインにした写真集を作ろう!そう考え、桜にカメラを向けるが、僕はシャッターが切れなかった ──────

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